番外編 タルッコは門番を頑張る
「ふぅ~~ん……ままなりませんよぉ~~」
ソード・ノヴァエラにある安宿の一室で奇声にも近い独り言を宣う男がいた。そう、タルッコである。
彼は最近悩んでいた。
「サトルめの邪魔をするにも資金が足りません。おかしいですね、おかしいですねぇ~!一人で活動していた時はこんなことは無かったハズですが!お金が入ってきたと思えば、すぐに消えてしまうのです!!この謎を解く手がかりは、一体……」
サトルの邪魔を生きがいとしているタルッコとしては、一刻も早く何等かの妨害工作を企てたいところだ。しかし、今のサトルは戦争なり何なりに駆り出されるためか、町に殆どいない。指名手配されていないこの町中であれば、気軽な妨害ができよう。
だが町の外に出るには、備蓄や装備などの旅費で相応のお金がかかるので、タルッコとしてはもどかしい気持ちでいっぱいだった。最近は一切手を出せていない。
この問題を解決するため、そして彼の聡明な頭を働かせるために、突如コサックダンスを始める。この動きがタルッコの脳内神経を刺激して、この難問の真相を手繰り寄せることができるのだ。
「ホッホッホッホッホ……ホ…?」
ガチャ…と部屋を隔てる扉が開く。ダンスに忙しいタルッコは一瞥するだけに留める。誰が入ってきたのか分かりきっているからだ。
「おーい、今日の飯は何だ?」
ノックもなしにパジャマ姿で表れたのはサザンカだ。カルミアの実の姉ということもあってか、その戦闘技能は一流の冒険者に引けを取らない女剣士。タルッコ団(名称仮)の仲間である。もしくはタルッコが一方的にそう思っている。
「ッホッホッホッホ……飯ですと?」
ダンスを止めることなく、彼女が発した言葉について考える。その言葉単体だけを切り取って考えれば、サザンカの発言は至って普遍的なものだ。……2時間前に同じことを聞いていなければ。
「何を言っているのです。飯なら2時間前に食べました!えぇ、一緒にテーブルを囲んで、たいそう大盛りな肉を平然とたいらげておりましたねぇ!えぇ!ねぇ!?ついでに言うとわたくしめの名前は『おーい』じゃないのです!ボスとお呼びなさい!」
「え~、やだよ。お前、弱いし」
「なんですと…!あなた、そんなに食べていると太りますぞ!」
サザンカは目を細めてパジャマから色気っぽくお腹をチラ見せした。バキバキの腹筋が最高のボンキュッボンを生み出していた。タルッコが放ったなけなしの反抗声明が敗北した瞬間である。
「なぜそんなに食べて太らないのです……」
「食べた分動いているからな」
「そんな単純なものですか!」
「単純さ。『筋肉』はどんなダイエット器具にも勝るダイエット器具だ。ついているだけで消費する代謝が桁違いなんだ。動いて減らすんじゃない、動いた結果身についた筋肉で減らす!体も引き締まって一石二鳥だ。これが常識……ふふん!」
彼女は自慢げに腹筋に力を入れる
「どうだ?乙女の柔肌は」
タルッコとしてはバキバキにしか見えなかった。
「どこが柔肌ですか。剛金の間違いでは?ウヒョヒョ~!」
「あっそ」
タルッコの返しにムっとしたサザンカは頭を雑に搔いて部屋を探り始めた。ハイエナのように非常食とタルッコのなけなしの活動資金を見つけ出し「今日は依頼手伝わないからね~っだ」と言い残すと部屋から出ていく。
聡明なタルッコはダンスをしながら、半ば日常風景と化したその姿を見届ける。
「ふぅ~~む。これでは明日食べるものがありません。困りました!ウヒョヒョヒョ~…ウヒョ…?良い案が浮かびましたぞ」
そこで、聡明なタルッコは、より稼げる依頼を冒険者ギルドから請け負うことが解決につながると考えた。
聡明故に、最近の活動資金を根こそぎ消費しているのは彼女の食欲にあるのではないかという結論に至らなかったのだ。
* *
冒険者ギルド ソード・ノヴァエラ支部
出現する魔物が強く、リターンが大きいということで、自然と王都よりも実力者が揃っていると噂されている。その噂通り、屈強な戦士や有力株の魔術師が多く在籍しているのだ。実力者が揃うということは、それだけ統制も難しいということ。良い側面には必ず悪い側面が付きまとうものだ。
この冒険者ギルドは活気もあって、元気を持て余してしまう者が多い。そのため、毎日2~3件ほどの喧嘩が起きる。他のギルドに比べても異常である。禁止しても喧嘩が余りにも多いので、わざわざ止める者もいなくなった。これもまた、娯楽と彼らなりの格付け方法のひとつであるとギルドマスターは判断したようだ。喧嘩を禁止すれば、遅かれ早かれ、裏通りで『ひどく』やりあってしまう。完全に制御できないのであれば、せめて表の人の目があるところで娯楽にしてしまうという、割り切った戦法である。
丁度タルッコがギルドの入り口に手をかけたとき、叫び声と共に大柄な男がギルドから吹き飛ばされる勢いで飛び出してきた。
「ぶるううわああああ!?」「ウヒョ?」
タルッコは回避能力と逃げ足だけはAランクである。飛んできた大柄な男の巻き添えにならないようにヒョイと避けると、何事もなかったかのように入り口からギルドに入る。大男はギルドから吹き飛ばされ、大通りで伸びていた。
ギルドに入ると、一層の喧噪がタルッコの耳を支配する。要するにうるさい。
丁度、大柄な男を蹴散らした張本人と思われる赤い鎧を身にまとった男が、勝利のエールを仲間たちと掲げているところだった。
赤い男は、酒で更に顔を赤くして、大樽に入った酒をシャワーでも浴びようかという勢いで自身の体にぶっかけていた。カオスである。いつか誰かに粛清されそうな気がするが、同時に彼らの『強さをひけらかすための広告』であることも理解しているタルッコは素通りしてカウンターに向かう。
「赤のラグナーに敵なし!」「うぉおおお!!」「この漢に勝利の乾杯だぁ!!」
彼に群がる取り巻きも相応にムサ苦しい。毎日こんな様子である。
「やれやれです、冒険者ギルドじゃなくてバーリトードアリーナに名称を変えるべきですな。さて、これはサトルめには町を任せておけない良い証拠になりますぞぉ~。ウヒョヒョ~」
サトルの揚げ足取りの材料が見つかったことにウキウキし始めたタルッコは、カウンターの受付嬢に何時もの冒険者証を手渡す。
「できるだけ良い依頼を頼みますぞ~!ウヒョヒョ」
「はい、Dランクのタルッコ様ですね。いつもありがとうございます!本日ご紹介できる最高の依頼をお持ちしますね!」
明るい笑顔、丁寧な手つきで受け取ったお嬢の指にはリングがついていた。ノームのタルッコでも知っている。ヒューマンの誓約を意味するものだ。この間来た時には無かったはずだ。このお嬢は顔が良いため、皆が狙っていると噂されていた。とうとう誰かの求婚に根負けしたのだろうか。
少し気になったタルッコは、世間話を挟む
「お嬢さん、その手のリング。ご結婚なさったので?お相手は、やはりBランクの冒険者ですかな!ウヒョヒョ!玉の輿とは隅に置けませんなぁ!」
聡明なタルッコによる、デリカシーマイナス100の話題提供である
「あ、いえ……うふふ。タルッコ様は相変わらずですね」
素敵な笑顔で誤魔化されて、お相手は教えてくれなかった。
「本日ご紹介できる依頼では、とある商家の館の門兵になります。丁度、午後からなのですがまだ決まっていなかったんです」
「ウヒョ……門番のようなものですか。それなら経験がありますぞ!」
聡明な彼は、その仕事でタルッコ自身が指名手配されるきっかけになったとは言わなかった。
「それは良かったです!丁度この日、商家では重要な会合が予定されており、他の貴族や重要な商人たちが集まることになっています。貴方の役割は、門前で来客の身元を確認後にお通しして、安全を保障することです。依頼者は前金貨で10枚もお支払いするという破格の提示をしているんですよ」
ニコニコと依頼書を手渡すお嬢
「ふむ…わたくしめのために用意されたような依頼です。このタルッコめに任せなさい」
タルッコは人差し指と中指の間に依頼書を挟んで、気取って応えた
「それでは、受理いたしますね!」
お嬢はその仕草の一切を無視して依頼受理の受付を進めた。
* *
タルッコは立派な大通りに構えた商家の門前に立たされている。
ここまでの客人はゼロ。順調である。
午後になると、一際豪華な馬車が門前に現れ始めた。馬車といっても車を引いているのはスレイプニルという足が6つもついている変な馬だ。馬車から降りたのは、少し離れた土地から来たというエルフとその一行のようだ。服装から文化が違うため、異国の者であるのはタルッコにもすぐ理解できた。彼らは地図を片手にソード・ノヴァエラのあちこちを物珍しそうに指さしている。
やがてタルッコの姿を認めると、エルフの男が近づいてきた。人間に換算すれば40~50代程度のおじさんだが、目つきが鋭く、鍛えられた体から戦士として生きてきたのことを感じさせる風貌だ。
「失礼、私はサリヴォル・ジロスキエントと申す。ドーツク商会はこちらでよろしいか。住まいが変わったとあって、迷ってしまった。ヒューマンの町はすぐに変わってしまうのでな、毎回驚かされる」
タルッコはアゴに指をすべらせ、名探偵も100点を与えてくれそうな推理のポーズを見せる。もしかしたら、このサリヴォルとやらはテロを企てているのかもしれない!なんだか、サトルめの仲間のエルフ女に面影が似ているし、気に入らないぞ!聡明なタルッコは怪しんだ
「ふぅ~~む。怪しいですね」
「む?」
サリヴォルはぴくりと眉をひそめるが、失礼にならないようにすぐに持ち直す
「否定しないということは、会合の場所はここであっているのだな。よし、これが紹介状だ。通してくれ。戦で傷ついた負傷兵たちにエルフの秘薬を100樽届ける交渉があるのだ」
「えぇ、えぇそうですとも。随分たいそうなお仕事だ。しかーし!わたくしめのカンが告げています。ここを通してはいけないと!」
「なんだと…?どういうことだ?」
タルッコは身を挺して門を守るため、門前でシャドーボクシングを始める。もちろん紹介状は読んでいない。
「シュ!シュシュ!出ていかないと右が出るぞ!それとも黄金の左足がいいか!シュシュシュシュ!ウヒョヒョ!」
なんと、10分間もそんなやり取りが続いたのだ!
タルッコは誰も通さない鉄壁の門番だ!
紹介状片手に呆然と立ち尽くすサリヴォルの元に商家の主であるドーツクさんが出てきた。タルッコの雇い主だ。
「サリヴォル様!どうされましたか!」
「お…おぉ、ドーツク殿。こちらの商家で良いようで安心した。なぜ斯様な冒険者を雇われたので」
訝しげにシャドーボクシングのプロを見つめるサリヴォルとドーツク
「す、すみません。ギルドにはDランク程度で良いと伝えてしまい、素性の審査については申し上げていなかったのです。こいつは気にせずに、ささ、お通り下さい」
「う…うむ。ならば良いのだが」
ドーツクは家に戻る前に、未だにシャドーを続ける変態を肩越しに一瞥すると、溜息をついて言った。
「はぁ……おい、冒険者!まじめにやれ!次はないぞ!」
タルッコはしかられた
* *
次にやってきたのは、ゴテゴテした宝石を身に着けた恰幅のいい男
見るからに権力を振りかざしそうな見た目で、タルッコは一目みたときから本能的に逆らっちゃいけない奴とレッテルを張った
男が脂肪を揺らしながら接近し、派手な息づかいで言った
「はぁ…ふぅ…あつい。ここはあづい。通してくれ。ぼくちゃん、踊り子のセリーナたんに会いに来た。ここでいいんだろう?ぼくちゃんはもう我慢できない、セリーナたん、セリーナたん」
「ウ、ウヒョ……」
瞳孔が開いたような目と威圧感のある顔、臭い息を近づけられ、タルッコは一刻も早くこの変な奴をどこかに向かわせるべきだと判断した。そうしなければ自分の身がキケンになる気がしたのだ。
丁度良い所に、おあつらえ向きの商家が後ろにあるではないか。こんなキケンな奴はとっとと別の場所に押し込めるに限る
「ど、どうぞ…!どーぞお通りください!ウヒョヒョヒョ」
「セリーナたん!今行くよ!」
門番の許しを得た怪物は、全く関係のない商家に突っ込んでいった。
数分後に、商家から阿鼻叫喚が出たのは言うまでもない。
その後もタルッコは通すべき人を通さず、絶対に通してはいけない人だけを厳選したかのように通し続けた。あまりにも卓越したその選球眼は、わざと真似しようともできないほど完璧な仕事だった。
一仕事を終えたタルッコは夕焼けを背に汗を拭う。その背中は数々の困難を乗り越えた漢の背だ。
「ふぅ……いい仕事をした」
やがて、タルッコを囲うガラの悪そうな兄ちゃんたちが現れた。冒険者連絡係と呼ばれる人たちで、ギルドマスターが特別な『お呼び出し』するときに使う連中だ。
「タルッコさんよ、ギルマスのオーパスの旦那が呼んでるぜ」
こうして囲い込むのは逃げないようにするため
「ウヒョヒョヒョ…良い仕事をすれば、ギルドマスターが出てくる。これもお決まりですな!」
タルッコは『捕まった』とは思っていない。らんらんスキップでギルドまで行くと、2階の執務室まで案内された。リズミカルに15回ほどノックをしたタルッコは「早く入りやがれ!」という悪態を瞬時に歓声へと脳内エンコードし、自信満々に入室。
「おめぇ!なにしてくれとんじゃぁボケェ!!」
「なにって、門番ですぞ!そのツルツル頭では理解できませんでしたかな?ウヒョヒョヒョ~!!」
オーパスは強面のスキンヘッドだが、タルッコには威圧が通じない。
タルッコは何故か怒っているギルマスを鎮めるために、彼のデスクの周りをコサックダンスで回った。
「どうやら、お疲れのようですな!このダンスで癒されるといいですぞ。ホッホッホッホッホ」
彼の頭の血管がブチブチとちぎれるように張った
「てぇめのせいだろおお~!!!!」
オーパスはタルッコの頭を鷲掴みした
「お前は、明日から、Eランクに降格じゃボケェ~~!!!薬草摘みからやりなおせえええ!!」
窓を開けるとそのまま鷲掴みしたタルッコをぶん投げた
普通であれば、冒険者はく奪は免れないことだった。しかし、オーパスは『面倒見がいい兄貴』としてよく知られている。どんなハグレ者でも、どんなアホの子でも『絶対に見捨てない』のだ。彼らに見合う仕事を受付嬢とすり合わせ、仕事を提供する。これがオーパスの美学だ。サトルに拾われてから、オーパスはこのやり方をずっと通している。
タルッコがここまでやってこれたのも彼のお陰だったりするのだが、窓からぶっ飛ばされたタルッコはそんなことも、きっと知らないだろう。
「ウヒョ~~~~~!!!なぜ~~~!!」
街はずれのゴミ捨て場に頭からダイブしたタルッコは、3回転ジャンプして生還する。忌々しいことに生存能力だけはAランクなのだ。
「ふぅ…ひどいめにあいました。まさかオーパスがツルツル頭をそこまで気にしているとは思いませんでした。ストレスがそうさせたのか、ツルツルがそうさせたのか。鶏が先か卵が先か、ツルツルが先か。全くもってわかりません。ウヒョヒョヒョ」
彼の懸念はまったく別のところにあるのだが
「おや?」
懐が重くなっていることに気がついて探ってみると、ギルドに入る前は持っていなかった袋があった。そこには金貨10枚。タルッコの仕事の前金だ。
ギルドは仕事失敗の場合、前金を回収する制度があるのだが、オーパスはお金を『持たせたまま』タルッコをぶん投げた。
「しめしめ…これはツルツルナイスです」
実はこれもオーパスの慈悲だったのだが、タルッコは、オーパスが金の回収を忘れたのだろう程度に思い、サザンカの待つ安宿に戻る。
帰り途中、冒険者が狩った肉を大量に買い占めた
自分の身長以上に積み上げられた肉を運ぶのは苦労したので、カジノで食いっぱぐれた力自慢の冒険者に一晩、ごちそうするからと雇って家まで運ばせた。
タルッコも知らず知らずのうちに、慈悲のサイクルに立っているのだが、彼が知ることも認めることもないだろう。
「さて、今日はタルッコ団の肉パーティーですよ!」
タルッコ団の安宿は、夜遅くまで騒がしく笑い声が響いていた
ソード・ノヴァエラの日常をタルッコ目線で少し書いてみました。