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完結編 17話


 「前進せよ!」


 カベルネの冷酷な声が、戦場に響き渡る。


 その命令に従うは、徴兵したばかりの槍すらまともに持ったことのない、哀れな民兵たちばかり。彼らは、カベルネの手駒、使い捨ての盾でしかなかった。


 あろうことかカベルネは、自らが鍛え上げた正規兵を後方にとどまらせ、盾にするかのように、徴集したばかりの烏合の衆を戦場に駆り立てた。


 「早く進まんか!この虫けらどもが!」


 正規兵たちはカベルネの命に従い、のろのろと進む民兵の背中を容赦なく槍の柄で突き刺し、尻を蹴り上げた。悲鳴を上げ、倒れ込む者も構わず、鞭のように槍を振るう。家畜以下の扱いだった。


 対して、ウィリアム陣営はカベルネ側の軍の機微を読み取り、すぐに隊列を防御寄りに組みなおした。片手武器は両手持ちの大盾に換装し、高価なアーマーに身を包んだ重装兵をカベルネ軍の進行ルートに展開。ウィリアムは声を張り上げて迫りくる人の波へ指さし、声を張り上げた。


 「武装が甘い者、明らかに練度が低い者、士気が低い民兵と思われる者は可能な限り殺すな!こちらに引き入れるか、捕らえて無力化せよ!」


 重厚な鎧に身を包んだ精鋭兵たちが、巨大な盾を構え、鉄壁の防御壁と化す。

 鉄壁に向かって、波のように押し寄せる民兵たち。


 「う、うぉりあ!」「でりゃあー!」「うおおおおお!!」「ひぃいいいいい!!」


 絶叫と悲鳴が、入り混じる。


 錆びついた槍や斧、あるいは農具が、重装兵たちの盾を叩き、こすり、突き刺そうとする。しかし、強靭な壁はビクともしない。まるで巨大な岩に波が打ち砕けるように、彼らの攻撃はただただ空しく散っていく。 時折、盾の隙間を縫って、か細い刃がアーマーに届くこともあった。だが、それは防具の表面を浅く撫でるだけで、金属同士が擦れる音が虚しく響くだけだった。


 ウィリアムの重装兵は筋肉があり体躯も良く、よく鍛えられていた。自らの身長に匹敵する盾を易々と持ち上げ、攻撃を防ぐ。当然、並みの装備からの半端な攻撃は通さないのだ。


 「全然効かねえ!」「お、俺はもう戦いたくない…」


 最前線に立つ重装兵隊長は、まるで嵐の海に立つ岩礁のように不動だった。 彼の視線は、怯えながらも武器を振るう民兵たちの向こうを見据えている。


 「聞けっ!貴様らがカベルネに脅され、戦場に駆り出されたことは知っている!カベルネの野望に付き合う必要はない!武器を捨て、こちらへ来い!安全は保障する!」


 その声は、戦慄する民兵たちの心に、わずかな光を灯す希望の言葉だった。


 「お、俺は降参する!」「俺もだ!」


 次々と武器を捨て、ウィリアム軍に駆け寄る者たち。その数は、雪崩のように増えていく。


 一方、家族を人質に取られ、抵抗をやむを得ない者たちもいた。 しかし、彼らの動きは鈍く、視線はどこか諦めに満ちていた。それはまるで、ウィリアム軍に捕らえられることで、この地獄から解放されることを望んでいるかのように。 そう、形だけの抵抗だった。彼らの心は、すでにカベルネを見限り、ウィリアムの言葉に希望を見出していたのだ。


 * *


 一方カベルネは、親指の爪を噛みながら、刻一刻と変化する戦況を見つめていた。


 ウィリアムの策略によって、民兵たちの多くが、次々と武器を捨てて降伏していく。これでは数で優位に立っても意味がない。


 「ぐぬぬぬ… 想定外の事態… だが、これで終わりではない!」


 カベルनेは、側近たちに向かって、狂気に染まった声で叫んだ。


 「あれを実行せよ! 今すぐだ!」


 側近たちは、顔を見合わせ、戸惑いを隠せない。


 「あれと、申しますと……魔道兵による大規模破壊魔法ですか…?たしかに今なら接近される心配はありませんが、まだ我が領民が先陣で戦っております。このまま放てば、領民にも甚大な被害が出てしまうかと―」「黙れ!」


 「ひぃ…」


 「ふん……所詮は亜人と愚民の混成部隊。使えない者を案ずる必要など、どこにあるか。せめて、最後に役に立って死ぬがよいのだ。…ここで撃たねば、重装兵を抑えておく手立てがない!」


 「か、かしこまりました……」


 * *


 ウィリアムの重装兵たちの活躍もあり、捕縛という名の領民保護は順調に遂行されていた。しかし…


 「ウィリアム王子!!」


 伝令が血相を変えて天幕に戻り、ウィリアムの前で膝をついた


 「どうした!」


 「はっ。ご報告いたします。現時点で、カベルネが放った民兵の3割は保護し、こちらの後方部隊に退避させることに成功しました。ですが、カベルネ侯爵がこちらの動きを見て、魔道兵を射程に入れて配置し詠唱を始めております!推定すると、恐らく大規模破壊魔法の一種です!」


 「まさか、奴は自領の民ごと消し飛ばすつもりか!!」


 「恐らく、徴兵したばかりの民兵を犠牲にして、こちらの重装兵もろとも一網打尽にする算段かと存じます」


 「馬鹿な!」


 ウィリアムは思わず机に拳を叩き落とし、歯を食いしばる


 「……詠唱完了までは時間がかかるようですが、現状、前衛ともみ合いとなっているカベルネの民兵たちを全て誘導、保護している時間はありません。こちらも攻撃魔法で遠方から対抗すべきと具申いたします」


 「魔法を撃ち合っては、双方の被害が大きすぎる。ましてや撃ち漏らしでもあれば、民兵への被害は計り知れない。攻撃用に用意した部隊を使って、防御魔法を展開するんだ」


 「こ、この都市の範囲の規模を……ですか。長くは持ちませんが」


 「…であったとしても、こうする他ない。一人でも多く、可能な限り、カベルネから扇動された民を救い出せ!」


 「っは!」


 * *


 対して、カベルネの陣営では既に1発目の大規模魔法の詠唱、展開準備が整っていた。


 「カベルネ様、その…いつでもいけます……」


 魔法兵の隊長が、震える声で報告する。

 その顔は、恐怖とやるせなさがないまぜになっていた。本来守るべき民が、今から使い捨てられると考えると、悔しくて仕方がないのだ。


 対してカベルネの機嫌は良さそうだ。今から大量の人が死ぬというような状況を当人が作り出しておきながら、見当違いな考えをつらつらと述べる。


 「うむ…王子も頑固なお方だ。道を譲ってさえいただければ、すぐにでも魔法を解除する用意があったのだが、致し方無い。いつまでもサトルの幻影に囚われていることなかれ。犠牲なくして、対話など生まれぬのだ。君主の目を覚まさせるのも、臣の役目……さあ、我が魔法部隊よ、攻撃を開始せよ!!」


 「…魔法部隊……てぇ!!」


 数百人からなる魔法陣が足元から生み出されては結合していき、ひとつの巨大な陣が空中に展開された。砲の発射口のように陣はウィリアムの軍隊に向き、光が収束していく。


 それに対抗するように、スターリムの首都から巨大な陣が浮かび上がり、青白く薄い膜が展開された。


 カベルネは方眉をつりあげて鼻で笑う


 「ふん、防御魔法……さしずめ、出来合いの巨大版『メイジ・シールド』といったところか。だが、展開範囲が広すぎる。時間さえかければ、こちらが有利だ」


 カベルネ陣営の魔法陣から、30分ほど経過してようやく、超巨大な火炎球が生み出され、射出された。火炎球は、太陽を思わせるほどの灼熱の光を放ち、周囲の空気は陽炎のように揺らめいている。轟音を立てながら空気中の酸素や草原の草木を無造作に焼き払いながら、真っすぐと都市に向かっていく。


 バァァァァン!!


 ウィリアムの軍隊が作り出した巨大メイジ・シールドと接触し、耳をつんざくような轟音が響き渡る。衝撃波が戦場を駆け抜け、地面が大きく揺れた。


 都市はかろうじて守り抜かれた。しかし、それは猶予に過ぎない。カベルネは、まるでゲームを楽しむかのように、再び魔道兵たちに合図を送る。二度目の詠唱が始まり、より巨大な火球が形成され始めた。


 再び巨大な魔法陣が浮かび上がる。誰もが理解した。あの絶望を、もう一度味わうのだと。戦地は再び灼熱に包まれる。


 味方陣営から放たれた灼熱の脅威、これから起こるであろう脅威。民兵たちの顔から血の気が引いていく。まるで糸の切れた操り人形のように、武器を落とし、呆然と立ち尽くす者、悲鳴を上げながら逃げ惑う者、恐怖に押しつぶされ、その場に崩れ落ちる者…。戦場は阿鼻叫喚の渦と化し、ウィリアム軍は彼らを救うことすらままならない状況に立たされる。


 ウィリアムは下唇を噛んで、強く拳を握りしめる


 「くそ……このままでは……」



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