征伐編 36話
「何…?」
ディープ・フォルスは王座で足を組み替えて頬杖をついた。明確に態度が悪くなり、機嫌が悪くなったのが分かる。語気を強め、彼は問う。
「お前、自分の立場を分かっているのか。仕えるべき王は破れ、お前の戦に最早正当性は無い。そればかりか、私の一言でお前の領地は数千を超える兵に取り囲まれる。仮に私をここで暗殺しても、お前が愛する領土は蹂躙される。それは、他ならないお前が最も避けたい事態のはずではないか?だからこそ、私に傅くために来たのであろう」
彼の言うように、俺の選択で領土は蹂躙されるであろう。そして、俺自身がそれを望んでいない。だが…
「俺は…お前を止めに来たんだ。ディープ・フォルス。…お前が統治するフォマティクスがどうとか、俺が仕えていたスターリムがどうとか関係ない。その手の甲に身に着けているデオスフィアの存在は、絶対に認められない。どんな事情があろうと、この世界にあってはならないものだ」
彼の自身の手の甲についた一際輝く石を一瞥すると、口の端を吊り上げる
「あぁ…『奇跡の実り』のことか。これをそう呼んでいるのであったな。…こいつは素晴らしいぞ。人の可能性を飛躍させる、まさに奇跡の権化。この石を授かったとき、私は全てが変えられると確信した。不条理な差別、不毛な争い、私の母が願っていた理想ですら、全て思いのままだと。…結果はこの通りだ。大国であるスターリムの王を討ち、フォマティクスの首都ハイド・コンバティアと王都スターリムを束ねるときが来たのだ。他ならない、この私が。…これを否定する意味が分からんな。便利な物は使ってこそ価値がある」
俺は前に出て問う
「その石が原因で、数え切れないほどの人が傷ついた。家族を失った者、使命を全うし、結果自我を失い体を変質させた者…まだその石がもたらす悲劇を知らずに生きているものだっている。それは、悲劇しか生まない。ディープ・フォルス。お前はその石がどうやって作られるか知っているのだろう」
「あぁ…知っているともさ。私以上に知らぬ者はいない」
彼ははっきりと頷く
「これは、お前が認知している通りの影響を与える。具体的には、我が国で開発した装身具がなければ、人体に埋め込んだ時点で宿主の魔力と結合する。石は人の感情……とりわけ『強い衝動』を得て突然変異を起こす。変異後は石が黒くなり、人のあらゆる負の感情を吸い上げる。…まるで餌をほしがる獣のように……」
彼は愛おしそうに石を撫で、独りよがりな発言を続ける
「あぁ……怒りや悲しみは人間が持つ、最も大きな感情だ。この莫大な感情を吸い上げた石は、宿主である人間に『力』を与える。だが…悲しいかな、この石の完成は、宿主の絶命をもって完成される。私だって、犠牲は出したくはない。だが、人の死の淵にある激しい感情こそが完成に不可欠な要素であり、力の真髄なのだ……そう、人の感情で唯一不変と言ってもいい。『感謝』とは忘れさられる運命にあるが、怒りや恨みの『負』は一生忘れられることがないように、この黒き輝きは我が国を照らし続ける。この『奇跡の実り』さえあれば、私はなんだってできる。犠牲なくして大儀は果たされない」
(こいつはどこまでも……)
「はぁ……だがな、その人の死をもって完成された文字通りの『負の遺産』を使えば、最終的には感情が薄れ、身体が悪魔化し、莫大なエネルギーを宿した悪魔じみたナニカになるんだぞ。身も心も野獣と成り果てるんだ。その意味がわかっているのか?俺は何度もこの目で見てきた。質の悪いことに、途中で外そうとしたら、力の行き場を失ったエネルギーが暴走して、急速に悪魔化が始まる。この石を身に着けた時点で、惨い死という結果から逃れられなくなる。まるでいつ爆発するかも分からない爆弾だ。そんな物を使うなんて、破滅願望者くらいだ。それにだ…お前たちは石の製造のため、人間をまるで家畜の苗床ように扱い、デオスフィアを作り続けた。その『負の遺産』を作り出すのに、人間が最も効果的だったからだろう。ディープ・フォルス、お前はその罪深い行いの中核にいるんだぞ」
ディープ・フォルスの悦楽した様子に影が差す
「あぁ、そうだよ……だから何だ?」
「…そこまで分かっていて、非道を貫くのか?」
彼は食いしばり怨言として言葉を紡ぐ
「だから、何なのだ?……醜い人間が、それもスターリムの血筋が入った者が何人死のうが関係ない。いや、むしろ死ぬべきなのだ。醜いヒューマンなど、この大地から一人残らず一掃するべきだ」
彼の強い怨みを感じる
「お前はどうして、そこまでしてヒューマンを憎む」
「どうしてだと…?逆に聞くが、サトル、お前はスターリムの民が行ってきた悪逆非道の差別を見てこなかったのか?」
「生憎、俺の統治する領土ではどんな種族も生い立ちも認めているし、そんな行為があれば俺が直接正しに行く。みんなで仲良く過ごすのが俺のモットーなんでな」
「耳ざわりの良いキレイゴトを抜かすな。ヒューマンはどんな言葉を並べ立てても、結局のところ人間至上主義だ。最後には裏切り、人と違う存在を排除しようとする。少し違うだけで、全てを否定しようとする!フォマティクスは、そんな大国に立ち向かうための唯一の逃げ場だ。スターリムに忠を尽くすお前がそれを語るでない!」
そこで、サリーが叫ぶ
「サトルは違ウ!アタシたちを大切にしてくれル!里も守ってくれタ!アタシの居場所は、ここにあるもん!アタシはちょっと変かもしれないけド、それでも受け入れてくれたんだヨ!」
ディープ・フォルスは目を少し見開き、サリーを見つめている
「お前は……私と同じハーフエルフか。人からも疎まれ、エルフからも認められず、国や村、隣人ですら敵になりうる我らに、居場所などない……」
「なぜそう断言する。俺たちは手を取り合えるはずだ」
「いいや……まぁ、そうだな。そこのハーフエルフに免じて、教えてやる。…少し、昔話をしようか」
「…」
ディープ・フォルスは思い出すように目を瞑って言った
「とあるエルフの里に、神に祝福されたとも言えるほどの美貌を持つエルフがいた。里ではその女を天からの巫女だと崇めた。エルフの巫女は、やがて里を統治する中心人物として活躍するようになり、繁栄と平和が続いた。だが…ある日、とある国の王を名乗る男が、鉄の鎧をまとった集団を率いて里と和平を結びにやってきた。男としては、エルフの里から出土される品々が目当てだったのだろう。武力を傘に、和平などと、本当に人間は馬鹿げている、里の者は人間を非難し、追い出すように巫女へ嘆願する。だが里を統治する巫女は出迎ることを決めて、丁重にもてなした。人間の言葉を信じたのだ。……人間の王は、心優しきエルフの女に心を奪われるようになった。エルフもまた、王に惹かれていった。王は、執務の間も時間を見つけては城を抜け出し、エルフの巫女と愛を確かめった。やがて、認めてはならない存在がこの世に産み落とされた」
(とある王とは、スターリムの王を指しているのだろう。そして、エルフの巫女は…)
「それが、私だ。ハーフエルフの、名もなき私だ」
「…」
ディープ・フォルスは続けて言った
「だが、亜種族と純血である王族の結婚などありえない。王も我が母も、互いに相思相愛であったが、国の悪しき文化がそれを阻んだ。他ならない、スターリムの、古くから根強く残る亜種族の差別だ。ハーフエルフが王になることは、絶対に許されるはずがない。二人の愛が産み落とした子は、やがてなかったことにされた。だが、それだけならまだ良かったさ。だが人間は、母の存在すらも許さなかった。そして、母の存在はスターリムの心なき策略家に奪われた。私の母は、ただ人を愛したというひとつの理由だけで、惨たらしく暗殺されたのだ」
「……っ」




