43話
すっかり日も落ちた。今は大量に出現したゴブリンの襲撃を死傷者ゼロで突破することができたお祝いとして、俺たちはささやかな食事会を楽しんでいる。みんなでお酒を呑みながらおしゃべりタイムだ。
「それにしても、お主の技はたいしたもんじゃ!一人で戦況を変えてしまうほどに強いとはな」
褒められたカルミアは満更でも無さそうにお礼を言う。
「…ありがと。誰も死ななくて良かったわ」
「おかげさまでな。しかし、お主のその強さは一体何じゃ?見たことのない戦い方で、尋常ではないオーラも放っておった。お主の一族は皆そうなのか?」
カルミアは俺をチラっと見て少し考え、肩をすくめる。
「いえ、一族の皆が戦える訳では無いわ。それにサトルの魔法のおかげよ」
「何じゃと…サトル、お主が補助魔法でもかけていたのか?」
ん~。何というべきか…正直、この力について話しておくべきかまだ悩んでいる。隠す理由もないが、話す理由もない。一個人の力を根底から変えてしまうほどの能力をおいそれと伝えてしまっても、それはそれで話が大きくなったら厄介なのだから。
キャンプファイヤーで焼いた肉が丁度良い加減になったので、串に挿して食べる。ブルーノーにも別の串を突き刺して分けた。ブルーノーが持参した肉だが脂身が多くてとても美味しい。
「うまい…え?まぁ、そうですね。今は、そういうことにしておいてほしいです」
「なんじゃ、やっぱり煮え切らない奴じゃのう」
リックが話に割って入ってくる。お酒が入っているせいか、ちょっとだけテンションが高い。この人は魔法の話題とお酒が入るとやけに饒舌になってしまうようだ。
「カルミアさんも凄いですが、わたしはサリーさんの活躍について、もっと称えるべきだと思うのですがいかがでしょうか?そもそも、変性魔法を純粋な攻撃魔法に昇華させるという技術自体が、今まで存在しませんでした」
リックは片手に酒、片手は人差し指を得意気にクルクルさせている。
「へ、へぇ~、そうなんですねぇ。 …サリーさん、そうなんですか?」
サリーはリックの話を気にせず、ランスフィッシュの干物の残りがないか荷物を漁ってた。
「ん~?分かんなイ」
「…リックさんすみません。サリーさんはちょっと変わってて」
気を悪くしてなければいいが…
「ですから、本来の変性魔力というのは冒険者向きではないものでして、主に金策や他魔法の使用を前提とした研究目的として―」
リックの方向を向くと、リックはそのまま話を続けていた。お前もか~い! 話し続けるリックと無視して干物を探し漁るサリー…この世界で魔法を使う人は、興味対象がハッキリしていて、中々に我が道を行くタイプが多いのかもしれないな。
「ガハハ!本当にサトルのパーティーは面白い奴ばかりじゃ。ワシらも負けてはいられんな…死んだあ奴のためにも」
ブルーノーの顔は徐々に暗い影を落とした。ため息のあとに食事をする手を止めて、空いた片手で一気にエールをあおった。酒が回ってきたらしい。
「何かあったんですか?」
「そうさな…お主には話しておこう。我々遠征パーティーは、旅に必要な物資は全て領主から投資を受ける代わり、各々で力を身に着け、定期的に成果を領主やギルドへ報告する。十分に力をつけたら蛮族王への討伐遠征を行う。ただし、討伐期間には期限があり、それまでに本目的である蛮族王の討伐を行う必要がある。成果を出さずに投資だけ受け続けるという事態を避けるためじゃ。ここまでの流れはお主も知っておろう」
あれ?そうだっけ…?そこまで莫大な投資を受けた記憶は無い。せいぜい、宿と最初に支給される程度の武器であったと思う。少しばかりは依頼等は融通してもらったけど、命に釣り合った投資を受ける程ではなかったはずだ。結果的には大金を手にしているし、気にしてはいないが…まぁ、これは後で調べれば良いか?
「そ、そうですね」
「うむ、ワシらもキュルル共と邸宅を抜けてからは、なし崩し的にパーティーを組むことにした。そこまでは良かったんじゃ。ワシはちとばかし自惚れていたのやもしれん。今日の出来事を踏まえて、改めてそう思った」
ブルーノーが真剣に話している後ろで、サリーが干物を食べまくっているせいで集中できない。口いっぱいに頬張って嬉しそうだ。あ!キュルルとグレッグにも分けてる…!俺の分を取っておいてほしいのだが。
「最初の任務の都合で、ワシらは北へと…ブローンアンヴィル近くの村へと向かった。その道中、一匹のクアゴスと出くわしたんじゃ」
俺はクアゴスについて、話を聞きながらルールブックで詳細を確かめる。クアゴスは全身毛で覆われた四足歩行の魔物で、姿と動きは前世で言うところ、動物の猿に近い。猿と違うのは発達した腕から繰り出される強靭な爪攻撃。そして足が速く獲物を逃さない。目が悪く耳が良いため、洞窟が主な生息地で毒に対する耐性を持つようだ。これは洞窟内で食べる虫が関係していると言われている。
「クアゴス、クアゴスっと…なるほど。ただ、この魔物は特別強い訳では無いようですが?」
「まさしく、今お主が思ったように当時のワシもそう思った。それが油断につながった…その一匹は囮でな、後方にもクアゴスが一匹おったのじゃ。それに気が付かず、ワシたち前衛が気を取られている間にリックを攻撃してきた。それを弓取りの仲間が庇った…」
ブルーノーはヒゲを撫でながら一息ついた。
「それは…」
「うむ。あとはお主が想像した通りじゃよ。倒すことは出来たが、リックを庇ったあ奴は、運悪く傷が深かった。皆で村まで運んだが、村では大した処置も出来ず。そのまま死なしてしまったのじゃ……全て、ワシの判断が甘かったのじゃ」
「…」
「ワシは、すぐにカッとなってしまうようでな。周りが見えなくなってしまう。今回も、そのせいで回避できるはずの危険を招いてしまった。ワシはリーダーに向いておらん」
ブルーノーは俺よりもずっと仲間のことを考えていると思う。俺は仲間に恵まれただけで、死ぬ危険はこの短い期間でも沢山あった。…ん?むしろ足を引っ張っているばかりな気がしてきたぞ?おかしいな?
「すぐにどうこう出来る話ではないかもしれませんが、皆がブルーノーさんを信じて戦ってくれているのは分かります。それに応えてあげてください」
ブルーノーはキュルルたちを見渡す。キュルルとグレッグはサリーと干物を食べており、カルミアは淡々と剣を振って稽古をしている。リックはサリーを後ろから観察していた。…ナチュラルなストーキングやめろ
「うむぅ…そうさな。応えてくれる限りは、やってみるか」