征伐編 29話
「グルルルウ…グアアアアア!!!」
筋肉が大きく隆起した大狼の前足を、まるでハンマーのように叩きつける要領で攻撃を繰り出すムシアナス。一発目は回避できたが、もう片方の前足ですかさず容赦のない連撃をぶちかましてきた。
狙いは当然、将である俺だ。サリーもそれは予測済みであったのか、すぐに俺の前に立ち、その大狼の巨大な足を防ぐ
「[グレーター・リエゾン・シェイプシフト]!」
サリーが呪文を唱えると、杖を持っていない方の左腕が竜の手へと巨大に変化する。これはサリーがレベル10で到達したアークメイジ用の新スキルで、自身か味方に限り、強大な生物へと「体の一部」を変化させる技だ。短時間だが、一発でも防御できれば勝機はある…!
大狼の前足とドラゴンの手が激しくぶつかり合い、攻撃を凌ぐ。狼となったムシアナスの表情は読み取りづらいが、サリーの龍化に驚いているのが分かる。追撃の手を止めたのが良い証拠だ。自分の攻撃が受け止められるとは思ってもいなかっただろう。ましてやドラゴンに変化させることができる存在など、想像すらできなかったはずだ。
だが、サリーにはそれができる。
俺はその隙をついて[レイ・オブ・フロスト]&[ドラゴン・ブレス]の合わせ技を用意
「サトル!」「あぁ、もうやっている!」
サリーの短い声かけに応え、指向性を持ったブレスを奴のどてっぱらに……!
「[ドラゴン・ブレス・ソードオフショットガン]!」
ゴオォォォォ…!
氷で成形した砲に、ありったけの魔力を込めて、一発限りの超威力近距離ブレスを放つ。
轟音と共に出口を求めて吐き出された炎の奔流は、奴の体を容赦なく燃やして体を持ち上げた!
凄まじい威力の炎で大狼の巨躯は宙に浮くと、そのまま勢いで飛ばされた。
「ガアアアア…!?」
(さすがに効いただろう!)
龍の手で攻撃を受け止めてもらい、俺のドラゴン・ブレスで反撃をする。咄嗟の連携プレイだったが、かなり上手くいったんじゃなかろうか。
「…どうだ!」
だが、奴はすぐに体を起こして纏わりつく炎を、まるで水浴びが終わった犬のようにブルブルと体を震わせて飛ばす。奴はふらつき、体は一部焼けているが、丈夫な皮膚が致命傷を防いだようだ。
「効いているけド、まだ戦えるみたイ…!」
…威力も規模も小さいが曲がりなりにもドラゴン・ブレスを防ぐなんて、恐ろしい魔物にポリモーフ(変身)したものだ。ただの狼ってわけじゃなさそうだ。通常であればとっくに魔力が尽きて変身も終わっているはずだが……これもデオスフィアの影響か。
「グルルルウ…グアア…グアアアア!!」
激昂を力に変えるように、顔を空に向けて激しく雄叫びをする大狼
俺は次の攻撃の予兆を感じ、すぐさまルールブックを開いて命じる
「対象、ムシアナス。【農奴】にクラスチェンジ」
*レジストされました*
(やっぱりな……)
特に強いデオスフィアの影響下にある対象は、クラスチェンジできない場合がある。実際に以前レジストされたことがある。今回はいけるかなと念のためにやってみたが、ダメだった。クラスチェンジは本来、対象の意思も重要な儀式だ。攻撃に反転させる運用はあまり向かない。こうなるとかなり厳しいな。
一度引こうにも、奴の移動速度を考えると逃がしてもらえるとは思えない。
「サリーさん、俺が呪文発動までの時間を稼ぐ、君の魔力があれば奴の体力を削り切れるはずだ」
(俺の能力は防御に特化している…というより攻撃技がほぼない。大狼の膂力を相手にするとなると恐らく重症は免れないが、それでも時間を稼げば勝ちは取れる)
だが、彼女は口をヘの字にして頑なに拒否した
「ダメ!サトルが傷つくのだけはイヤ!」
「こら、そんなこと言っている場合じゃないでしょう!」
「イヤなものはイヤなノ!」
サリーはそう言うと懐から『能力値変性薬』を取り出す。ムシアナスが変身前に飲んだポーションの色よりも濃く、赤く輝いており、ずっと魔力の質が高いのが分かる。能力値変性薬は、任意の能力を限定的に上げるポーションで、アルケミストの切り札ともいえるもの。
(だが、彼女が取り出したものはムシアナスと同じストレングスを超強化するタイプのものだな…)
彼女はアルケミストとウィザードを組み合わせたような特殊なマルチクラスで、ポーションは彼女が最も得意とする分野だ。そんな彼女が作ったポーションの威力は言わずもがな。
「それは…」
「同じ変性術で、真っ向勝負!でも、見た目がちょっと悪くなるから、嫌わないでネ♪」
「そりゃ、嫌うわけないけど…ってそんな話をしている場合じゃ――」
大狼の突進はそこまで迫っている
サリーは俺の返事を最後まで確認することなく、ポーションを飲む。体が大きくなる前に、慌てて呪文を唱えた。
「これがアタシの奥義!体全てに魔法を重ね掛けすル![多重・グレーター・リエゾン・シェイプシフト]!」
今まさに、巨大な狼が前足を振り下ろす
「ガアアアア!!」
狼の牙が目前まで迫ると同時
巨大な何かが狼を『片手で』止めた!
「グ…?ガアアアアアアア!?」
狼は、巨大なナニカによって、そのまま投げ飛ばされる
狼は投げられた衝撃で地面を深く削り、地を舐めた
「……! サ、サリー…さん?だよね…?」
衝撃で生まれた煙が晴れると、ようやく全体像が見え始める
そこには……大狼を子犬のように見下ろす体躯の巨大なドラゴンがいた!
「グァアアアアアアアアアアア!!!」
ドラゴンの咆哮は戦場全ての空気を震わせる
部分的にドラゴン化していたポリモーフ(変身)を全体化して、更にポーションで能力を引き上げた状況