完結編 3話
「――私は、サトルを、フォマティクスの王として迎え入れるために来た」
淡々と発せられた特大の爆弾発言により、まとまりかけていた会議は見事に粉砕される。
「サトルを?」「辺境の一領主にしか過ぎないのだ。手渡しても良いのでは?」「この地の発展具合を見たか、これほどの才を手渡すと?」「ドワーフの功績だろう。サトル殿は何もしていない」「彼は強いって噂だぞ」「実際に見たわけじゃないからな…」「亜人を町に迎え入れているのは好かんが」「私は賛成するぞ」「私は保留だ」
サトルに対する批評が好き勝手に飛び交う
「反対だ!」
強い怒気が室内を包む
エルの言葉の真意を汲み取れた人は少ないが、怒りを隠しもせずに勢いよく席から立ち上がったのは他ならないウィリアム王子だ。そのただならぬ様子を感じ取り、皆が口を閉ざす。
ウィリアムはエルを指さし、興奮気味に言う。
「…間違いがあってはいけない、もう一度問おう。先程…君は何と言った!」
エルは興奮しているウィリアムに対しても冷静だ。常在戦場の心持ちで向き合う姿は、どこか勝利を確信しているようにも見えた。
「フォマティクスはスターリムの停戦を受け入れる。加えて『事実上勝利』したお前たちに、好きなだけ賠償をくれてやる。それを同意した。その代わり、サトルはフォマティクスの王として迎え入れる。それだけだが?」
「それだけ…だと!?」
「あぁ、それ一つだけだが?」
「ふざけるな!こんな無茶苦茶が通るわけないだろう!!」
エルの言葉は決まりかけていた全てをひっくり返すに等しいものであった。何故ならサトルの実力はパーティー単騎で国崩しを可能にするものである。彼に匹敵する戦力が大陸上に存在しない以上、彼を王に敷くということは、それ以外の国の敗北を意味すると同義。
だからこそ、エルはどんな賠償も払うと言ったのだ。取り戻せることがわかっている賠償など、茶番に等しい。
仮にこの会議でスターリムへ『賠償』をしても、フォマティクスが戦を再開すればたちまち『スターリムに奪われた領土はフォマティクスのものになる』……サトルたちはそれを可能としてしまう。
サトルの実力を『正しく』知っているウィリアムとしては、それこそ全てをなげうってでもサトルをスターリムの陣営とするべく動くつもりだった。この会議とは言わずとも、じっくり国内で根回しを行い、サトルへ王位継承させる腹づもりだった。檻から出たときから画策していたことだ。だが、ウィリアムから見れば、エルに先手を奪われた形となった。
「ふざけるな!サトルは我が国の領主だ!敗国であるお前たちに引き抜きを許すと思うのか!これは立派な『宣戦布告』だ!」
ウィリアムが感情任せに発した言葉を、まるで獲物を待ち構えていたハンターのように狩り取る
「そうか、いいぞ。別に。私たちとしては続けても良かったんだ。この戦をね」
「な…!」
エルの発言はある意味で正しかった。サトルの目的はデオスフィアを使用した政策を止めることであって、両国の勢力争いに参加することではない。彼はむしろ、そういった争い事を嫌うだろう。エルはサトルを一目見たときから、ウィリアムとの会話を通して彼の温厚さを見抜いていた。
ウィリアムは、サトルに命令できる立場であるが、サトルが本気で嫌がることを命令する勇気はなかったし、それは愚策であることを知っている。何故なら、サトルは一度やると決めてしまったら、爵位を返上してでもやってしまうだろうし、正しいと思ったことを絶対に遂行する意思を持つからだ。そうでなければ、単騎で敵陣に突っ込むなど常軌を逸した行為などしない。
デオスフィアを悪用するディープ・フォルスを討伐したタイミングこそが、停戦を宣言するのに最も相応しいタイミングだった。サトルが戦う意味を見出せなくなるタイミングがここだから。
ウィリアムの額から一筋の汗が落ちる
エルは言葉を畳みかけた。
「お前たちが知っての通り、サトルのパーティーはフォマティクスで現最強の王であったディープ・フォルス様を倒した。上様は旧国王…父君すらも超える力の持ち主だった。正直、サトルが現れるまで、内部分裂が激しいお前たちスターリムに勝ち目は万に一つもないと思っていた。私は上様のお力を見たことがあるが、人の域を超えていた。それすらに勝ったサトルを次期国王とせず、我らが民が黙ってはいまい。これは我が国の文化による選定と受けれていただこう。同意をとるつもりはない。お前たちのとれる選択は二つだ。この決定を受け入れるか、抵抗するか」
エルは二つの選択肢を示したが、残存戦力を加味すれば、受け入れる他ない。だが受け入れればフォマティクスはサトルを王に敷いて、繁栄の極みを迎えるだろう。暗に、フォマティクスの文化にたいして首を突っ込むなと釘まで刺される始末。だが、サトルの実力を知る領主たちも黙ってはいなかった。
メイス・フラノールの領主、バトーも応戦するため立ち上がる
「エルよ。それは我らの領主を引く抜く理由にはならないぞ」
「領主かどうかは関係ないし、お前たちにわざわざ用意してやる理由など、持ち合わせてはいない。私たちのルールは、王を倒した者が王となるのが掟。立場も人種も関係ない」
バトーはそれに乗じた切り口で応じる。
「そうかそうか、立場も人種も関係ないと。だが我らとしても優秀な領主をみすみす『敵』に迎えさせるわけにもいかん。そこで折衷案を示したい。スターリムには少なからずAランククラスの冒険者も存在する。サトルの冒険者はスターリム基準でAランクだ。そこで提案だが、同様の強さを担保できる者を提供するという形で検討してはもらえないだろうか。彼らは戦に不介入故に実力を示す機会はなかったが、ディープ・フォルスに匹敵する力を保有しているはずだ」
エルは即座に首を横に振った。
「全くもって見当違いも甚だしい。その冒険者がサトルやディープ・フォルス様に匹敵しうると本気で思っているのか。メイス・フラノールの領主。お前は魔術を扱えるだろう。ならばサトルが持ちうる底知れない力を知っているはずだ。お前たちがその冒険者を領主のサトルと挿げ替えしない理由はなんだ。冒険者から引き抜きができるほどに癒着しているのであれば、Aランクを戦に使わなかった理由はなんだ。否定した時点で、サトルが最強であることの肯定に他ならない。私は、私たちはサトルを王にする。通り名だけが肥大した雑魚を生贄に寄越すなど、片腹痛い」
仮にも、王都で活躍する冒険者…それもAランクを雑魚呼ばわりしたエルに対して、非難する声が飛び交うが、エルは全く気にしない。それが事実だと確信しているからだ。
サトル嫌悪派のカベルネ・ブロンズマン侯爵が場を鎮めるように言ったが、これが火に油を注ぐことになる。
「まぁまぁ、みなさん。落ち着いてください。たかだか一領主、それもたったひとつの僻地を管理する者を他所へやったところで、スターリムの栄光は揺るぎません。そうは思いませんか。戦の後もあって、みなさんは少しナイーブになりすぎなのでは?フォマティクスとしても、ディープ・フォルスなる者を討伐した者が敵陣にいるという立場上のメンツを気にしているものです。ここはサトルを送り出してやろうじゃありませんか。それで全て丸く収まるのですから」
カベルネの心情としては、サトルを称えるような流れは断固反対であったし、サトルがいなくてもスターリムはうまくいくと思っている。それ故の発言だった。
この意見に対する反響は様々だった。エルはカベルネを鼻で笑い、ウィリアムは顔を真っ赤にした。もちろん、怒りという感情の方面でだ。
ウィリアムは歯を剝き出し、怒気を抑えるのに精一杯な様子で言葉を紡ぐ。エルが聞いているのにも関わらず、サトルの強さを証明する発言をしてしまった。
「カベルネ・ブロンズマン侯爵……貴様、国を終わらせたいのか……!!」
この言葉を聞いたエルは、半ば確信だった自らの推察を確固たるものに置き換える。王子自らが、サトルの強さに太鼓判を押したようなものだ。やはり、冒険者Aランクを代わりに寄越すというのは、サトルを手渡したくないという本音を隠すための建前。
「えぇ!?その…私の発言がまずかったのでしょうか?サトルがいても、いなくても、別に構わないでしょうと申しているのです」
「この……!!」
ウィリアムはカベルネの席まで向かい、あろうことか拳を振り上げ、勢いよく殴り飛ばしてしまう!
「ぶべ!」
「お前!お前!!……せっかくまとまりかけていたのに!!」
「おおお、おう、王子!なにをするのです!」
「黙れ!はぁ…はぁ…」
勢いよく転げるカベルネ。それを荒い息つかいで肩を上下させ見下ろす王子。
乱心に見えなくもない事態だが、王子を咎める者はいない。これほどまでに王子が取り乱しては、それを証明する何かがサトルにあるのではと、領土を預かる切れ者であれば察するからだ。
エルは面白がった表情で肩をすくめ、ウィリアムを煽った
「おやおや、王子が暴力とは。私はカベルネ殿の『聡明なお考え』に全面同意だ。それとも日を改めようか?」
「うるさい!黙れ!」
もはやウィリアムにとって取り繕う余裕もない。
数十分前までは、スターリムの輝かしい未来まで見えていたのに、今は全てがひっくり返ったような状況に陥った。フォマティクスの輝かしい未来だ。
それから、数時間にも渡ってスターリム陣営が代替案を出し、エルが足蹴にするという事態が続いた。