表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
452/478

完結編 20話


 サトル視点


 * *


 森林地帯を圧倒的な速さで駆け抜ける女剣士……。と、その剣士に抱えられる男……そう、俺である。


 ここは俺自身が格好良く駆け抜けていくべきだと思うのだが、如何せん足が遅い。レベルアップして体が人外の強さを獲得したとは言え、カルミアのように駆けることはできない。


 つまりこれは俺とカルミアのペアで最も効率よく移動する手段であり、目的を達成するためには致し方ないことであり、そう、決して決して恥ずかしいことではないのだ。


 「…サトル、そろそろ近い。鉄の匂いが強くなっている」


 「嗅覚も鋭いんだね」


 「…そう、とても五感が鋭いの」


 「うぇっぷ……」


 カルミアは器用に障害物を避け、俺が怪我をしないように速度を調整して走ってくれていることは知っているが、それでも酔うには十分すぎる速度。


 (気分が悪い…)


 「サトル」


 カルミアは足を止めないが、俺を一瞥しつつも、今までにないほど険しい表情を見せた。


 「ど、どうしたの……敵か…?」


 「……私の鎧に吐かないでね。吐くときは教えて」


 険しい表情は、俺の諸々の事情を気にしてのことだった。


 「……うっぷ。本当に鋭いね」


 「…そう、鋭いの」


 「うん……うっやっぱ吐きそう」


 「……」


 カルミアは終始、不安そうだった。


 

 * *



 無事に王都まで到着すると、現地は戦とは思えないほど鎮まり返っていた。


 王都は正門が開かれ、数えるのも億劫になるほどの民が誘導されている。対して、カベルネが展開している軍では、大規模魔法陣が空中に浮かびあがり、その膨大な魔力の矛先は王都へ向いていた。


 「これはいったい……」


 俺が状況を飲み込めずにいると、カルミアが指差す


 「サトル、あれ!」


 「ん?」


 彼女の人差し指の示した先は、この戦場の、ちょうど中央に位置する場所だった。


 そこには何かを囲むように人だかりができていた。


 「……間違いない。あそこにアイリスがいる」「なんでわかるのさぁっとと―!?」


 彼女は俺の返答を待たずに俺を抱え、また走り出した。


 徐々に現場に近づくにつれて状況が鮮明に映る。


 そこかしこに転がる気絶した兵たち。


 どれも致命傷には至っておらず、潰された刃で攻撃されたような傷跡が鎧についている。


 その数は30を超えていた。


 やがて、人溜まりまで来ると、カルミアの言う通りアイリスがいた。だが俺が想像していた状況とは全く異なる様子だった。


 (これは…状況的に見れば、一騎討ちの舞台に見えるが……)


 土魔法で作られたバトルフィールドに対峙しており、ボロボロの姿のアイリスが片腕を抑えながらも、肩で息をしている。


 「あ、アイリス…さん?」


 丁度、アイリスが31人目…(仮に、転がっている兵士を全て含めれば)と思われる一騎討ちの相手を切り飛ばしたところだった。


 アイリスは俺の顔を見ると、優しい笑顔を見せた。


 「はぁ、はぁ……サ、サトル。か……そうか、来てくれた、のか……よく、わかったな……うく」


 彼女はバランスを崩し、膝をついた。


 「アイリスさん!?」


 心臓が張り裂けるような思いで、アイリスの名を叫んだ。


 慌てて駆け寄るが、向かいからドスドスと足音を鳴らして恰幅の良い男がやってくる。


 「サトルゥウウウウウ!!!きさまぁ!!私の嫁に近づくな!!触れるな!しゃべるな!!息をするなぁぁあ!!離れろおおおお!!!」


 「よ、よめ!?…ってうわぁっと」


 ぜえはあ、と激しく息切れしながら、俺とアイリスの間に入って、両腕を大きく広げることで物理的にアイリスとの距離を離された。


 「ふんぐううう!!」


 言葉にならない言葉で俺を威圧するカベルネは、前会った時の面影を残していない。


 「何がどうなって……」


 誰かに状況説明を求めるように視線を周囲に向けると、ウィリアムと目があった


 「う、ウィリアム王子…?」


 「あぁ……サトル。やっぱりそうだったか。伝令は君に連絡を送ったんだ」


 ウィリアム王子は天を仰ぐ。


 「ど、どういうこと?」


 が、首を振って自身の頬を二回ほどパンパンと叩いて気合を入れると、王子は決意したように口を開いた。


 「いや、何でもないんだ。経緯を説明する。サトル、落ち着いて聞いてくれ……」


 「あ、あぁ…それは構わないけど」


 ・・・


 俺はウィリアムから一連の説明を受けた。事の発端がカベルネの暴走であることと、アイリスがカベルネからの求婚を断って俺のところに来たのを発端に逆恨みし、大きな戦に発展してしまったこと、簡単にだが、凡その事情を。


 「……」


 「アイリスは、サトルに迷惑をかけたくなかったんだろう。私としても、スターリムの内戦事情に君を巻き込みたくはなかったんだ。身内が勝手をしてすまなかった。この通りだ」


 ウィリアム王子は自身の立場にも関わらず深く頭を下げる。


 周囲がどよめくが、カベルネだけは憤怒した。


 「王子!そのような者に頭を下げる必要はありません!王たる品位を損なうだけです!」


 王子はカベルネを憎しみの籠った目で一瞥するが、物事の順序を間違えないよう、サトルへの謝罪を続けた。


 「王たる君を、身内の事情で安易に呼びつけて醜態まで晒してしまった。君の恩師のアイリスも、傷つける結果となってしまった」


 「頭を上げてください。俺は王子が悪いなんてちっとも思っていないです」


 実際、巻き込まれただけだろうし、むしろ民を守ろうとした姿勢には好感が持てる。


 (悪いのは……暴走をしたカベルネだ。だが、まずは)


 「それより、まずはアイリスさんの治療をさせてください。ひどい怪我です」


 俺がアイリスに近づくと、カベルネが前に立ちはだかる。


 「嫁に近づくな!けだもの!」


 「百歩譲って事実、貴方の嫁であったとしましょう。では、夫として、このような怪我を放置しておくのはいかがなものかと」


 カベルネは地団駄して金切り声を上げる。


 「きいい!黙れ!!しっしっし!お嬢は私のものだ!誰にも渡してはやらん!たとえ、お嬢の手足を奪ってでも、そばに置いておくことを選ぶ!……えぇい、邪魔だ。彼女の視界に入るな!嫁の目が汚れるだろう!」


 (こいつ………)


 ぶん殴ってやろうかと思っていたが、アイリスの声がそれを止めた。彼女は、剣を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がる。


 「サ、サトル。私は……大丈夫だ。だから、心配するな……残り70人程度、ぶった斬ってやるさ。それができたら、お前の部屋で、酒をもらうぞ。……神聖なる決闘、サトルと言えど、手助けは不要だ。私はどんな逆境でも、覆してみせる。私は…お前の、恩師として、私は…お前の『前』に立ち続ける……!」


 彼女の目に、再び闘志の炎が宿る。


 (こんなの、おかしい…!)


 神聖なる決闘という部分を単一のフレーズとして捉えると、彼女の言うことは破綻しているように聞こえる。こんなものはただのカベルネの茶番で、向こうから破っている時点で神聖でもなんでもない。決闘の体裁すら保てていない。それに付き合う道理もないはずだ。


 しかし、俺は、言葉の意味ではなく、行動との矛盾によって、彼女の本質はそこが重要ではないと考えていると悟った。


 彼女は、自分だけが傷つけばいい、そう考えているのだ。


 「一騎討ちを再開しろ!」


 カベルネが、高らかに宣言した。


 ・・


 俺は彼女の言葉を受け、茫然とした。


 周囲の時間がゆっくりと流れる気がした。


 決闘がまた再開された。


 しかし、彼女は膝をついたままだ。


 あぁ、今にも近衛兵がこん棒を振りかざしている。


 彼女を叩きのめそうとしている。


 ウィリアム王子が、顔を覆った。


 どうやら、カベルネはアイリスのことを『人』とは思っていないらしい。


 ・・


 なぜ、彼女は手紙を読んで一人で抜け出した?


 カルミアの言葉が、サトルの脳内でリフレインされた。


 (それは……)


 では、なぜ彼女は抵抗を続けて今になってもカベルネに下ることを『諦めなかった』のか?


 彼女はなぜ、一人脱兎のごとく逃げなかったのか?


 俺のことなんて放っておけばよかったのに。


 彼女は露骨な時間稼ぎとしか思えない一騎討ちを続けた。誰かを待っていた。誰を?


 俺が到着したとき『来てくれた』と言ってくれた。


 まるで最初から確信していたような口ぶりで。


 点と点が結びついて、ひとつになっていく。


 ・・


 あぁようやくわかったよ。


 彼女は…アイリスは、最初から、助けを求めていたんだ。王子でもなければ、他の誰でもない、俺に手を伸ばしていた。


 それがどんな感情に由来するものか、恩師としての感情なのか、友人としてなのか…はたまた…


 今はまだわからないし、重要でもない。重要なのは、彼女が俺を案じて、身を挺したという事実。この想いの差や垣根など今は些細な問題だ。


 今重要なこと。今直視するべきは、大切な人が、傷つけられようとしているという事実。


 ひとつの悪意が、ひとつの想いをぶち壊そうとしている不快な不条理。


 こんなことが許されるわけがない。


 許されていいわけが、ないんだ。


 ・・


 アイリスは、力を使うときは慎重になれと言ってくれた。きっと怒るだろう。


 また、お前は自分の都合でと、叱るだろう。他ならない、俺を案じて。


 でも、どうでもいい。目の前で困っている人がいて、それを助ける力があるなら、振るうべきだ。


 俺は、既に『特別』なクラスチェンジの枠を全て使い切ってしまっている。今からやろうとしていることは、一寸先は闇のリスクでしかない。無謀と勇気を履き違えた愚行だろう。


 だが、それがたとえ愚行であっても、偽善と蔑まれても、実際には根本的解決策でなくても、自己満足であっても、何も満たせなくても、他所から見れば一方的なものであったとしても……それでもいい。


 何故なら、それは全て結果に対する『他の人の目』から映る景色でしかないからだ。その人から見た物差しでしかないからだ。


 それは『何もやらない』理由にはならない。『見て見ぬフリをする』言い訳にもならない。耳触りの良い着飾った理由をアクセサリーに、煌びやかな見栄えが良いスーツを着るくらいなら


 俺は……


 後悔してでも、『結果的に』間違っていても、自分の決めたことくらいは、自分の手の届く範囲くらいなら、大切な人たちを守るために『今自分にできることを、一生懸命にするだけ』だ。



 彼女を助けたい。



 それがきっと俺の『やりたいこと』だから。



 俺は、無意識にルールブックを開いていた。体から黄金のオーラが放たれる。



 カベルネも、王子も、こん棒を振るおうとしていた兵や、周りの全ての注目がこちらに注がれた。



 ルールブックから警告される



 *既にサトルはクラスチェンジの枠が上限に達しています。クラスチェンジを強制的に執行する場合、貴方の生命力を大量に消費することになります*


 (だから何?)


 *本当によろしいですか*


 「当たり前だろう」


 俺は意識をアイリスに向け、力を解き放った。


 そのとき、全身から力が抜けていく気がした。強烈な痛みで意識を保つことすら難しい



 (彼女が受けた痛みはこんなもんじゃないだろう!!しっかりしろ!俺!!)



 やがて黄金に輝く力の奔流が迸り、アイリスに注がれていく


 

 「この力は……いったい……」


 

 アイリスから膨大な力が溢れ出し、彼女と対峙していた近衛兵ごと周囲を吹き飛ばした



 「全てをぶち壊せ、アイリス、クラスチェンジだぁぁぁぁあ!!」




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ