征伐編 37話
面識は少ないが、王が愛する女を無条件に断罪するようには思えなかった。人の心は分からないものだが、少なくとも俺は、ディープフォルスの母を殺害した犯人と、王の意図が一致していると結論付けるのはまだ早いと感じていた。それに、彼の話が本当だとして、過ちを犯した者がスターリム王のことを指すなら、ディープフォルスは何故フォマティクスの首都で王子を名乗れるのか。
ディープ・フォルスは呼吸を整えて、目を開ける
「母の死後、ハーフエルフ蔑視の激しい環境において、幼く身寄りがなかった私は、当時のフォマティクスの間者…ムシアナスに命を救われ、落ち延びた。彼は、私にとって叔父のような存在だった……」
彼の鋭い目線が俺を射抜く。俺たちはムシアナスを殺したが、二人の間にそんな関係性があるとは思わなかった。ムシアナスが死の間際、彼の行く末を案じていたのは双方の存在が特別な存在だったからだ。
「やるかやられるか、そんな状況だった。ディープフォルス、戦争は命の取り合いだ。他ならない、お前が起こしたことだ。こちらにも犠牲者が出ている。痛みを背負ったのが自分だけだと思うんじゃない。それに、先ほどの昔話を信じるのであれば、お前はスターリム王家の関係者だ。それがハイド・コンバティアで王子を名乗れるのは何故だ」
彼の目つきがより鋭くなる
「……フォマティクスの首都、ハイド・コンバティアでは比較的、亜種族や獣人が多かった。ハーフエルフの肩身は狭かったが、少なくともスターリムのように命を狙われることは無かった。…フォマティクスでは、実力こそ正義であった。王位継承権ですら、実力で決まる」
「…王位継承権が実力で決まるだと?」
「あぁ、そうだ。お前が特異な能力を持ち、その力で領地を賜ったことは知っている。私にも同じように、天から授かりし純粋なる『奇跡の実り』があった。ムシアナスに認められ、士官するまでにそう時間は要さなかった。私はその日から、スターリムの王家であることを棄てたのだ」
彼の血筋はスターリム王家に連なる者だった。不当な扱いを受けてフォマティクスの首都であるハイド・コンバティアに落ち延び、自力をつけて現在の地位までに成り上がったということか。
「ディープフォルス、お前が実力でその地位を勝ち取ったのは分かった。だけど、王子ならば王に従うべきだ。王はお前の非道に賛同したのか?」
俺の問いに対して、彼はゆっくりと首を横に振った
「王はお考えは…最期まで私の意図に反していた。皆から『父』と呼ばれ、王は民を『子』と呼び皆から親しまれ、絶大な力をもった獣人だった。だが……王はどうにも博愛主義で、戦を嫌う。私にとって『父』とは邪魔な存在でしかなかった」
「お前……まさか!」
暗に両国の王を殺したと言っているようなものだ。
「私は、臆病な王が許せなかった。全てを変えることができるほどの大きな力を持っていながら、スターリムの影に甘んじる王。私は、傲慢なヒューマンが許せなかった。絶対王者でありながら、差別を容認するスターリム。…全てが、全てが気に入らなかった。だから、私は復讐のために王になる決意をした。先代が成せなかった『真の平和』は私が実現する。今や、私こそが王だ。私が私で在るための居場所。ハーフエルフの忌まわしい血が、正当化される居場所を…作るのだ…!」
彼の言葉には、彼が歩んできた痛みが満ちている
「……ハーフエルフであることが、そんなにいけないことなのか」
「そうだ。名もなき私こそが、忌むべき存在として生まれ、その代わり、ウィリアムこそが、正史で語れるべく生まれた王になる存在へと成る。その全てを否定するため、私は自身に『最も深い失敗作』の名前をつけた。『奇跡の実り』は神からの啓示だった……まさに奇跡だ。始まりの地を見つけることがなければ、この恩寵は在り得ないと思った。石を手にしたときから、神が私の味方をしてくれたと決まった。歴史が私のために在るのだと決まった」
(幼い頃からデオスフィアを手にしていたのであれば、彼の体は変異してもおかしくない時間が経っている。だが、奴は健在だし、怨みで感情を支配されている点を除けば、意識もハッキリしているように見える。彼が着用している石は、他のデオスフィアとは何か一線を画すものだと思ったほうがいいかもしれないな……アーティファクトの類か……始まりの地……)
彼はもう一度、言葉を区切って言う
「お前は、我が同胞をハーフエルフと知りながらも、一人の人として扱った。少なくとも、その事実があることは認めよう。もう一度言うぞ。サトル、我が配下となれ。お前と、お前の領土をここで無に帰すのはあまりに惜しい。人は…いや、お前だけは我々のために生きることを許す。そんな世界を共に作ろう。お前には、その資格があるのだから」
ディープフォルスは手を差し伸べる。その表情は、慈愛と狂気に満ちているように見える。
「ディープ・フォルス。お前の気持ちは、俺には計り知れないほどの痛みで満ちている。俺がお前の立場になっていれば、過去、同じことをしなかったのかと言われれば……正直に言うと、自信がない。だからこそ、俺はお前の間違ったことを、ぶん殴ってでも止めないといけないと思った。それが友達として歩み寄るための第一歩だと思うから」
彼の表情は歪み、差し伸べた手は、力強く拳を作る
「……誘いを、蹴るのか。 トモダチだと…?ばかばかしい……」
「俺は本気だ。人は、遅かれ早かれ、一人では乗り越えられない壁にぶち当たる。だけど、そんなときに傍に居てあげられる人がいるのと、いないのでは全く違う」
ディープフォルスの目に宿った憎しみが煌めく
「サトル、お前はまだ、人の醜さを知らない。お前は、人が過ちを繰り返す生き物だということを知らない。ここで人の存在を許せば、また第二、第三の私が生まれるだけだ」
サトル「そうなったら、第二、第三の俺が、過ちを犯した友人を止めるだろう。間違ったことをすれば、諭すのが『友』だ」
「ハーフエルフは生きているだけで疎まれる。差別される。…私たちは、生きていることが罪なんだ。……人間の寿命は短い。お前を受け入れて、ここで人の犯した過ちを許しても、結局はその罪を忘れ、また同じことを繰り返す。ヒューマンとは、そういう生き物なのだ。歴史を知らずば、過ちを繰り返すだけ。お前は犠牲となった人々に、同じことが言えるのか。私は、その負の連鎖を断ち切らねばならない。私の幸せだけではない。今後生まれる全ての同胞のための痛みだ。そして『最も深い失敗作』は歴史上、ひとつだけでいい」
俺には、どうにも彼を放っておけなかった。
「ディープフォルス、聞いてくれ。お前の言う通り、差別を根絶するのは難しいだろう。極端な考えに至るのは仕方がないかもしれないしい、俺たちのやろうとしていることは、困難なことかもしれないよ。だけどそこから目を背ける理由にはならないんだよ。お前が『今』、人にやっていることは、お前が『過去』されてきた差別そのものなんだよ。分かるか?同じなんだよ…!」
彼は俺の言葉を受け取らない
「それはただの理屈だ。ただの理屈で人は動かないし、私の心が動くこともない。スターリムの民は、尊い命を弄んだ罪をその身で償うべきだ。これから殺し続ける業を背負うべきなのだ。ハーフエルフに生きている価値がないと、世界がそう決めるのであれば、世界を壊すまで私は戦う。差別をなくすには、等しく人類が我々と同じ境遇になればいい」
「仮にハーフエルフ至上主義の王国ができたとしても、差別はまた、そこの中から生まれる。いくらでも差別の種は無限に出てくる。なんの解決にもならない!」
「では…価値のない我々は、どこに行けば良かったというのか?命を黙って差し出せと?人を愛すれば殺される。そんな世界が、本当に正しいとでも思っているのか…!」
次第に言葉の応報は激しくなり、ついに王座から立ち上がる。
彼の心は痛みで支配されている。俺に彼を止めることはできるのだろうか。
「正しくないことを正すための方法は、破壊だけではないよ……今からでも遅くない。ディープフォルス、俺たちと過ごせばいい。時間をかけてもいいから友達になればいい。居場所とは、人に在る。君も、ハーフエルフの皆も、生きてそこにいるってだけで価値がある。それでも君たちの命に価値がないって世界中が言い張るなら、俺が、否定する人たち一人ひとりに言って回ってあげるよ。君には『俺の友達』っていう価値があるってさ」
ディープ・フォルスの目に迷いが生じるが、彼は首を横に振った。やがて、抜刀し、戦いの構えをとる。それに合わせるように彼の従者と、俺のパーティーメンバーも抜刀する
「サトル、武器を取れ……これ以上……私たちはお互いに、これ以上歩み寄ることはできない。私は……サトル、お前を……倒し、邪魔をする者を斬り伏せねばならない。大儀は、成さねばなるまい。ハーフエルフの未来のため。邪魔をするのであれば、たとえ同胞を救った者でも、容赦はしない!」
「俺たちは、お前を止める。ムシアナスさんにも、頼まれてしまったからね」




