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完結編 22話


 灰の世界が砕け散ると、止まっていた時間が動き始めた。


 アイリスの立っていた場所は、地が割れ、風が渦巻いている。膨大なエネルギーを含んだ光の奔流の余韻が、爆発後と共に未だアイリスに纏っており、彼女の輪郭をぼやけさせている。


 彼女は自らの身に起こったことを天啓の如く理解したのか、目を見開き、力を確かめるように、数度、拳を開き、閉じる。それはまるで、サナギから羽化した蝶が、身についたばかりの羽根の感触を体に馴染ませているようだった。


 「これが…この力が…」


 驚きと困惑の入り混じったざわめきが、波のように広がっていく。最も困惑していたのはカベルネだ。何が起こったのか分からない様子で、アイリスから放たれた闘気に驚き、戸惑う。


 「なななな、なにがどうなって……」と言い、アイリスを指さし、説明を求めるように視線を彷徨うが、答えられる兵などいない。


 事態の元凶である俺へと目が向けられる前に、アイリスは状況を強制的に動かした。


 彼女は剣を握り直し、断罪者のように、その切っ先を次の獲物たちに向けて見定める。


 「待たせたな、カベルネ。続きを始めようか?…たしか、そちらの兵を一人残らず『一騎討ち』で倒せば、私の勝ちで良いんだろう。…ふん、ご自慢の権力とやらでねじ伏せてみたらどうだ?…私としては、もはや、多対一であっても一向に構わないのだが」


 カベルネはアイリスの挑発に乗ってしまい、すぐに先ほどの異常事態を横に置いておくことを決めたようだ。


 「何を……少し顔とスタイルが良いからって調子に乗りおって……!!…もーいい!。取り繕うのも面倒だ!やれ!誰でもいい!あの女を地に叩き伏せ、言うことを聞かせてやるのだ!奴は弱っているはずだ!」


 カベルネの指示でアイリスの前にまた一人、屈強な男が対峙して構える。


 「うおおおお!!」


 男は挨拶もなしに槍を頭上から振り下ろした。普通であれば致命傷にもなりかねない攻撃だ。


 「ふん…」


 だが、アイリスにその槍先が届くことは無かった。彼女が剣を振るうと槍はバラバラに落ち、男の空振りだけが虚しく空を斬ったのだ。


 「な、何…!?ぐあぁ…!?」


 驚く暇もなく、男はアイリスの蹴りで沈み、場外に吹き飛ばされる。


 「次!」


 アイリスの笑みには余裕すら感じ取れる。


 その後も次々と一撃で武器を破壊し、追撃は手心を加えた打撃で場外に吹き飛ばしていく。カベルネは無力にも、気絶した兵の山が積みあがっていくのを見ることしかできない。


 先ほどまでのカベルネ有利は嘘のように消え去った。


 何がまかり間違って、こんな結果を生んでしまったのか。


 「えぇい…こうなっては、囲んで畳んでしまえ!」


 カベルネは怒り狂って、もはや一騎討ちの体裁すら捨て去って、残りの兵30名程度を率いて全員で彼女を囲む。


 さすがにそれは看過できないと、俺が一歩前に出るが、カルミアがその手を掴んだ。


 「カルミアさん、離してくれ。君が出ないなら俺が行く。これじゃただのリンチだろう」


 「…サトル、彼女はまだ、諦めていない。彼女の力、信じてあげて」


 カルミアの言葉を受け入れきれず、視線の先をアイリスに向ける。俺の考えとは裏腹に、アイリスは笑顔だった。それも満面の笑みだ。


 狼が獲物を狙うが如く…強者が敗者を見定めるような、冷徹な瞳。


 「……いいぞカベルネ。そうこなくっちゃな。最後まで卑怯なお前を叩き潰すには、このボロボロの剣こそが相応しい。遠慮なくその顔に喰らわせてやるとしよう」


 「何が起こったかは知らぬが、数々の不敬と不遜な態度は妻に相応しいとは思えぬ。手足をもぎ取ってでもお前を奪うことにしよう!あとで、しっかりと躾けてやるからな…我が兵たちよ…いけぇえええ!!」


 カベルネ自らも剣を取って、襲い掛かる。


 彼女を囲んだ四方八方から武器が迫り、矢が飛来する。


 「はぁぁぁぁぁっ!!」


 アイリスは闘気を剣に込め、体を回転させるように一閃。


 闘志そのものが瀑布ばくふの轟流の如く、アイリスの頭から地へ力強く浸透し、全てを白紙に変え得る力を解放した。


 「サトル…ありがとう。私は、より強くなって、お前の前に立ち続けよう……」


 もはや、アイリスの目線の先は、目前の敵を見定めてはいなかった。より先の未来の、サトルへの感謝へつながっている。


 「喰らえ……[ブレード・エクスヒビジョン] 」


 最初に到来した剣を弾くと、連鎖的に全ての敵の武器が地に堕ち、飛来した弓矢は爆散した。


 次に剣を薙ぐと、兵たちの防具が消し飛んだ。


 魔力の残滓が蝶の形をとって、アイリスの周りを煌びやかに漂う。


 全ての兵が困惑し、その場で立ち尽くす中、アイリスだけがゆっくりと歩を進める。兵たちはその優雅な姿を目で追うことしかできない。


 一歩、また一歩、ゆっくりと。


 やがて、震えて腰を抜かしたカベルネの前に立ちはだかる。


 まるで断罪を待つ羊と狼。


 カベルネの眼球からおよそ数ミリの所で剣の切っ先を止めた。アイリスはゆっくりと口を開く。


 「剣の刃が潰れていて良かったな。お前自らが下した判断で、私に非殺傷武器を選ばせたことは、愚劣な指揮の中でも唯一、お前を称えるべき采配であった」


 「や、やめてくれ……我が妻よ……」


 

 「言ったはずだ」


 

 アイリスは剣の腹を立てて、カベルネの頭上へ振り下ろす。


 

 「私には、既に想い人がいるのだと」


 

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