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完結編 15話


 カルミアに急き立てられアイリスを追いかけたが、既に家の外には彼女の姿は無かった。念のため、彼女が使用していた立派なスレイプニルがいた馬場末も見に行ってみたが、馬をつなぎ止めておく紐が乱雑に外されている痕跡が残っているだけだった。状況から見ても、かなり焦っていたことが分かる。


 やがて、心配そうに眉を寄せたカルミアが、俺の許へとかけつける。


 「…どうやら、既に馬で駆けていってしまったようね」


 「そうだね……こんなに急いで、突然帰るって言いだしてさ。どうしたんだろう」


 シールド・ウェストに帰る。ということであれば、仕方がない。帰り際の様子からして、只事ではないことは察するに余りあるし、気がかりではあるのだが、俺は俺でカベルネの件を急がなくてはならない。援軍でカタをつけてからでも、様子を見に行ってみようかと考えていたところ……


 カルミアが腕を組んで、ぼそりと呟いた


 「アイリスは……シールド・ウェストじゃなくて、王都に向かったと思う」


 「なんだって…?どうしてそう思う?」


 予想外の言葉に、俺は驚きを隠せない。カルミアは懐より一枚の書状を取り出し、静かに告げた。


 「私たちの国に充てられた手紙、部屋に置きっぱなしだったから読んだよ。そこにはカベルネが王都を狙っているかのように書かれていた。アナタとアイリスはこれを読んだ」


 「うん。確かに読んでいたね。そのあとでアイリスさんは急いで帰った。それに自体に因果関係はないように思えるけど……。あるとすれば、アイリスさんの領土でも兵を出すよう命令がされているかもしれないと思ったとか?……そうだったとしても、アイリスさんはシールド・ウェストに帰るって言ったんだから、流れ的に王都へ向かうってのは変じゃないか?」


 確かに、あの後、アイリスの様子が変わったのは事実だ。しかし、だからといって王都へ向かうとは考えにくい。


 「…そう、私も同じ考えに至った。だけれど、アイリスが慌てるのは、いつもあなたのことが関わっているときよ。大好きな酒すらほったらかしにするほどだもの。……あの女はアナタのことになると、わりと強引で…周りが見えなくなって…他のことを後回しにする人。ムカつくほどに」


 カルミアの言葉に、図星を突かれたような思いがした。確かに、アイリスは俺のことになると、普段の冷静さを失ってしまう節がある。今回もそうだと言いたいのだろうか。


 カルミアはちょっとだけ拗ねた様子で付け加える。


 「うーん……」


 俺の返答にあきれた様子を見せて、ため息をついた


 「はぁ…いい?よく考えてみて。冗談か真実かはこの際どうでもいいわ。あの女は、サトルの元に下ると言って、実際にここ最近はアナタの元で働いていた。勤勉で、ドーツクの商売もより好調になったそうよ。他ならない、サトルのためだと思う。そんな『国への』忠の言の葉も知らない領主が、あなた宛てに送られた援軍の要請を見て、『自分のところにもきてるかも』なんて理由で、アナタとお酒を置いて急いで帰ると思う?」


 「…そういわれると、確かに。……アイリスさんならお酒でも飲みながらゆっくりと自領で編制して向かいそうなもんだ。彼女は自分の領土と、俺の領土を気にかけてくれているけど、それ以外は割とどうでもよさそうに見えるし」


 「…そうよ。それはアイリスの行動を見ていれば明らかじゃないの」


 (ん…?ちょっと待てよ。じゃあなんで急いで帰ったんだ?スターリムのため?いやいや、絶対にありえない。要件は言わなかったが、手紙を読んでから明らかに様子が変だった。……まさか)


 カルミアは俺の表情をある程度読み取って、頷いた。


 「…鈍いサトルでも、少しは分かったようね」


 「鈍いってなんだよ…」


 「あの女は、エスペランサ・ヴォルタール王権帝国……つまり私たちに宛てた手紙を読んで、自身が関わったことで、サトルに何かしらの被害が及ぶと考えたのよ。あるいは、単純に迷惑をかけたくなかったとか。ソード・ノヴァエラに来た理由は知らないけど、手紙を読んだことで、彼女の中で『想定外』のなにかが発覚した」


 「それが、カベルネの乱心だと?」


 カルミアは頷き「確証はないけど」と加えた。


 「じゃあ、一度シールド・ウェストに向かってアイリスさんの意見を聞いてみるか?招集がかかっている以上、優先することでもないと思うけど……」


 「それじゃ、アナタは間違いなく後悔するし、間に合わない。さっきも言ったけど、あの女が向かったのは『王都』だと思うから」


 「カベルネの件がアイリスさんに関わっているとしても、それだけで王都に行くかなぁ?」


 「……アイリスなら、そうする」


 「なぜ?」


 「それは……アイリスがアナタと……いえ……なんでもないわ」


 「……?」


 珍しく歯切れ悪くも言葉を濁すカルミア。その瞳の奥には、何か言えない事情が秘められているようだった。それ故に、これ以上言葉を重ねることはしたくなかった。


 「分かったよ。アイリスさんがカベルネ侯爵と、どういう確執があるにせよ、どの道王都には向かわなきゃだから、一旦は置いておこう。直接王都に向かったのなら、部隊を編制している時間もないだろうから…じゃカルミアさん、一緒に来てくれる?」


 胸の中に、拭い切れないモヤモヤが残る。だが、今はそんなことを考えている暇はない。


 「うん、いいよ。……ねぇ、サトル」


 「なに?」

 

 「何も聞かないでくれて、ありがとう」


 部隊の編制は他のメンバーに任せ、カルミアと俺は先に追いかける形で町を出た。


 

カルミアはカベルネの求婚について、アイリスから朝のルーティンの合間で、雑談交えて聞いているため、実は知っています。ただ、それをサトルに明かすと、アイリスの想いを間接的に告げることになるので、思いとどまったという背景があります。

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