征伐編 28話
先手を打ったのはムシアナスだった。老人とは思えぬ身のこなしでサリーから距離を取ると、前衛にデオスフィアを暴走させたと思わしき、人ならざる魔物を配置する。
後方から安全に攻撃するつもりなのだろう。今は怪物だが元は人間をこのように扱うのは非道の極みと言える。
「ふぉふぉ……!お前たち、肉壁くらいにはなってもらうぞ!」
「ヴォオオオ…」「あぁああ…」「うう~…」
ムシアナスが指示を出すと、半分人間で半分が悪魔のような姿にされた者たちがサリーへと走り寄り、襲い掛かろうとする。その声も姿も醜いものだが、苦しんでいるようにも見えた。
「……! [イリュージョン・ストライク]!!」
サリーが一瞬迷いを見せるが、気丈に杖を振るうと、雨粒は極太の尖った氷塊となって敵に追尾。ヒットした衝撃で半悪魔たちは後方に吹き飛ぶ。
ムシアナスは詠唱をしつつ、サリーを挑発している。
「おやおや…かわいそうに。彼らは元々は人間ぞ。スターリムの者はカンタンに人を殺めるというが、あながち間違ってはいないようじゃな?ふぉふぉ!」
サリーが激昂して怒気を強める。
「…あなたが!!…あなたが、そうせざるを得ない状況を作ったんでしョ!!」
「な~にを言うか。あやつらは望んでその姿になることを承諾したのじゃ。これは戦じゃ。そこな青い青年のような思想ではイカン。いやはや、最近の若者はキレやすくて困るのぅ~」
「望んで…!?望んでこんな姿になって、自我まで失ったっていうの!?嘘だよ!」
サリーの怒声に、ムシアナスは肩をすくめてヒゲをなでる。明後日の方向を向いて、まるで意に介していない。
「嘘じゃないわい。あぁ……もっとも、悪魔化の承諾については詳細は書いていない。悪魔化する可能性を示唆しただけじゃ。ん~、確か…兵卒に開示する戦時契約書に書かれている内容は、ちと大雑把だったかもしれんがの。だが、嘘などひとつも書いていない。こやつらは望んでこうなった。全てはフォマティクスのためじゃ……ふぉふぉふぉ」
ムシアナスは一兵卒に対し、都合の悪い情報は意図的に伏せて傀儡したということか。命を賭ける兵に対して、こんな不義理は道理が通らない。だが、異議申し立てようにも奴等は自らの意思を手放してしまった。今はあの老人の先兵と成り果てている。
ムシアナスが詠唱を続けているのを見ると、時間稼ぎだろう。
「サリーさん、奴の言葉は時間稼ぎだ。ムシアナスの詠唱を止めるんだ!」「…!」
「もう遅いのじゃ!ほれ、変性術秘儀![アスペクト・オブ・ザ・ファルコンウィング]!」
アスペクト・オブ・ザ・ファルコン…変性術系、特にサリーが得意とするポリモーフ(変身)系統の魔法だ。文字通り、鳥を纏ったかのような速さや恩恵を得られる。実際に鳥にすることも、羽だけを生やすなどの応用もできる優秀な呪文だ。
ムシアナスの呪文は、彼と、彼に従属する半悪魔の全ての背中に鷹のような大きな翼を与え、即座に制空権を奪う。ある程度の高度に達すると、ムシアナスが杖を振り下ろした
「肉壁よ、跳躍し空からあの女エルフに突撃するのじゃ!」
傀儡となった半悪魔は言葉にならない唸り声を響かせ、サリーに突撃する。自分の身の安全など全く考えない特攻だ。
「サリーさん、倒すしかない!」「……うん」
サリーは杖を掲げて詠唱し、その身の一部を変化させる
「[アスペクト・オブ・ザ・ベアナックル]!」
サリーの腕は巨大な大熊となって、飛来する敵へむけて拳を振りぬく。半悪魔は鈍い音をたてて、振りぬいた方向へ飛んで野営の建物を派手に破壊した。これで半悪魔たちは動けないだろう…同じ系統技で返したのは彼女なりのプライドか
「おぉ…おぉ…素晴らしい。やはり同じ変性術の使い手か。それも…そこいらの者とは比べ物にならない。一部だが大熊と化すなど、並みの魔力と術士では不可能だ。変性術とは、変形できる規模と強度でその"格"が決まる。お前は間違いなく天賦の才を持つ、クラス持ち。その気になれば、人を新たな進化に導くことだってできたであろう。そんな術を正しく使えないことが残念でならん。フォマティクスの魔道顧問となれば、必ず人の世を何歩も進展させたはずじゃ。そんな、くだらない、青臭いガキと何を成そうが時間の浪費でしかないというのに」
部下を殺されたのにも関わらず、全く気にせずに地上に降り立ったムシアナスは、サリーへ称賛と嫉妬を込めた言葉をぶつける。下の命などどうとも思っていないのだ。
「アタシはサトルの傍にいる。アンタが何を思ってどう行動するとか、興味がなイ!人を笑顔にできない変性術士に、魔法を扱う資格なんてなイ!」
ムシアナスは眉を寄せて、険しい表情を作る
「…小娘が、魔法の何たるかを問うと?……ふむ、面白い。では、お前の最も得意とする技で応えよう。魔の真髄。そして変性の先を」
懐からポーションを取り出すと、一気に煽る
あれは…?
「ぐ…ぐううう……」
すると、老人の唸り声を境に、彼の頼りない体系が徐々に筋肉質に隆起する
「まずい、サリーさん。あれは恐らく君が作れる能力値変性薬に近い物だ。短期間だけ、ストレングスを超強化するタイプのものだろう」
サリーは頷いて防御姿勢を取る間、ムシアナスが更に呪文を重ね掛けてし、唱えた
「[ベイルフル・ポリモーフ]!」
彼がポリモーフ(変身)した姿は、狼だ。ただし、フェンリルを思わせるほどの大狼。
大狼は変身後、着地と同時に筋肉で大きく隆起した前足で地ならしを起こし、顔を上げてこちらを見下ろした
まるで、これがポリモーフの真髄だと言わんばかりに。