征伐編 39話
彼女の一撃で、城内は"外の様子がわかる"ほどに崩壊している。辛うじて、他の階層等は無事のようだが、この規模の戦闘を続けていれば、非力な者に被害が及ぶのは明白だった。
「カルミアさん!威力を抑えてくれ!まだ王子が城内で"生きて"囚われているかもしれない!」
「…手加減できる相手じゃない!」
無数に襲い掛かるリビングソードを蹴散らし、カルミアは雷閃を放つ
「っ…!」
余力がない。彼女の発言に返せる言葉は持ち合わせていない。ディープフォルスを討ち損ねれば、彼は怒りが収まるまで人という人を文字通りの道具と変えていくだろう。やがて、彼の悪行は"また"ハーフエルフの悪行としてレッテルを張られて、『亜種族は悪』という差別の種を植え付けてしまう。繰り返してしまう。だから、彼女は全力をもって、対峙している
ディープフォルスは俺とカルミアのやり取りを聞いて、口に弧を描く
「っは…大義名分を背負えば、少数の被害は目をつむる。お前たちがやっていることは所詮同じことだ。っは、何が皆で楽しく生きられるだ。いつだって弱者は、強者の理想という名のキレイゴトの犠牲になるだけ。いつだってそうだ。犠牲、犠牲、また犠牲、そして『仕方がない』という正論の盾。そんなもの、悪夢の円環が繰り返されるだけだ」
「お前が、その元凶を作っているんだろ!」
俺は怒りのままにレイ・オブ・フロストで作成した砲にありったけの魔力を込めて、ドラゴン・ブレスを放つ
ディープフォルスと剣を交わしていたカルミアは、相手に"ビーコン"を投げつけ、射線から外れるため、ブレスが到達する寸前に身を翻す
「なに…!?」
俺が攻撃手段を持つことが予想外だったのか、彼は咄嗟の防御が間に合わなかった。ポートの援護がなかったのは、フォノスが彼女に対して追撃を続けていたおかげだった
ディープフォルスはブレスを受ける直前にリビングソードを身体の前に集約させて盾とするが、ブレスの威力が大きかったため、体はそのまま吹き飛ばされ、彼を守っていた無数の剣は派手に散らばった。
「ぐう…う…」
「ヴァーミリオン、照準!」「もう完了しているわよ」
カルミアが射線から離脱時に投げていたビーコンは、イミスの超威力砲撃[カロネード・ディストラクション]を放つために必要なものだ。この技はイミスとヴァーミリオンの連携技で、威力が高すぎて狙いが定まらないため、補助ビーコンを設置する必要がある。カルミアのビーコン設置はこの布石だった。
「[カロネード・ディストラクション]!」
盾モードから弓モードに変形させた武器にイミスの剛力が加わり、砲撃のような攻撃が体を起こす前のディープフォルスに追い打ちをかける
「主様!!」「させないよ!」
ポートが倒れている主へ手を伸ばす。能力を行使し、イミスの攻撃座標を転移で移動させようとするが、フォノスがナイフを彼女の足元に攻撃して封じた。
イミスの"砲撃"は城の壁ごと突き破り、とうとう城内は壁すらも瓦解し始めた。支えを失った屋根が派手に崩落を始めた。このままでは…崩落の巻き添えだ
「サリーさん!」
サリーが頷くと、すぐに「イリュージョン・ストライク!」と叫び、彼女の膨大な魔力を触媒に魔法を行使した。毎度ランダムで属性が変わって発現する特殊な魔法だが、今回は『風』
彼女が放った魔法は瓦礫と崩れ始めた屋根を巻き込み、更には、応援にかけつけた城のフォマティクス兵までもを巻き込んで殺人的なトルネードと化した。トルネードは城の外に向かってゆっくりと移動を始める。城は倒壊、室内は突風、更に、カルミアの技の影響で雨が降り始め――
(まずい…城内が……)
このあたりで敵を片付けておかないと、いよいよウィリアム救出が難しくなる。ただでさえ、戦闘が周囲に影響が出始めているのだ。
しかし、その望みはディープフォルスが阻む。大規模な攻撃を受け、右肩からごっそりと身体が欠損しているのにも関わらず、ゆっくりと上体を起こしたのだ。
「全く…とんでもない。お前たちは存在が非常識だ。だが、それでも…」
(生きているだと…!?)
彼の身体が修復されていく。完全に立ち上がるまでに、傷は完全に塞がり、欠損していた身体も元に戻った。カイエン・キャピタルが見せた身体回復に近い現象だ。
「それでも…私を倒すには至らない! ポート、"お前"も寄こせ!」
「はい、主様」
少し距離が離れているポートの胸から光が漏れ、やがて球体となる。それはディープフォルスの元へ向かっていった。
(まさか…)
「よせ、やめろ!ポートはお前の従者だろう!!お前に尽くしてきた人だろう!!」
ディープフォルスは俺の言葉も聞かず、光の球体を乱暴につかみ取り、自らに"取り入れた"
それを見届けると、ポートは少年と同じように意識を手放す
ディープフォルスは両手を天に向け、リビングソードを召喚。更に剣気を込める
(なるほどな…これが、俺たちを城内に招き入れた"自信"につながっているという訳か。状況から察するに、奴は非情な手段でポートの能力を奪った。4つのクラスを手に入れた。クアドラプルクラス……)
彼が最善策を取るのであれば、俺の策や挑発に乗ることなく城には入れず、物量で抑えてしまえばいいだけだ。だが、そうしなかった。俺たちを自勢力に取り込むという意図も、もちろんあったのだろう。だがそれ以上に勝算があったのだ。それも、絶対に近い勝算が。それが、このクアドラプルクラス
彼をどれほど傷つけても回復する。彼の攻撃は、一回一回は俺たちを倒すには至らないかもしれないが、高威力であることに変わりない。加えて、攻撃や身体自体に転移を行える。戦闘を続けていればこちらが疲弊し、こちらがジリ貧になる。奴のデオスフィアの出力が桁違いに高いうえ、魔力切れを起こす気配が見られない。
ディープフォルスはリビングソードを自身の周囲に旋回させ、腕を組んでこちらを見据える
「お前は、私が元凶と言った。だがよく考えてみてほしい。サトル。元凶が作られた出来事を。私は……私たちは、ただ差別されることなく、ただ不当な扱いを受けることなく、ただ当たり前の幸せを享受したいだけだ。だが……そんな当たり前を壊す者がいた。私は、それを否定しているだけなんだ。それがなぜ分からない?」
「全く分からない」
「…なんだと?」
「…全くもって、分からない。俺には、自らを慕ってくれる人を犠牲にしてまで復讐を成し遂げようとするお前が理解できない。お前たちのやり方は間違えていたかもしれない。だけれど、心情はどれも理解できるものだった。俺たちは歩み寄れる可能性だってあった」
「私の従者をどうしようと、私の勝手だ。それに、彼らも大儀のために死ぬことは厭わない。誉をもって死んだのだ!」
「俺は、カルミア、フォノス、サリー、イミスたちの命が引き換えになるくらいなら、大儀も誉も、復讐ですら捨てるよ。お前は悲惨な道を歩んだかもしれないが、これから先を悲惨にするかどうかは、自らが選び取れる。過去を認めるのは苦しいかもしれない。辛いかもしれない。それでも、一緒に笑ってくれる人が傍にいるなら、一緒に笑い合うべきだ。"これからの楽しさ"は分かち合える。火を囲んで、歌を歌って、物語を語って、ゲームを楽しむ。たまに罵り合って、喧嘩する。それだけで、良かったじゃないか」
ディープフォルスから笑みが消えた
「うるさい!うるさい!あああああ!!お前に…お前に、この悲しみの何が分かるんだああああああ!!!」
彼がポートの魔法を併用し、リビングソードを至る場所から出現させて俺を攻撃する。カルミアが全て弾くが、レイド状態の彼女をもってしても、捌ききれる物量ではなかった。
「…サトル、このままじゃ…!」
彼が蛮族王の技を取り込んだ時点から、俺はある可能性にたどり着いていた。だが彼の気持ちに寄り添うと、"それ"をすることは憚れた。だが、もう、どちらかが倒れるまで続くのであれば、覚悟を決めねばならない。
「……もし、あのとき、転生したあの場で君と出会っていれば、何か変わったのかな」
俺の独り言は、暴走した彼には届かない。
「ディープフォルス……いや、リビングソード、『農奴』にクラスチェンジだ……」
俺はルールブックを開き、クラスチェンジを実行する
対象は、ディープフォルスではなく俺よりもレベルが低いと思われる"リビングソード"
農奴クラスに魔力は存在しない。予想が正しければ、リビングソードは全く機能しなくなる
*成功しました*
彼の魔力を乗せた無数の剣が、一斉に彼の制御から離れ、地に落ちる
「何を…した…」
ディープフォルスの目には、動揺が走っていた。