完結編 14話
アイリスが俺の家に来たまま帰らないでそこに居続けて、早5日が過ぎようとしていた。帰れと言っても帰らないので仕方がなしに放置していたら、すっかり町に馴染んでしまったようだ。
なんという適応力か…
最近の彼女の日常と言えば、朝はカルミアと一緒に外を走って剣術のトレーニングをルーティンの始めとして、昼はドーツクの商会に顔を出しては経営方針を領主の観点からアドバイスしたり、自らの足で魔物を狩ってきては新商品開発を手伝ったりしている。これだけを見れば実力派冒険者だ。夜は我慢が効かないせいか、俺の家で酒タイムに入ってしまい、いつもの絡みムーブをかましてくるのだが……それ抜きに考えても、第一線で活躍するだけの冒険者クラス。
なんだかアイリスがアイリスじゃないみたいだった。
そう、まるで追い出されるのを極度に嫌がっているような…そうでもないような…と思っていたその頃。
一通りの仕事を終えて、夕方。
部屋から大通りを眺めていると、自警団の一人が手紙を届けにきてくれた。
「スターリム…しかも王家から手紙?」
「はい、押印は王家のもので間違いありません」
「ありがとう、いつもお疲れさま」
「とんでもないことです」
お礼を言って見届けると封を切った。
内容を拝見して、俺は目を疑った。何度も読み返して、思わずため息をついてしまう。
「はぁ…まじか。でもどうしてだろう」
(カベルネってあの会議で難癖つけてきたおっさんだよな…)
ソード・ノヴァエラで、スターリムとフォマティクスの調停をしたのは記憶に新しいが、彼とは、ほぼ面識がなかった。だが、俺には奴がこんなにも豪胆な手に出るように思えなかった。
(王子の言うことだけは聞いていたもんなぁ…)
この短期間で彼を乱心至らしめた確執でも出来たのか。どうにも俺の中の違和感は拭い去れないまま、もう一度見直す。
何度見ても同じ。簡素に言えば、手紙にはカベルネが民を巻き込んでスターリム王家を攻めていると前述に書かれており、あとは堅苦しい文言で「手を貸してほしい」という内容だ。
王家との同盟をしてしまった手前「いや面倒なのですんません」なんて言って断ることはできない。同盟の強制力が無くなれば、また二国が衝突するのは目に見えている。
まさか、同盟の権限を行使する最初の相手が敵側諸国ではなく、内乱を起こした味方側とは笑えない。
「仕方ない……皆を集めるか…」
一人で項垂れていると、部屋に断りもなく酒のみ……もとい、アイリスが勝手に入ってくる
「我がサトル~♪今帰ったぞ~!」
アイリスは扉を足で蹴破ると、片手にエール、片手にお土産…と思われる包みを引っ提げて、ずかずかと俺のデスクまで侵入してきた。まさに絵に描いた餅…いや酒飲み!
(お前は真の酔っ払いか!……いや、まぁ、酔っ払いだな!!)
「今日はな、お土産を買ってきたんだ。お前、イエティ肉が好きだっただろう?そこでな……ん?」
アイリスは包みをそっとデスクに置くと、俺の様子と、手元にあった紙を交互に見て、今までとはうってかわって、シラフのように真顔に戻る。
「サトル、どうした。何があった?……その手紙に書かれている内容が原因か?」
別に隠すほどのことでもない。アイリスは一応まだ領主だし、いずれ分かることだから伝えても問題はあるまい。
俺が手紙を渡す前に、彼女は『酒を置いて』俺から奪い取って読み始めた。
俺からしてみれば、酒至上主義の彼女がソレを後回しにすること自体、予想外だったが、気を取り直して伝えた。
「あ…あぁ。……王都に行かないといけなくなってしまいました。なんでもカベルネが民を扇動して大規模な部隊を編制して王家に向かっているらしく」
アイリスは見聞き半分に手紙を読み終えると、暫く唇を嚙んでいたが、目を合わせることなくポツリと呟いて足早に退出してしまう。
「……サトル、済まない。私は急用ができた。シールド・ウェストに戻る。すまない。………楽しかったよ」
「あ…ちょっと」
アイリスの退出と入れ替わるように、カルミアがやってきた。
カルミアはアイリスの去り際の表情を見て、何かを悟ったように一瞬だけ目を見開いた。
「……サトル」
「お、俺は何もしてませんよ!?」
「そう……」
カルミアは蹴破られた扉と、デスクに置かれた飲みかけの酒、そして、食欲をそそる香りを漂わせる二人分程度の量が入ったお土産の包みを順序良く視線を移していく。
「うん……サトル」
「はい!」
カルミアは神妙な顔つきで言った
「追いかけたほうがいい」
「…え?」
彼女の発した言葉は予想外なものだった。
「きっと、助けを求めている」
「助けを…?そんな風には見えなかったけど…」
「私にはわかる」
「なぜ?」
「……女の勘」
彼女の直感は優れている。なんというか、野性的というか、理屈じゃないが正解にたどり着いてしまう不思議さがある。これもきっとそうなんだろう。
俺は理屈は一旦置いておき、彼女のアドバイスに従ってみることにした。
「分かったよ。追いかけて、事情を聞いてみよう」