完結編 5話
カルミアの提案は、拮抗した盤面を破壊するには十分すぎるものだった。
「か、カルミアさんや…どういうこと?俺が、国を立ち上げる?」
「…そう、その通り。あなたが、どちらでもない新王になる。貴方は最早、『仕える』という器にはおさまりが効かない。だからこうなっている。これから貴方を巡った戦いが始まるなら、貴方を手の届かないところにまで引き上げればいいだけ」
カルミアとしては、俺の地位が上がればどちらでもよかったのだろうが、この提案は、存外良い案に思えた。スターリムやフォマティクスの提案をある程度まで折衷できるものだったからだ。というのも、俺が旗挙げをして第三勢力を作り上げた場合、スターリムやフォマティクスとは大きく分けて同盟を結ぶか、敵対するか、放置するといった関係性を築くことになる。ここで、新王国の同盟をフォマティクス、スターリムと定めて両国と同盟を結んだ場合、大国のどちらが戦を起こせば起こした方を制裁する。という俺たちを抑止力とした、強制的な停戦すら促せる。
戦を仕掛ける方は、俺たちと敵対することになるし、仕掛けられる方は有利となる。どちらかが表立って戦を起こすことができなくなるため、強引ではあるが、俺たちが抑止力として機能する。少なくとも、これ以上多くの命を無駄に散らすことがなくなるはずだ。そして俺自身は、国や立場で不条理を被ることのない地盤を固められる。
(むしろ……この手しか、ないと思えてきたぞ)
俺が国起こしをする上での唯一のデメリットは、ここまで作り上げてきたソード・ノヴァエラを手放すことになることくらいだ。
ソード・ノヴァエラは元々何もない荒れ地であり、強い魔物が跋扈する価値の見出せない土地だったが、俺たちが開拓してここまで大きくした。だが、それでも建て前上はスターリム領土である。発展を遂げた今なら猶更だ。俺たちの貢献が九分九厘あったとしても、スターリムの領土という建て前がある以上は返上しなくてはならない。借りたものは返すのが道理だ。
惜しいことなのかもしれないが、人命には代えられない。これ以上、戦を続けてほしくなかったし、俺を巡った争いにも嫌気がさしていたところだった。
俺はこの戦への参加を通して、両国の良い面も悪い面も肌で感じることができた。スターリム側にも正しく戦う理由はあるし、フォマティクス側にも譲れないものがある。どちらの言い分も正しく戦う理由に値すると思った。であれば、余計にどちらか一方に加担することはしたくなかったのだ。
土地はまた栄えるが、人が蘇ることはないのだ。
人は礎であり、礎は他ならない人が作り上げるものだ。
全てを失う訳ではない。
「……そうだね、カルミアさんの言う通りかもしれない。両国の重鎮が揃っているこの場で宣言するのが妥当だ。……俺は、両国の領土外で旗挙げ、つまり国を作ろうと思う」
「馬鹿な!お前のソード・ノヴァエラは、スターリムが接収することになるぞ!」
ウィリアムは俺が案じていたデメリットを開口一番に繰り出した。そりゃそうだ。
「構いません。返上いたしますよ。こうなってしまった以上……いや、これは、遅かれ早かれこうなっていた。と捉えておきます」
「サトル、フォマティクスの要求を呑む必要はない。めちゃくちゃを言っているだけで、お前を取り込みたいだけだ。敵国の提案を受け入れる必要はない!」
「敵国…ね。たとえ、そうだったとしてもデオスフィアを使用しないと宣言してくれた以上、俺が必要以上に、それこそ敵国だからという理由だけで人の命を奪うことはありません。王命であったとしてもです。あの非人道兵器はディープ・フォルスの乱心で、彼は被害を受けた人たちの罰を正しく受けた。俺の中で、この件は決着はついたのですよ」
「お前がスターリムの民を導き、全てを変えればいい!」
「そうして、一部の民だけがまた栄華を貪る。亜人の居場所は永遠に掃きだめだ」
ウィリアムの言葉に、エルもすかさず口を挟む。
ディープ・フォルスが壊れてしまうに至るまで腐敗した『亜人』に対する差別。この差別意識を改革するうえで、一領主として動くには限界を感じていたのもあるが、あえて今ここで口に出して言う必要はあるまい。
二か国に翻弄されたディープ・フォルスも、ただ『帰る場所』が欲しかっただけなんだ。こんなことを繰り返しているから、いつまでも力持たない者だけが痛い思いをする。
ウィリアムには悪いが、黙っている内に言ってしまおう。
俺は誰かが余計な水をさす前に言葉を続けた
「皆さん、よければ耳を貸してください。俺はスターリム国の領主、及びその全てを返上して新たな国を興します。加えて、二か国がこれ以上争いを止めないのであれば、俺たちは仕掛けた方に制裁を加えます。判断がつかないのであれば、双方に制裁します。ここでは本来記すべきであった停戦協定と戦後処理を行うよう要求します」
よければ耳を貸せ、などと言ったが到底無視できない要素を盛り込んで話してみる。
カベルネが「要求などと!先ほどから立場を弁えぬ言葉の数々…!」と立ち上がるが、ウィリアムが制する。
「カベルネ、君はもう黙れ。……はぁ、分かった。わかったよ。我々の負けだ、スターリム国はサトルの要求を受け入れ、フォマティクスと停戦協定を結ぶ」
エルも渋々、といった具合だが、これに同意する。
「……我らがフォマティクスも、停戦協定に同意する。また、敗国として、デオスフィアを製造、使用した責任を負うため、スターリム国が要求する賠償に応じる……致し方ないが、サトル、これでいいか?」
これにはエルもウィリアムも同意する以外取れる選択肢がない。首を横に振った時点でそれ以上の不利益が約束されてしまうから。
書面に黙々とサインをしたため、双方が割印を押した。俺は双方の書類に不備がないかを十分に確認して、頷く。
「…良いでしょう。それでは、ウィリアム王子、爵位と土地を返上します。書類を持ちましょう」
ウィリアムは「待て」と言って俺を呼び止め、そのまま続ける
「サトル、爵位の件は甘んじて受け入れよう。この場を丸く収めるためには仕方ないことだと。だが土地の件だ。ソード・ノヴァエラは父が不毛の地を君に押し付けたという側面が大きい。知っての通り、その土地は魔物が非常に強く、我がスターリムの騎士では歯が立たん。町までの街道を整備しているのは、他ならない君が個人で所有している自警団だ。君がいなくなれば自警団はいなくなる、さすれば、いずれ整備も立ち行かないのは自明だろう。整備ごときで高価な冒険者を雇って経済を圧迫するか、毎回死人を出すような街道警備の仕事は我々には荷が重すぎる」
「何が言いたいのです」
「君が離れた時点で価値がなくなる土地を、我々に返上されても困るのだ。サトルが離れた途端に町が崩壊するという事実でこれ以上の恥を上塗るくらいなら、その地は君に譲ろうと思う」
ウィリアムは、俺に土地を譲ってくれるらしい。人質に取られてからというものの、言動や考え方が少し変わったように思えた。彼の策は俺に恩を売るという側面からも有効だと思える。
「そういうことであれば、受け入れます」
爵位の返上に一部を書き換えた書面を机に並べ、サインを進める。新国樹立について『名称記載』の欄でウィリアムと俺の筆が止まった。
「サトル、君の新たな国の樹立を祝いたいのは山々なのだが、新たな国には名前が必要だぞ?」
(あ……国の名前、忘れてた)
争いを止めることだけに思案を巡らせていて、その受け皿となる国を作るところまでは良かったものの、名前など一切考えていなかったのだ
「そ、そうですね……我が国の名前は――」