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征伐編 20話


 「あれは…一体なんだと言うのじゃ……常識の範疇を超えている…う、ゴホゴホ」


 ムシアナスは一瞬、我を忘れてしまう。動揺のせいか咳き込み、ふらつく。騎馬隊を出した所までは良かった。勝利以外の邪念やイメージなど一切なかった。しかし、山のように聳え立つ巨大な怪物が、前触れもなく表れた。……大きなゴーレムを使うという噂はあった。だが、噂は大きくなるものだ。せいぜい3メートルクラスが現実的だ…誰が城のような怪物が突然現れると考えるだろうか。


 「ムシアナス様!…おい、お前たち!水だ!水を持ってこい!」


 何人もの駆け寄った部下が手厚くムシアナスの体を支える。


 「……問題ない。被害状況を報告しろ」


 支えを振り切り、鋭い眼光で巨大ゴーレムを見据える。


 ゴーレムが表れるだけなら、まだやりようはいくらでもある。だが、奴は城ほどの全長を持ち、人では到底持ち上げられないほどの岩や大木を、まるで小さなボールを投げるように軽々しく投擲し続けている。最初の一撃は、狙いを絞ったのか騎馬隊に岩を落としたのだ。


 「ほ、報告!騎馬スレイプニル第一部隊は例の怪物の投石によって壊滅。被害を免れた第二、第三部隊は指揮系統が乱れて逃走をしています!騎馬500……ほぼ全滅です」


 「…ッふん」


 敵前逃亡は罰するべきだが、そんなことをする余裕は戦っている最中にない。もうスレイプニルは使い物にならなくなったとみるべきだ。ムシアナスは思案して鼻を鳴らす。


 ゴゴゴゴゴ…


 どーん、どーんと戦場に投げつけられる岩や巨木が地鳴りを起こす。だが、そのどれもが無作為に見えた。


 ムシアナスは地鳴りに一切ひるまず、冷静に観察を続ける。


 「ほう…精度が低いのか」


 ゴーレムの投擲は正確じゃない。つまり、最初の一発目の精度はまぐれか、時間をかける必要がある。だが、奴を前にして同じように冷静に考えられる者は少ないだろう。適当な投擲が自分を狙ったものではないと、判断する材料がない。次はここに落ちてくるかもしれないと思えば、指揮が乱れ逃走する。


 「どうやら奴は、標的を正しく狙えるほどの性能ではないようじゃ。それに、あんなものが長時間動けるはずもない」


 ムシアナスの言葉を証明するように、散々戦場を散らかした巨大ゴーレムの動きがピタリと止まる。地鳴りでおびえていた兵たちの表情が明るくなった。


 伝令が報告をあげた


 「報告!巨大ゴーレム、活動停止しました!遠見の魔道具で確認したところ、少しずつ体を形成する岩が崩れているようです!」


 「やはり、か…」


 「さすがです。ムシアナス様。このような状況でも冷静に判断なさるとは」


 部下の煽てにも顔色ひとつ変えないムシアナス。自らの慧眼を信じて疑わない姿は、戦場において部下の不安を払拭する光にもなる。怯えていた陣の兵の士気が高まっていくのを感じた。


 「当然のことじゃ。…さて、追い詰められた獲物の最後のわるあがきにしては、少し驚かされたが…奴らの切り札は正真正銘あれで最後じゃろう。スレイプニル隊を失うことは痛かったが、致し方あるまい」


 「1500は何時でも出せます。如何なさいますか」


 「多少、戦場の視野が悪く大きな陣形は組めぬが、物量はこちらが圧倒的に上じゃ。正面から行くぞ。全て投入だ」


 「っは。かしこまりました!」



 * *



 「サトル君、『弾』は全部撃ち尽くしたよ。そのままエクスタミネーターを敵陣に向かわせることもできるけど…どうする?」


 「いや、外壁に戻そう。せっかく作った障害物を壊してしまうかもしれないし、小回りが利かない。それに、町の人たちも心配だから」


 「わかったわ。エクスタミネーター、戻っていいよ」


 イミスは巨大ゴーレムに指示を出すと、ゴーレムは大きく緩やかに頷いて動きをピタリと止めた。そして、体を形成していたひとつひとつの魔石入り外壁ブロックが元の場所に戻り始める。


 「…」


 改めて戦場の様子を眺める。時間をかけて整備した街道は巨木や大岩によってめちゃくちゃになっている。クレーターができているせいで重装備では滑り台状態になってしまうほどの傾斜が作られた場所まである。こんな威力だ……当然、突っ込んできた騎馬隊は何もできず、潰されてしまったか、衝撃で吹き飛ばされてしまったか。恐怖で逃げたのか。その何れかだろう。


 「……次の作戦に移ろう」


 「サトル君…」


 イミスが心配そうに顔を覗かせる。


 「あはは…ごめん。大丈夫だよ」


 参ったな。俺はいまどんな顔になっているのだろうか。心配をかけたくない。


 ここは元居た世界とは違う。違うんだ。


 「報告します!」


 伝令だ。敵に動きがあったかな。


 「あぁ、聞こう」


 「敵、本隊と思われる前線が動き始めました。数は凡そ1500から2000になると思われます。遠距離攻撃の部隊を先頭に配置している模様です」


 「遭遇戦を想定したか……想定通りかな。では、こちらも打って出るよ。敵が攻めてくるルートは絞れているかい?」


 「っは!エクスタミネーターの投擲した数々の障害物によって、およそ3~4ルートに分岐するかと。部隊の配分までは予測できません」


 「搭載型ゴーレムを先頭に、クラスチェンジで魔法に適正があったものを搭載型ゴーレムの背後に配置してくれ。一番障害物の少ないルートにこれを配置。残りの部隊は縦長の陣形をとって、前方に障壁を張れる魔法部隊を展開してくれ」


 ここで、カルミアが俺の肩をとんとんと優しく叩く


 「…ん?カルミアさん?どうしたの」


 「……私も出る」


 「えぇ…」


 彼女は切り札だ。やり直しが利かない戦となれば、できる限り温存しておきたいが…


 そんな気持ちをくみ取ったのか、真剣な眼差しで俺を見つめて言った


 「私が出る。それでひとつのルートは防いで見せる。支障も出さない。そうすれば、他のルートに人員を割けるから。サトル、信じて」


 彼女の提案に乗っかるように、サリーも元気よく杖を掲げて応える。ゴブリンのイラスト付きの杖だ。


 「何かあればアタシがサトルを守ってあげル!」


 「わかった…わかったよ」


 本音としては、彼女のことが心配で、傍に置いておきたいだけだったのかもしれない。自警団の皆はこんなに頑張ってくれているのにだ。


 存外、俺も薄情者だな。


 「カルミアさん、怪我だけはしないで。危なくなったら逃げること。あとそれから…それから―」


 「ふふ…」


 彼女は心からの笑みを浮かべ、クスクス笑ったあと、ポンと俺の背中を叩いて戦場に向かった


 「…行ってくる」



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