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完結編 9話


 国旗、それと国の立ち上げを記念した巨大日時計の制作プロジェクトに関する会議から数か月ほど経過した。皆で考えた旗とモニュメントはイミスとドワーフたち主導の元、専用の工房で制作され、つい先日に無事完成を迎えた。現物はソード・ノヴァエラの南西にある開拓地を広げた先に配置されることとなり、一般公開された。今頃、新開拓エリアは人がごった返しているに違いない。


 その間、俺はと言えば、エスペランサ・ヴォルタール王権帝国の王として、スターリムとフォマティクス両国の同盟を結んだり、同盟に際した細かな取り決めを行う必要があったため、エルやウィリアムとのやり取りが主だったスケジュールとなり、専ら町の開拓よりもそちらに奔走していた。


 言い訳をすれば、新しい国旗の周知やら、デオスフィアを装着されたままの住民の扱い、隣町との交易継続云々……話すべき内容が積み重なり、1つの町の領主であった頃よりも自由な時間が格段に削られてしまったのだ。何度か執務室からの脱走を試みたが、全てカルミアに阻止されたのは言うまでもないか。


 あぁ、広場でのんびり知らない人が描いた絵を見たり、子供と遊んだりしていた頃が懐かしくも羨ましい。今日も今日とて、執務室にこもりっきり。たまには運動しないと、血の巡りが影響して頭の回転が悪くなりそうなのが懸念点だ。人間は体温を高めないと、良い考えが降りてこないものだ。


 良い考えが降りないと執務での仕事も滞る。それはよくない。つまり国のためにならない。


 (つまり、今、俺は国のために、代謝を高める必要がある。はぁ抜け出したい……サウナがほしい…サウナに入りたい…スッキリしたい……)


 屁理屈100%の大義名分を頭の中に掲げ、主に自分の欲望による施設建造を目論んでいると、それを予知したかのように監視の目を光らせた桃色の髪の女の子がやってきた。


 「…サトル、追悼式の時間が迫っている」


 カルミアが机に温かい飲み物を置いてくれた。一言お礼を告げて、有り難くいただく。一息ついて、返答を返した。


 「うん…おいしい。それで、追悼式っていつだっけ?」


 追悼式


 戦後処理の一環として、戦没者を弔うための法事だ。俺たちは町を守るため、不当な侵略に屈しない姿勢を見せるため、数少ない人数で自警団を結成してディープ・フォルスの軍勢に立ち向かった。地形や装備、陣形を生かして10倍近い戦力差を覆し、勝利したが、竜人や冒険者たちから少なからず犠牲者も出た。


 この先の戦での戦没者を追悼する式典を、モニュメント完成と併せて開催する。これが戦で出た、敵味方問わず悼むための、俺がやっておきたいけじめのひとつだった。皆、信じるもののために戦った。勝者は過去を忘れてはならない。戦って散っていった者を忘れてはならない。勝って兜の緒を締めるのだ。


 カルミアが眉をハの字にひそめて言う


 「…今日、昼から」


 「…」


 (なんてこった……。モニュメント完成に合わせて、そこで追悼式を行うというスケジュールが頭からすっぽぬけていた。決して忘れていたわけではない!)


 慌てて窓からお日様を眺めると、眩しい日差しが頭上から降り注ぐ


 夜から作業をしていて、気がついたら朝になっていたのだ。


 「ま、まま、まずい…すぐに行こう!」


 「それなら、私が担いでいく?」「それだけは謹んで遠慮いたします!」


 カルミアの提案は目的地に到着するうえでは最適解だが、俺の心の健康は一切考慮されていないのだ!


 俺は領主の髪飾りと、簡素なワードローブにかけていた上着を雑に取り上げて執務室を出た


 * *


 ソード・ノヴァエラの町、南西の新開拓エリア


 元々は森と魔物だらけで人が住めるような状況ではなかったのだが、自警団のレベルアップとゴーレム装備が改良されたのもあって、俺たちが居ない状況でも、ある程度の範囲を切り開くことができた。このエリアに名称はまだついていないが、便利上、開拓民たちは「南西エリア」などと称している。


 ただ広いだけで特に何もなかった南西エリアは今日、人で溢れていた。主な理由は、日時計を見に行くことと追悼式が関係しているのは誰の目にも明らかだ。


 予想に反して、俺の目には現場の雰囲気に驚かされる


 「えっと、なんか雰囲気が明るいような」


 「そう?」


 カルミアが首をかしげる


 「うん…何というか、悼むように見えないというか、活気があるというか…」


 巨大な日時計を中心に、屋台が手を叩いて客寄せを行い、行商やらが風呂敷を広げて不思議な品を手に取って道行く冒険者たちの目を引くように高く掲げている。新設された馬車停留エリアでは、商人たちが意見交換を行ったり、次の出発日時を確認している人たちでいっぱいだ。


 「…追悼は、思いやり死者を安心させて送り出すこと。終始、悲しむだけが、唯一無二の方法ではない」

 

 「う、うん…まぁそうだけど」


 戦から結構な日が経過しているせいもあってか、これを機に気持ちを切り替えようって人が多いのかも。俺が思っていた以上に、開拓民たちはたくましい。


 カルミアがフォローを入れるように一言付け加える


 「大丈夫、式では、皆静かにあなたの話を聞くと思う。それくらいの切り替えはできる」


 「う…」


 俺としては演説なんてがらじゃない。むしろ外野はうるさくして構わないでおいてくれる方がやりやすいのだが…


 暫く雑談を交わしつつ、屋台を二人で回っていると、俺の出番が近づいてきた。自警団の竜人がやってきて「サトル様、そろそろお時間です」と日時計の前へと促す。


 カルミアが頷き、手をふってくれた


 「演説…頑張ってね」


 * *


 追悼式は滞りなく進行した。リンドウが最後まで勇敢に立ち向かった戦士たちを称える舞を踊り、竜人たちが剣戟の演武を行い、吟遊詩人が歌を歌い、最後に俺が話をして終わった。


 俺の出番が回ってくる頃には夕方にまで伸びてしまったが、式への参加者は増える一方だった。


 式の最中は祭りのような雰囲気もなくなり、皆日時計の前に集まって死者を悼んだ。


 ある人は泣き、ある人は胸に手を当て目を瞑り、またある人は感謝を込めて死者を送り出した。


 それぞれが想う、最良の方法で死者を送り出し、最後の行事へと移る。


 俺の故郷では、死者を送り出すため、熱気球のような形状の灯篭に火を灯して空へ返す行事があった。これを模したものに過ぎないが『死者を送り出す』という方法を、目で見える方法で送ってあげたかったのだ。


 事前に準備していた、簡素な手のひらサイズの小さな魔石付き気球が参加者へ配られる


 ちなみにこれはサリーとイミスが共同で頑張って作ってくれたものだ


 数百とあるが、参加者が多かったため余ることなく配られた。


 参加してくれた皆が、それぞれが想いを込めて、魔石に魔力を込める。火が灯ると、ひとつ、またひとつと空に火が返っていく


 数百と空に上がった時、無数の魔石と火の輝きがトワイライトと相まって、幻想的な雰囲気を作り出していた。


 俺も、想いを込める。


 火が灯り、空にゆっくりと舞い上がる


 無数の光に交わって、どれが俺のものか、すぐに分からなくなった


 戦で散った者、これまでの戦いで敗れた者、スカーレット、そして…ディープ・フォルス


 「俺は、お前たちが安心して眠れる『居場所』を作ってみせる…だから、そこから見ていてくれよ」


 俺の独り言が空に消える


 静かな夜の始まりに、無数の光のひとつが、強く輝いた気がした。


 



 

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