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完結編 10話


 追悼式を無事に終えることができ、一安心していた頃に、不意を突かれたような形でそれは起こった。


 王城の建築よりも前にサウナの導入を進めようかと本気で思案していると、執務室の扉が2回ノックされた。


 「どうぞ?」


 「失礼します。サトル様、ご報告が」


 緊張した面持ちでやってきた自警団の竜人はバツが悪そうに淀む。


 「どうしたの?もしや重大なこと?」


 十中八九、悪い知らせであることを覚悟しつつも、水を飲んで聞き入れる姿勢を整えた。


 「はい、御察しの通り。実は、シールド・ウェストの領主、アイリス様がアポなしで会いたいとおいでです」


 「え…それはまた、突然だね?」


 「えぇ。突然の訪問でしたので、来賓用の部屋にご案内いたしましたが」


 俺は耐えきれずに口の中の水を噴出した


 「ゲホ、ゲホ…なんだって!?てっきり手紙だと思っていたけど、もう来ているのか!」「はい」


 (突飛な行動力はアイリスらしいといえばそうなのだが……いくらなんでも突然すぎる。段取りを踏んでいないということは、外交というよりプライベート…つまり、秘密裏にやってきたとみて間違いない。いくら俺と面識があったとしても、王と他国の領主という形の対談は決まり事が多すぎて、こういう動き方をする他なかったとみるべきだが…果たして)


 「…わかったよ。アイリスさんをお通して」


 「かしこまりました」


 * *


 あまり間も置かず、廊下からドタドタと足音が聞こえ、乱暴に執務室の扉が開かれた。犯人は当然、金髪碧眼の美女、アイリスであった。長い髪をなびかせて、高身長、抜群のスタイルから大人の色香を漂わせた雰囲気は相変わらず。


 「サトル~!会いたかったぞ~!」


 涙をにじませ、俺をデスクから無理やり引っぺがすと、胸に引き寄せて抱きしめた!


 (過激なスキンシップも相変わらずのようで…!)


 「ふぁふぁふぇふぇふははい!」(離れてください!)


 「うんうん、分かっているさ。お前も私に会いたくて仕方がなかったのだろう、全部言わなくてもよいのだ。お姉さんには全部分かっている」


 (全然伝わっていない…!?)


 落ち着きを取り戻し、お話ができる状態になるまで、自称お姉さんの物理的拘束が続いた


 ・・


 ようやく解放された俺は、ふらつきながらも彼女が好きな酒のボトルを渡し、要件を促す。ちなみにこのボトルはサリーの故郷から取り寄せたもので、自分で飲む用ではなく、アイリスが会いに来てくれたときのため『だけ』に取ってあるものだ。


 「それで…話ってなんです?というか、こういう秘密裏な会合ってまずいと思いますよ。あ、あとこれはいつもの酒です」


 アイリスは文字通りの我が物顔でボトルを奪い取ると、嬉しそうに木製ジョッキへ注ぐ。目の位置まで上げて乾杯の意を示すと黙って飲み切り、一息ついた。


 「プハァ…!やっぱりこれだよこれ、我が弟子…いや、今や王か。とにかく分かっているな!大好きだぞ!」


 酒を入れると口が軽くなって話しやすいのだが、如何せんスキンシップが次第に激しくなるので、諸刃の剣である。


 「俺の対外的な立場を理解しているなら猶更まずいでしょう。俺としてはお会いできたのはうれしいのですが、あなたがソード・ノヴァエラを歩き回っている噂がウィリアム王子の耳にでも入ろうものなら、処罰されてしまうかもしれないのですよ…」


 「あぁ、奴のことなんて気にするな。今は私とお前だけの時間だ。お前が告げ口しない限り見つかることもあるまい。仮に見つかったとしても『散歩』していただけだ。立場が変わっても、二人の辺境領主が作り上げた絆という本質的なものは変わらないものだ」


 ちっとも敬われていない王子に多少の同情心を抱く。地方領主であるアイリスは、自分のことは全部自分でやってきたせいもあるかもしれない。


 「あの王子にそんな適当な詭弁が通用すればいいんですけどねぇ…」


 話を打ち切るようにアイリスは話題を変える


 「そんなことより、サトル。水臭いじゃないか。スターリムを離反して旗揚げなんて面白いこと、なんで事前に私に相談してくれなかったんだ?お前の話を聞いたときには肝を冷やしたぞ」


 「あぁ、その話がしたかったんですね。あれは、会議の流れで、俺の立ち位置で多くの人命が散ることを悟ったんです。俺は野に下るつもりでした。目の前の人を助けるのに立場は役に立ちますが、毎度毎度障害やそもそもの火種になるくらいなら不要ですから。それこそ人を助けるだけなら冒険者でもよかったんです。助けられる幅は狭まりますが、戦になるよりマシでしたから。ですが、結果的には領土はお情けで残してもらいましたし、国として認められた流れになって…まぁこれは、会議で、半ば流れで言ってしまったこともあるのですが、俺たちが抑止力として両国の間に立つのが最適だと思ったんです。遺恨を抱えたまま、片方に入れ込むのは悪手ですから」


 大好きな酒を飲む手を止めて、目を閉じ傾聴していたアイリスは、口を開いた


 「うむ……そうか。事情はある程度察した。お前に特別な力があるのは、他ならない私が一番よく知っていることだ。いずれお前を巡った大きな戦が起こるケースだって考えられた。お前が決めたことなら、私としてはとやかく言うつもりはない。立場が変わろうが、国が違おうが、サトルはサトルだ。私の興味対象に違いはない」


 後半の興味対象云々はよく分からないけど、純粋な好意で応援してくれているのは素直にうれしい。


 「ありがとうございます」


 「だが、そうなってくると、お前の言う通り気軽に会えないというのは、私にとってはとてもとてもつらいことなのだ。そりゃあ胸が張り裂けそうなほどだ」


 「うん?…まぁ、そうですね?お互いの領土にゴーレム技術やインフラのナレッジを蓄積した技師がいる以上、開拓に伴ったコミュニケーションが気軽に取れないのは統治としてみればマイナスかもしれませんね」


 アイリスのごく個人的な感情が差し込まれているうえに、嫌な予感がするので大きく舵をとって会話の流れを変えようと試みるが、アイリス船長はその舵すら奪い取って、強引に話の流れを引き戻した。


 「そうだろう!そうだろう!。お前としても愛しの姉貴分に会えないのはさぞつらいことだ。そこで提案なのだが、私をお前の国の傘下に加えてくれ。いや加えろ」


 「……おや?なにやら話がおかしな方向に…!?」


 アイリスは獲物を狙う狼のように鋭い目を光らせて言った


 「よし、今日から私はお前の配下だ!」


 「ちょっ……えぇ!?」


 彼女が秘密裏に来訪した目的が分かった瞬間であった。

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