征伐編 35話
カルミアの活躍で、一晩というごく短い時間で陥落したスターリムまで到達した。だが、道中のデコボコ道のせいでサリーやイミスの気分が悪そうだ。
「う…うっぷ…し、しぬゥ…」「ちょっと、サリーちゃん、そんなヤバそうな状況でこっち寄らないでよ…」
かく言う俺も相当に気分が悪いのだが、急いだので仕方がない。
「みんな、王城は目の前だよ。休憩は最低限で行こう」
伝令の話は本当のようで、遠方からでも確認できた立派な王城は見る影もない。城下町は所々が黒煙を上げ、一部城壁も崩壊していた。城の旗は全て紫一色に染まり、既にフォマティクスが領土を奪った後であること、相応に激しい抵抗戦が繰り広げられたことが分かる。
「あぁ、あんまり現実味が沸かないけど、本当に陥落してる。既にフォマティクスの王都だな…」
カルミアが台車を下して、王都を眺める。ここまで走ったのにも関わらず、あまり疲れている様子が無い
「…どうやって潜入するの?」
「潜入はしない。そのまま入城するつもりだよ」
「そんなことしたら、ウチら囲まれて捕まっちゃうんじゃ…」
イミスの不安も最もだが、俺の予想が正しければディープ・フォルスたちは入城を許すだろう。むしろ俺たちの到着を待っている可能性すらある。
「奴らは、俺たちが来ることを想定しているはずだ」
「ウチたちのこと、待っているってこと?」
「そうだ。俺たちを滅ぼすつもりなら、王都を落とした後にソード・ノヴァエラへ兵力を集中させるはずだし、ここまでの道のりは険しいものになっていたはずだ。だが、奴はそうしなかった。俺たちを生かして配下とするほうが国益になると判断しているのかもな」
(懐柔が目的だろうか。これ以上の被害を出したくないための策か…はたまた、いつでも勝てる自信があることの裏返しか)
「ナメられたもんだね…」
「事実、兵力差が逆転しているからね。だけど、これはチャンスでもある。さて……行こうか」
* *
屈強な獣人が立つ門前で止められる。当然ながら武装している冒険者風の俺たちは怪しく見えるだろう。
「止まれ!この地に何用か!」
なるべく愛想よくお辞儀をして対応する
「突然の訪問を許してほしい。俺はスターリム国のソード・ノヴァエラを預かる領主、サトルと言う。『新王からの招待』を受けて参上した次第、取り次いでもらえるだろうか」
「…な、なんだと。そんな馬鹿な。…いや……しばし待て」
戦争中の将が直接顔を出したうえ、身分も偽らずに明かしたとあって、門番は混乱したようだ。しかし、すぐに状況を飲み込み、奥に引っ込んで兵たちと囲んで会話を始める。時折、こちらを指さし、何かを仲間内で話している様子から、こちらと事を構えるつもりは無いとみていいだろう。門番は、仲間内での話を終えると城に向かって走っていく。
しばらく待たされたのち、先ほどの兵がやってきた
「お待たせしました。王がお会いする時間を下さるとのことです。くれぐれも粗相のないようにお願いいたします」
兵が先導するように道を開けた
イミスは、すごい!本当に入れちゃった!?とでも言いたげに目をまんまるにしている
(まぁ……招かれたってのは半分嘘のようなものだけど、奴は俺が来ることを想定していた訳だから、あながち間違っていない。手のひらで踊らされているようで気に食わないけど、今はこうするのがベストだ)
王城を進むと、多数の屈強な兵士や近衛とすれ違う。こちらへ向けられる目線は負の感情が込められているものばかりだ。兵は亜種族がメインで構成されており、純粋なヒューマンはほぼいない。これはスターリムとは真逆の思想である。
「私はここまでとなります。開門後は速やかに謁見をお願いいたします」
門番が大きな扉の前で止まる。
(かつて、俺が爵位を賜ったこの場所がこんなことになるなんてな)
「どうも…」
軽く会釈し、大きな扉を開けてもらう。すると、王座にふんぞり返る男が遠巻きながらも確認できた
(ディープ・フォルス…!)
側近は二人、一人はポートと言う名前の女で、ワープ能力があることが発覚している。もう一人は初見だが、少年のようだ。
近くまで行くと、ディープ・フォルスの姿が確認できた。会敵したあの時のまま、スラっとした姿に黒髪碧眼、中性的な姿が印象的だ。エルフの耳と、顔の傷が目立つ。
まずはディープ・フォルスが言葉を発した
「スターリム国に所属する、ソード・ノヴァエラの領主、サトル。久しいな、と言うべきか……メイス・フラノールで辛酸を嘗めさせられる結果となった以来か。……お前には言いたいことは山ほどあるが、敵陣である王都へ、最低限の護衛だけをつけて来てくれたのだ。…せめて、建設的な会話をしようか」
「あぁ、そうなるといいな」
俺の素っ気ない返事で、ディープ・フォルスの側近の一人、少年が抜刀するが、それと同時にカルミアも剣を抜く。
「止めろ、今は話をするべきだ」
ディープ・フォルスが側近を諌めると、少年は俺を睨みつけて膝をついた。カルミアもそれに続いて、剣をゆっくりとしまうが、彼女の視線は少年を捉え続けている。
「陛下、お許しを」
少年の謝罪を片手で制すると、ディープ・フォルスは続けた
「よい……さて、サトルよ。単刀直入に言う。無駄な抵抗を止めてフォマティクスに下れ。最早、兵力の差は覆せない。お前の我儘でいたずらに兵の命を散らすこともないだろう。お前もそのつもりで来たはずだ。そうだろう?」
俺はゆっくりと、しかしはっきりと答える
「いいや、違う。お前に下るつもりは一切ない……俺は、お前を、止めに来たんだ」