完結編 2話
ドワーフたちが巧匠の意地を見せつけるため、わずかひと月足らずで建築した立派な議事堂に足を踏み入れる。正門を守る自警団の竜人らが俺とカルミアを先導してくれた。
内装は、外側に負けず劣らずな気品ある雰囲気だ。この日のために雇われたであろう使用人たちが、忙しそうにしている。こちらを認めると歩みを止め、深くお辞儀をしていくところからも、ただの雇われ使用人ってわけじゃなさそうだ。
(…正直、こんな状況でなければ部屋をひとつひとつ、じっくりと鑑賞していきたいほどには完成度が高い。今の俺にそんな余裕はないが……)
カルミアは肝が座っているのか、はたまた護衛としての任務を果たそうとしているのか?内装よりも、すれ違う使用人に目を配っているようだった。
そんなことを考えつつ、様々な調度品で内装された部屋をしばらく歩いていくと、一際大きな扉の前で竜人の足が止まった。扉の前には屈強な護衛がさらに二人、そして、見慣れぬ使用人らしき者が廊下で一列に並ぶよう控えている。いつでも、主の申し付けに対応できるようにするためだろう。
「サトル様、カルミアさん、こちらでございます。私はここまでになりますので…カルミアさん、後はお願いします」
「任せなさい」
カルミアの言葉に竜人は頷き、ドアノブに手をかけると恭しく促した。
「サトル様がお見えになりました!」
竜人の雄々しい声が響くと、談笑していた先客たちは、それを切り上げ、一斉に俺たちへと視線を移す。…これがまた嫌なんだ。
「遅くなりました」
時間通りではあるのだが、席の埋まり具合からして俺が最後なのでそう言うのがマナーだろう。
俺の逃げ道を塞ぐように、大きな扉は閉められた。
部屋には、一目見れば貴族だと分かる装いの者が十数名ほど集っており、数人は面識がある者もいるが、大抵は面識がない者だった。
その中の一人、入口から二番目に遠い円卓の奥に座っている者には見覚えがある。笑った顔がディープフォルスにそっくりな男。スターリム王子のウィリアムだ。
「主役が来たか。サトル、君は私の席の隣だ」
場がどよめくのも無理もない話だ。
指定された席は一番入口から遠い席。いわゆるお誕生日席だったのだ。俺の表情は自然と苦笑いと作る。
(なんの罰ゲームじゃい……ウィリアムめ…)
すぐさま、偉そうなおじさんが立ち上がって言った
「ウィリアム様、奴は爵位を賜ったばかりの者。それも先代からです。この場に出席させるだけでも異例であります。我々よりも上に座するなど許されませんぞ!それこそ王子よりもなど!」
ウィリアムは笑顔で態度を変えず、座るように手で制して同じことを繰り返す
「別に良いんだ。私がそうしたいから、そうする。それにこの議題は彼なしじゃ成り立たない。私の意見に反対する者は出て行っていい。この会議はスターリムの将来を左右するのだ。非協力的な対応は許さないよ」
王子からの事実上の抑圧で場の空気が鎮まる。おじさんはこちらをキっと睨みつけると、深い息を吐いて座った。
空気がピリピリしている。誰もが俺という存在を意識しているようで、すごく居心地が悪い。
(うわ。なにこの空気。いやだいたい奴のせいだが。めちゃくちゃ、帰りてぇ…!)
「サトル、いつまでそんなところで突っ立っているんだ?私の横が空いているだろう。座ってくれ」
「…」
拒否権はなさそうなので、黙ってウィリアムの横に腰を下ろす。俺が着席したところをウィリアムは見届けると、改めるように手を叩き、咳払いして注目を集める。ちなみにカルミアはパーティーメンバーで今回の功労者でもあるのだが、彼女の強い希望によって、護衛というスタンスを崩さない。仕方がないので、俺の後ろに立ってもらっている。護衛をしているカルミアはいつだって嬉しそうなのだ。
「コホン。さて、これで全員が集まった。……知っての通りだが、我々スターリムはフォマティクスから正当性と布告のない戦を全面的に仕掛けられた。これによりスターリム領土は大きな被害を受け、特に王家の首都は数年規模では取り戻せないほどの影響を受けた。また、各領も此度の戦によって大きな被害を被った事実は、皆の認識を改める必要のないことだと思う」
一部を除いて、それぞれが深く頷く。
「スターリムとフォマティクスの両国間では、小競り合いこそありはしたものの、これほどまでに大きな戦は前例がなかった。此度の戦はフォマティクスのメイス・フラノール襲撃後を皮切りに、全面戦争といっても差し支えないものに発展した。そして、その勝敗も紙一重と言えるものだった」
「お待ちくだされ、王子」
「なんだ?まだ話の途中だ」
また、先ほどのおじさんだ。
「勝敗が紙一重だったと仰いますが、私たちフレイル・ブロンズマン領はフォマティクスを退け、すでに他の領へ応援に向かう用意がありました。他領土でも同様でしょう。時間を要したかもしれませぬが、王子をお助けできるのは確実でした。我が国がかの国に劣ることなどありえませぬ」
同意を示す声と、疑念の声が入り混じる。ウィリアムは首をふって、ため息をついた。
「はぁ……カベルネ・ブロンズマン侯爵。お前たちが部隊を再編制できたのはいつだ?ひと月か?それ以上か?その間に他領が潰され、占拠されたら対応できたのか?具体的に再編で出陣できたであろう兵数はどうだ。お前の領土の兵は確かに強い、だがデオスフィアを使われた相手に対抗できる術があったとも思えん。それに、すべて過ぎたことだ。今をたらればで話すべきことではない。まったく、先ほどから何なのだ。今は私が話しているのだぞ」
「……失礼いたしました」
どうやら俺に突っかかってきたおじさんの名前は、カベルネというらしい。フレイル・ブロンズマン領はスターリム領のひとつで、首都に近い。爵位は侯爵らしく、恐らく首都から右大陸方面を複数統治しているのだろう。俺が訪問したことのない地といえば首都から右側の大陸だから面識がないわけだ。まぁ……あっても関わりたくないが。
ウィリアムが見まわし、話を続ける。
「続けるぞ。私としては、このまま戦を続けることは得策とは思えなかった。故に、勝手ながらも王族の権限を以ってデオスフィアとの戦は『停戦』と宣言した。…確かに、最も脅威であったディープ・フォルスはここに居るサトルが討ち取った。事実上の勝利と言える。だが戦争がそれで終わるかどうかは別問題だ。奴が死んだとて兵数や練度が覆ることはない。我々が領土を半分以上失いかけていたことを考えれば、フォマティクスが停戦に応じてくれたことが奇跡だった。無論、デオスフィア政策の足掛かりを失ったフォマティクスも辛い状況ではあっただろうが……」
そう言って、ウィリアムは会議の目的をようやく伝えた。
「この会議ではまず『事実上勝利した我々』が、フォマティクスにどう賠償を求めるか、またその内容を決めるものにしたい。そのために、現時点で、かの国から最も強い冒険者を選出し、代表としてソード・ノヴァエラまでご足労いただいた。ディープフォルスが頭角を現す前までは、彼女は、次期フォマティクス王として候補にあがっていたほどの実力者だ。次の王が実力で決まるなら、彼女で間違いはないだろう」
ウィリアムが目線を向けた先には、見覚えのない女性が座っていた。女性の後ろには屈強な男が控えている。女性の髪色は赤と黒が混合し、目が大きく顔立ちが良いが、決意を宿した目つきは冒険者の戦士そのもので、数々の戦場を経験してきたことがわかる、独特の雰囲気を伴っている。会議のため、武器未所持につき得物はわからないが、軽装の防具を着込んでいるところから、スピードタイプ。片手で扱うような武器なのかもしれない。
先ほどから会議では一切発言せず、沈黙を貫いていた彼女なのだが、紹介を受けてようやく腰を上げた。
「ウィリアム王子から紹介に預かった、フォマティクス冒険者ギルドAランク。エルだ。後ろのはギルドマスターだが、私だけ覚えておけばいい。とっととこのくだらん会議を終わらせて帰りたいと思っている。私が伝えたいことはひとつだけだが、まず先手はそちらに譲ろう」
それだけ言うと、俺の方を見ているだけだった。とは言っても、俺に対して敵意のような眼差しは感じられない。むしろ逆のような……
初対面の娘から慈愛の眼差しを受けては余計に居心地が悪い。ついでに言うと心当たりがない。
(え、何…?なんで俺のこと見ているの?俺とこの娘は初めましてだよね!?)
カルミアがジト目でこちらを見ている。俺の背後から圧を感じる……!
(なぜ俺!?)
俺の焦りはさておき、エルの、あまりにも失礼かつなげやりで乱暴な自己紹介だったため、これにウィリアムが付け加えるように言った。ウィリアムもウィリアムで、杜撰な対応をされても余裕を崩さない。だが、言葉の端々には、フォマティクスに対する苛立ちが垣間見えた。
「彼女は、フォマティクスに国王がおらず、また国を取り仕切る状況も整っていない状況を鑑み、戦争の落としどころの仲介を行うため、また、国王に次ぐ実力を持っていたため、この場に『呼んだ』。フォマティクスでは、力を絶対の正義としている文化があるらしいからね。国家間の公平性を持つギルドに属し、次期国王としての力…すなわち器を十分に兼ね備えた彼女であれば、エルの声がフォマティクスの声。つまり代表としても差し支えないと、話し合いのうえで決定したんだ。暫定ではあるのだが、そこはスターリムも同じだ。国王が不在だから私が代表として発言をさせてもらう。そこは改めて理解を示してほしい」
ウィリアムは、お前たちフォマティクスがどう強がろうが、我が国のサトルには勝てないだろうけどな。と心の中で付け加える。
ウィリアムの絶対の余裕は、フォマティクスに対して、サトルを出せばいつでも覆せるぞという反面脅しとも捉えられる考えの元に支えられていた。そのため、エルが失礼な発言をしようが、フォマティクスが停戦に応じなかろうが、本当はどちらでもよかった。サトルを向かわせれば解決できると、彼は、友の私のことであれば、なんでも聞いてくれると、どこかそう思っていたのかもしれない。高を括っていたのだ。
エルが発言すべきであった内容をウィリアムが発言したが、エルは気にしない。
・・
エルの紹介が終わり、各領土の被害状況とフォマティクスが出せる資産について示し合わせが行われる。フォマティクスとしては無論、反対する権利はあるのだが、エルは気にしなかった。スターリムの要求は全て承諾してしまう。
ウィリアムたちが賠償について話を進めても、すべて頷くだけだった。
他のスターリム領主からの嫌味らしい言葉も全部さらっと流し、賠償金や領土の譲渡など、要求だけを淡々と了承するさまは、敗国とは言え不気味に感じたであろう。
ウィリアムの脳裏に違和感がちらつく
一体なぜ?
なにを考えているのだろうか、と思ってしまうのも仕方がない。
代表とはいえ、実力だけ身についた臨時の冒険者、政策については何もしらないのだろうと、各々が納得しかけたときだった。
ウィリアムは確かめるように聞いた。聞いてしまった。
「……エルさんは、『私が伝えたいことはひとつだけだが、まず先手はそちらに譲ろう』と言っていたね。こちらの要求をすべて吞んでいることと関係しているのか?」
ウィリアムとしては多少困ったり泣き付いたりしてくれたほうが、スターリムをめちゃくちゃにしてくれた腹いせになったのに。と考えを過らせるが、一向にそんな素振りも見せないため、彼女が発言したかった内容とやらを、聞いてみたくなった。それが悪手であるのにも関わらず。
「――私は、サトルを、フォマティクスの王として迎え入れるために来た」