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完結編 13話


 ブロンズマン領は、主の狂気によって大きく揺れていた。


 「カベルネ様は、正気とは思えぬ……」


 「5千の兵でソード・ノヴァエラを攻めるだと? 正気の沙汰ではない!」


 領内では、家臣たちの間で不安の声が渦巻いていた。


 カベルネの婚約者(あくまでもカベルネの予定)であるアイリスがサトルの家臣となった。その噂は、あっという間に広がり、人々の間に動揺と不信感を植え付けていた。


 この不可解な噂に疑問を感じる者も当然ながら存在する。


 人々の中ではサトルを英雄視する者も少なくない。曲解された事実だと抗議する者もいた。


 それでも、カベルネの命令は絶対だった。


 目立つ者は処断され、広場や酒場でサトルの擁護に回ろうものならば、兵が動き物理的に口封じされるという事態にまで発展する始末。


 見せしめが公開されてからは、領内で表立って反抗するものは皆無となった。


 重税に苦しむ農民からかき集められた兵士たちは、恐怖と混乱の中、ブロンズマン軍として編成され、戦の準備を進める他無かった。


 出陣の前日、カベルネは城壁の前に集まった兵士たちの前に姿を現した。


 「ブロンズマンの勇士たちよ! 今、我が領土は、サトルと名乗る奸賊かんぞくによって危機に瀕している! あやつは、亜種族と手を組み、我々の富を奪い、愛する者を弄び、そして今、このブロンズマン領の誇りを踏みにじろうとしているのだ!」


 カベルネの瞳は、狂気的な光を放ち、その声は怒りと憎悪に満ち溢れていた。


 「しかし、恐れることはない! 我々には、5千の兵力がある! サトル如き、小童が率いる烏合の衆など、恐るるに足らず! 今こそ、ブロンズマンの力を見せてやるのだ! 我が愛と、そしてブロンズマンの栄光のために! 進軍せよ!」


 カベルネの言葉は、狂気じみた熱狂に包まれ、兵士たちの心に響くことはなかった。


 反抗すれば、処断される。その恐怖と義務感に突き動かされるように、ブロンズマン軍は、西へと続く街道を重たい足取りで進み始めた。


 * *


 その頃、王都では、不穏な噂が渦巻いていた。


 「おい、聞いたか?」「あぁ…侯爵家が兵を出したらしい」「方角は…王都だって?」「王都攻めか…?」「まさか、内乱じゃねえだろうな!?」


 練兵場では、ただならぬ事態に、兵士たちがざわめいていた。哨戒部隊からの報告は、にわかには信じがたいものだった。


 「ブロンズマン領にて、大規模な部隊が編成され、王都方面へ向かって進軍中。その数、編制数は数千を超える模様。一部は既に進軍を開始、王都近郊に存在を認める」


 この通達が混乱の種であった。城攻めを思わせる規模の軍勢が、何の通達もなく動いているという。しかも、侯爵家の先遣隊は既に王都近郊まで迫っているという。


 王子は、当然、派兵の指示や元帥の指名など一切行なっていない。ましてや、夜陰に紛れて、突如として大部隊を編成するなど、尋常な事態ではない。


 ベッドの上で叩き起こされ、この一報を聞いた時、王子は耳を疑った。


 (一体、カベルネは何を考えている…? 王都攻め…いや、ありえない。それなら、では……まさか…)


 スターリムは、フォマティクスとの停戦協定を結んだばかりだ。 国内に敵など存在しない。大規模な数を出兵させる意味がない。


 「このままでは、ろくなことにならないぞ……カベルネめ! 何を企んでいる…!」


 ウィリアムは、普段は決して朝が強い方ではなかったが、その日は、いくら寝ても頭が冴え渡り、全く眠気を感じなかった。眠っているどころではないと、頭が動いてしまう。


 伝令からの連絡を聞いて、すぐさま部屋で最低限の身なりを整えると、近衛を伴い、急ぎ足で練兵場へと向かった。


 道すがら、推論を立てる。だが、どの方向へ思考を巡らせても、至るは悪い展開ばかりだ。


 「目的は王都……いや、奴に限ってそれはないはずだ。だが、もしも…」


 一番の、文字通り最悪の事態として、サトルとの対立が脳裏をよぎる。 しかし、ウィリアムは首を振って、その考えを振り払った。


 「まずは、状況を把握し、適切な指示を出さねば…」


 すでに練兵場には、早朝から訓練の準備をしていた将校たちが集まり始めていた。


 練兵場に入ると、将校たちは直ちに王子の前に整列し、最敬礼を行った。


 「報告いたします! スレイプニルの騎馬隊500は編成完了! いつでも出撃可能です!」


 「ご苦労。現状はどうなっている?」


 将校たちの顔は、緊張感で張り詰めた。


 「ブロンズマン領からの先遣隊は引き続き、王都方面へ進行中。伝令は……未だありません」


 (包囲戦に先遣隊は不要だ。では、やはり、狙いは王都ではない…)


 王子は頷くと、兵士たちに向けて、力強く語りかけた。


 「皆、早朝から集まってくれて感謝する! すでに知っている者もいるだろうが、改めて通達をする。現在、カベルネ・ブロンズマン侯爵が、我が国に何の通達もなく、大規模な軍隊を編成し、王都方面へ向かってきている。その目的は、今のところ不明だ。……当然のことながら、これは離反とも取れる重罪である!可能ならば、穏便に済ませたいが、真意が分からない以上、兵の準備を以って対話に臨む他ないだろう」


 兵たちの内情は穏やかではなかった。内乱を想定する事態にまで迫っている。味方に剣を向けて喜ぶ者などここにはいない。


 王子は、人差し指を立てて、言葉を続けた。


 「我々の目的は段階に分けて二つある。一つは、『カベルネ侯爵の真意を問いただす』こと。ここまで大規模な部隊を編制した。無論、フォマティクスが関わっている可能性も、考慮せねばならない。対話に応じるのであれば良し…そうでなければ、次の目的に移行する……もう一つは、万一戦闘に発展した場合の目標だ。それは『侯爵軍をこれ以上、王都よりも先に向かわせない』ことだ! …大義名分もなく、勝手に軍隊を動かした侯爵の罪は重い! この事態を、穏便に解決することが我々の務めだ!」


(カベルネの暴走は、ここで止めねばならない… サトルたちを巻き込むわけにはいかないのだ…!)


 王子は、人差し指を力強く握りしめると、王としての威厳を込めて王衣を翻す。


 「これ以上、事態を悪化させるな! あらゆる手段を使ってでも、全力でカベルネを止めろ! 以上だ、持ち場に戻れ!」


 兵士たちは、一斉に敬礼をし、それぞれの持ち場へと散っていった。


 彼の鼓舞は、皮肉にも、思わぬ結果を招くこととなる。


 一部の将校や兵士たちは、王子の言葉を、文字通りに「あらゆる手段を使ってでも、カベルネを止めろ」という命令だと解釈したのだ。王都の先へ向かわせないとは、家族を守ることと同義。


 王都を守る。という考えが先行したため『王都よりも先に向かわせない』という意味を、一部の兵は、はき違えて認識してしまった。


 そして、彼らにとって、最も「頼りになる仲間」… つまり、フォマティクスとの戦争で、共に戦った「サトル」の元へ、援軍を要請するべく、伝令を走らせた。走らせてしまった。


 「同盟の王 城壁の下には未曾有の危機が迫り、戦雲いくさふむ様相を呈しております。つきましては、盟約に違わず、我が王と国王救援のため、御軍勢を率いて王都へ馳せ参じられんことを」


 王子の予想をはるかに超えた事態が、静かに動き始めていた。




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