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征伐編 24話

 サトルの視点


 * *


 櫓の上から戦場を見渡すと、自警団が敵侵攻ルートで激しくぶつかっている。リンドウ率いる部隊は、彼女が使役している炎の大精霊の攻撃により一方的な展開に。搭載型ゴーレムと魔法障壁を前方に展開する陣形で繰り出した部隊は、相手からの初撃に耐えた後は攻撃に転じている。


 そしてカルミアの状況は…


 「……敵陣も気の毒だな」


 彼女が守るルートは障害物が少なく、それ故に敵の兵数が最も多いが、大きな門のような岩壁が行軍を阻んでいた。もちろん彼女が現地に到着するまで壁は存在しなかったので、状況から見てカルミアの仕業だ。遠方からでもはっきりと見えるということは、岩壁の規模がかなり大きいことが分かる。これを一人でやってみせたとなると、相手の心中穏やかでないことは間違いない。


 暗雲が立ち込め、天候が怪しくなってきた。雨粒が櫓の屋根を叩きつける音が聞こえ始めると、本格的に降り出した。しかもかなり激しい。


 (これじゃ遠方は見えないな…だが、それは相手にとっても同じ。動くには絶好のタイミングだ)


 相手側もこちらの動きは読み始めている頃。こちらもサリーを連れて行動開始しよう。短時間だが魔法によって姿を変えることができる彼女に最適な仕事があるのだ。



 * *



 フォマティクス軍第一部隊の前線


 怒号と剣戟の音が戦場を満たしている。こちらの攻撃が通らず、障害物にうまく隠れては誘い出されてじりじりと戦力を削られているのだ。中でも厄介極まりないのが……


 「敵ゴーレム!未だ健在です!前衛部隊が抜けません!」


 ゴーレムだ。たかがゴーレムのはずなのだ。だがどうだ、こちらの数をものともせずに前線に立ち続けている。人の状況判断能力とゴーレムの耐久性を合わせたかのような動きを取ってくるのだ。


 伝令の焦りが言葉の端々から伝わってくる。皆、勝ち戦だと高を括っていればいざ命の危機に晒されると士気が落ち続ける。こんなにも脆いものなのか。


 自分の冷静さにまで影響しているのか、イライラが募る。普通であればもう終わっている戦いだと言うのに!!


 「くそが!状況くらい分かっている!なぜ抜けないのかまで報告しろ!たかがゴーレム一匹と冒険者の寄せ集めだろうが!たった100そこらの部隊を抜けないのか!」


 「す、すみません!数人は討ち取りましたが……何分相手方は狭い通路や障害物を利用してこちらの攻撃をかいくぐり、携帯性と距離に優れた見慣れぬ武器で応戦してくるのです!一度無理に突っ込みましたが40程の被害が出てしまい、これの対処に――」


 討ち取れたのが数人?わがフォマティクス軍の壊滅的な被害状況で?


 その言葉を聞いてそれ以降の報告を受け取る気にすらならなくなった。


 「もういい!!自ら打って出て、それで終わらせる!」


 雨音が二人の会話を遮る


 「……ふん」


 立てかけてあった自前の槍を取って、奴らがデオスフィアと呼称する『奇跡の実り』を手に取った。呼応するように鼓動するそれは、黒く醜い光を放っている。


 「そ、それは……おやめください!それは最後の手段です!」


 「うるさい!お前たちに任せて無駄に戦力を消耗していてはキリがない!」


 止めに入った伝令を突き飛ばし、陛下から賜った奇跡の実りを装着する。これはそんじょそこらの実りじゃない。将校クラスが着用できる特別性だ。


 するとどうだろうか。怒りが全能感に置き換わっていくではないか。先ほどまで胸の奥につっかえていたドロドロとした熱くて嫌な感情が抜き取られて、変わりに無限にも思えるほどの力が漲ってくる。


 身体を包み込む黒いオーラが、全てを忘れさせてくれる。


 「……ふ、ふふ。これだ。これでいい。最初からこうするべきだった」


 「お待ちください!誰が部隊の指揮をするのですか!副官は先ほどの突撃で死亡しています!!」


 最早、耳に入らない。どうでもいい。この力があれば解決できる。


 全能感が満たし、戦場への渇望が猛る。


 少し踏み込むだけで景色を置き去りにするほどの速さを得た。ものの十分程度で前線まで駆けることができそうだ。


 「ふん!」


 強く踏み込んで走れば、更に景色は横に伸びていく気がした。


 武装しているのに全力で走っても疲れない。本当に素晴らしい力だ。


 暫く駆けていると全ての作戦を台無しにした張本人であるゴーレムが、やがて視界に収まる。


 奴は我が部隊をまるで人間の動きを模倣するように斬り捨て、視界に入れた今も数人が斬り殺された。


 ゴオオオオオ!


 ゴーレムが武器を振るうと地面が抉れ、重装の歩兵が容易く宙を舞う。抉れた地面による大きな礫が二次被害を生み出している。前線は大混乱しており、戦いの体裁を保っていない。


 こいつだ。伝令の言っていた元凶だ。


 「くそが……!」


 まるで出産を控えたオスのマンティコアに出くわしたようだ。膂力が違いすぎる。重装という選択も悪かった。相手は手数よりも威力で勝負するタイプに見える。攻撃されたら避けられる余地がない。そのうえ、戦いの場も障害物が多く狭い。これでは一度に相手できる人数が限られるうえ、範囲攻撃ができない。


 相手の将はこれが最初からの狙いだったのか。


 我慢ならず、さらに踏み込んで駆けると、ようやく手の届く範囲にまで接近できた。


 更に数人斬り飛ばしたゴーレムは、足のポジションはそのままに胴体だけをこちらに向けてきた。


 そのゴーレムは大人三人分ほどある全長に、人の身では扱いきれない大剣のような武器を持っている。奴の周囲にはサポート要員と思われる冒険者が数人。もちろんこちらの接近で武器を構えてきた。


 「お前か。お前が全てを台無しにした。部下を殺した。この怒りをどうしてくれようか!」


 ゴーレムから音声が聞こえてくる。


 「イミス様、通信願います。フォマティクス軍の部隊長クラスと思われる兵を確認。規格外クラスのデオスフィアを着用しているようです」


 『おっけー!そのまま戦っちゃっていいよ♪手ごわかったら大破前に戻ってきてね。修理するから』


 何処からか声が届く。イミスとやらがこいつの上官らしいが姿が見えない。近くにいないのか。


 「はい、かしこまりました」


 どうやらこちらと対話する気がないようだ。それならば最早、名乗りも不要だ。


 「死ねぇええええ!!!」


 槍を勢いよく投擲する姿勢に入る。狙うはゴーレムの胴体だ。そこに魔石か何かの動力が入っているに違いない。


 軌跡の実りで圧倒的に強化された筋肉がビキビキと悲鳴をあげて血管が浮き出る。更に一歩踏み込んで槍に力を込めると、黒いオーラは槍を包み込んだ。


 限界まで込めて…投げる!!


 「だあああああああ!!」


 自分でも自分の力が信じられないほど、おぞましい一撃だ。黒い軌跡を生んで、死の星はゴーレムを捉えた。


 「メイジ・シールド」「メイジ・シールド」「メイジ・シールド」


 周囲のサポート冒険者が一斉にゴーレムへシールドを多重展開。ゴーレムは攻撃に備えて槍を突き立て、両手で大盾を構える。だがもう遅い!


 バァアアアン


 破裂音のような音と衝撃波


 槍はシールドの一枚目を容易く破る


 バァアアアン


 更に二枚目を破るが、槍は未だに勢い衰えずゴーレムの胸へと


 バァアアアン……ギリギリギリギリ


 三枚目が破られ、大盾の固盤を削る不快な高音が轟く


 ゴーレムから音声が発信された。このゴーレムは生き物でも乗っているというのか。状況判断能力がまるで生身の人だ。


 「恐ろしい攻撃だ。生身であれば間違いなく死んでいた。だが、イミス様が用意してくださったこの機体ならば、対処できない技ではない!!」


 もしや人が乗っているというのか。


 大盾の角度を少しずつ変え、直線に向かってくる力をうまく逸らしてみる。槍は軌道が逸れつつも大盾を貫通した!!


 「よし!」「まだだあ!」


 貫通した盾を補強するように両腕で胴を守る。


 ゴーレムは腕と盾が吹っ飛ばされる代償により、どうにか体を守りきった。


 槍は吹き飛ばされたゴーレムの腕の半ばで貫通できず、半壊していた。


 ゴオオオオオ……


 「ぐ……くそ、くそ!!もう一度だ!」


 近くに落ちていた死体から剣と槍をはぎとり、もう一度投擲を試みるが――


 「うそ…だろう…ちからが……でない」


 奇跡の実りが起こす奇跡でさえ、無限ではないことを知った。


 気がつけば、手の甲の石は真っ白になっており、いくら念じても力がからっきし


 相手冒険者たちも異変に気が付いたのか、防御の姿勢から攻撃魔法の詠唱に切り替わる


 「フォマティクス兵、デオスフィアが動かないようです!」「よし、反撃だ!」「攻撃魔法、展開準備!指示を待たず速攻で放て!」


 「引け!引けぇええええ!!」


 近くで狼狽えていたフォマティクス兵を率い、撤退を試みる。


 「ちくしょう!覚えていろ!次の突撃では必ず――」


 また陛下から石を賜ろう。そうすれば、こんな連中……!!こんな連中は!!


 「―――」


 だが、背を向けた兵に向けられるのは慈悲などではない。


 撤退するフォマティクス軍に、攻撃魔法が降り注ぐ。


 フォマティクス将校の淡い期待は、攻撃魔法の爆音と共に消え去っていった。



フォマティクス第一部隊 壊滅

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