完結編 4話
フォマティクスの敗戦処理のための会議だったはずが、「サトルを王に迎える」というエルの発言をきっかけに、いつの間にか主題が『サトルの立ち位置』についての意見交換にすげ変わってしまう。話し合いという体裁は保たれているものの、一触即発の空気が漂っている。ウィリアムらが折衷案を出しても、エルが受け入れず、話は平行線のまま。
この議題の落としどころについては、当の俺へ委ねられるのは時間の問題だった。
(いい加減、話に割って入った方がいいのか…?)
俺を他所に、話が広がっていくが、両陣営が俺のパーティーの戦力を当てにしているのは明確。俺抜きで話を進めているのは、建前上、俺は王子の下についているからだ。だが、俺の立ち位置をここではっきりさせないことには、戦後処理のやり取りもままならないだろう。
エルは苛立ちを隠すことなく言い放つ
「サトルを王に迎え入れることができないのなら、フォマティクスは停戦を受け入れない。今回、一時的にもお前たちの要求を呑み、会議に参じたのはサトルとの接点を持つためだ。それ以外に価値はない」
と一歩も譲る姿勢は見られない。対してウィリアムは
「サトルは我が国の領主だ。何の権利があって、そちらに加担させる手伝いなどしなくてはならないのか。敗国は敗国らしく、勝者の権利を受け入れるべきだ」
と主張する。ウィリアムは次に俺に目を向け、とうとう話題を振ってきた。
「サトル、君はどう思っている?」
(とうとう来ちゃったか……)
と思いつつも、顔には出さずに粛々と述べる。
「俺としては、まず両国の意向を確認しておきたいです。エルさん…フォマティクス側の考えとしては、先ほど示して頂いた通り、俺がフォマティクスの伝統に則り、王になることを望んでいるんですよね。それが叶わないのであれば、戦を止めるつもりはないと」
エルは「そうだ」と言って頷く。俺は相槌を打って続けた。
「対して、ウィリアム王子は、この提案を反対している。しかし、戦は望んでいない」
ウィリアムも力強く「当然だ」と言い切った。加えて
「もしフォマティクスが再戦を望むのであれば、サトルには前線に立ってもらうつもりだ。今度こそ、その力で完膚なきまでにフォマティクスを叩きのめしてもらうぞ」
と豪語してエルを睨みつけた。ウィリアムはそう言う他、この場を切り抜ける方法が見つからなかったのかもしれない。だが、俺としては、ウィリアムの発言については、自分がただの戦力や物のように扱われているようで不快だったが、一旦飲み込んで話を進める。
「分かりました……ひとつ確認をさせて下さい。エルさん、いえ…フォマティクスは今後『デオスフィア』をどのように扱うおつもりですか」
エルは腕を組み、少しの間だけ思案を巡らせて言った
「ふむ……『奇跡の実り』のことだな。…この会議が設けられる前に、量産化プロジェクトに深く携わった魔術師から凡その事情は聴いている。その上で答えるが、私たちとしては、ディープ・フォルス様の行為については、今でも苦肉の策だったと思っている。莫大な力を与えてくれる『奇跡の実り』がなければ、スターリムの圧政に屈するのは時間の問題だった。どのような『デメリット』を抱えたとしても、抑止力は必要だったし、大国に対して兵数で劣っている分、質で勝る必要があった。事実『奇跡の実り』を使用したゲリラ戦闘は有効だったと判断する」
「圧政だと!」とウィリアムが身を乗り出して言うが、ここでまた二人の言い争いをさせると終わらないので、俺は王子の言葉を拾わずに強制的に話を進めた。エルもまた、それに合わせる。
「そうです。その『奇跡の実り』をどう扱うかで、俺の意見は変わります」
エルは暫く沈黙するが、決意を込めて断言した。
「……破棄しよう」
「…本当ですね?」
「あぁ、破棄する。サトルがここでどのような判断を下そうとも、破棄し、二度と使用しないと誓う」
「それを聞けて安心しました……。この話は後々詰めていきましょう。それで、ウィリアム王子の先ほどの発言ですが」
俺がそう言うと、エルを睨みつけていたウィリアムはこちらに顔を向ける
「なんだ?」
「俺は、フォマティクスがデオスフィアを使用しない限り、今後両国の戦には参加しない。と表明させて頂きます。加えて、フォマティクスの王になることもお断りします」
ウィリアムが思わず机を強く叩く。
「何故だ!フォマティクスはお父様を……スターリムの民を蹂躙した諸悪の根源なんだぞ!!」
「王子にとってはそうでしょうが、俺にとっては違います。そして、フォマティクスの犠牲者だって王子と同じ意見を持っているはずです。俺はこの目で両国の問題を目の当たりにし、自分なりに向き合って答えを探しました。その上で決めたことです。誰が悪いという話を始めればキリがありません。俺としては、絶対に間違えていると思った部分を是正できたので、それを反故にされない限り、今回で戦を降ります」
他領主の一人が王子に加担するような意見を飛ばす
「そんな我儘が通用するか!君はソード・ノヴァエラの主なんだぞ!領主としての義務を果たせ!」
厳しい意見が飛んでくるが、俺の考えは変わらない。
「仮に領主という立場が、人助けの足枷になってしまうのなら、命を無駄に奪い合うきっかけになってしまうのならば、爵位など、もう必要ありません。そんなものがなくても、人を助けることはできます。必要とあらば、領土を含めて返上しますよ。俺は領主になりたくて人助けをしてきたわけじゃないから。もちろん、できる幅は狭まるかもしれませんが、俺は俺に出来ることを続けるだけです。それが、俺の答えです」
「な、なんだと…!」「ふざけるな!」「責務を果たせ!」「忠誠の誓いはどうなった!」
ウィリアムはスターリムの領主たちを手で制して発言した。他領主に比べて冷静だ。俺がどう思ってどう行動するのか予測できていたのかも。
「皆、鎮まれ!!……サトル、待ってくれ。君の言いたいことはわかった。だが現状を見てくれ。このままでは戦が始まり、罪なき人々が苦しむ時代が続く。それに、デオスフィアを使用しないと言っても、この被害状況ではフォマティクスと良くて拮抗、悪くて敗北してしまう。そうなれば、君の愛するソード・ノヴァエラの民も無事では済まないんだぞ。それは他ならない君が望まない結果だろう!」
ウィリアム王子の言っていることは正しいし、そんな未来もあるだろう。だが、俺にとってこの言葉は従わせるための脅し、言わば民を人質に取っているようにしか思えない発言だった。
「俺と親しい人や縁のある人を集めて引っ越しますよ。二か国の争いに巻き込まれないような場所にね。俺にとって戦の参加は義務ではなく、義理です。それにです……民は領主なくして全て決められない子供じゃない。領主は民を導くものですが、民の人生を支配するものであってはなりません。民にだって、残って戦うか、新天地を探すかの判断や選択は取れます。王子や俺がいなくとも、自分のことは自分で決められますし、決めるべきです。そこから先は、当人の問題です」
ウィリアムは静かに着席し、黙り込んでしまう。エルは待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「サトル、お前はフォマティクスの王にはならないと言った。我らフォマティクスが自惚れているとは言わないが、この戦、お前がいないスターリムに勝ち目はないとみている。ならばフォマティクスが全土を支配するのは時間の問題だ。大陸を統一すれば、お前が王冠を戴くこと自体、時間の問題となってしまうと思うのだが…」
エルの言うことも最もだが、俺がフォマティクス側『だけ』を助けるという未来は望んでいない。
「フォマティクスが統一しても、スターリムの民が根絶されることはないでしょう。かといってフォマティクスがスターリムを根絶やしにするかと言えば絶対に違うと言い切れます。理由は、デオスフィアを使用しないと宣言したエルさんがそんなことをする人には見えないからです。俺はどちらか一方しか救えないという選択は取りませんよ。我儘や傲慢と言われればそれまでですが、その言葉を盾にして、できないなんて言い訳を作りたくはないんですよ」
「………そうか」
エルは残念そうだが、慈愛の眼差しが増した気がする。気のせいか?
室内の沈黙を破ったのは意外な人物。そう、俺の護衛をしていたカルミアだ。
カルミアは俺の肩を指先でツンツンつついて、注意を引いた。
「…サトル」
「カルミアさん?どうしたの?」
カルミアの発言は場を一度ぶっ壊して収めるには威力が強すぎた。
「……いっそ、サトルが新しい国を……そう、建国すればいい。貴方にはその力がある」