征伐編 19話
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「ムシアナス様、開戦勧告の準備が整いました。何時でも動かせます」
「…よかろう」
部下の報告を受けたムシアナスは、ひとつ返事で頷く。やがて、ゆっくりとした足取りで天幕を出ると、冷徹な目を侵攻対象の町に向けた。
町の前にはポツポツと天幕が張られており、人数差を埋めるためかバリケードのようなものが大量に配置されている。
そんなもので我が隊の突撃は防ぎきれぬというのに……無駄な努力だ。
ソード・ノヴァエラは、こちらとは比べるのもおこがましいほどの小さな部隊だ。かろうじて、旗を立てて陣を組んでいるのが分かる程度…戦争と評するには、あまりにも小規模な相手だ。
自然と、鼻を鳴らして馬鹿にしたような笑いがこみ上げてくる。
「フ…ヒヒヒ。存外、大した相手ではないかもしれぬ」
「…ムシアナス様?」
何がイレギュラーだ。何が竜を討伐した冒険者だ。結局は人の域を出ない集団じゃないか。ほら見たことか…奴ら、慌ててバリケードを増やし続けている。あまつさえ、兵の数さえロクに集められないほどの弱小な町じゃあないか。これが現実だ。数で囲ってしまえばすぐに終わってしまうではないか。
陛下はあまりにも慎重が過ぎる。それが悪いことではないが、勝利を持ち帰ったあかつきには心配のしすぎだと安心させてやろう。
勝利を確信したものの、表には出さずに、最後まで気は抜かない。冷静に部下へ指示を出す。
「始めようか……騎馬を全て出せ。初手は物量で押しつぶす。接近を最優先とし、町の包囲を優先と武装している者は皆殺しでいい。恐怖で煽り、町から出てくる者を順次始末しろ」
「開戦勧告は出さないのですか。それに町から出てくる者が民間人の可能性もあります。それに―」
「必要ない。勝った後にでもしておけばよかろう?形式上の宣言など誰も聞いていない。民間人については……フっ『ちょっとした事故』は仕方があるまい?我々は戦争をしているのだ。巻き込まれることなんてよくあるもの。些事を気にして大事を疎かになんてことは愚かな選択だ……方針が気に食わないのであれば仕方がないが。……まぁなんだ、これ以上の余計な口出しはいらん。何かあれば戦が終わってから聞く。最も、その頃にはお前も偶然『事故』に見舞われるかもしれぬがな」
ムシアナスの冷たい視線が部下に移る。ウジ虫を見るような目だ。
これ以上口を出すなら容赦しないぞ。という明確な意思をくみ取った部下は姿勢を正し、すぐに謝罪を入れると突撃を指示する。
「も、申し訳ございません!!おい、すぐに騎馬隊を出せ!全てだ!!」
近くに控えていた部下たちと共に準備を急かす。やがて騎馬が揃って町へと走り出した。
「チャァァージッ!」
* *
「サトル君、フォマティクスの軍が動き出したよ!勧告もなしに騎馬で突撃してくるつもりみたい!」
イミスの警戒を証明するように、敵陣の前衛…騎馬隊が、まるでひとつの生き物のように、大きな煙を巻き起こしながらこちらに向かってきている。恐ろしい迫力で足が震える。自分を鼓舞して声をひり出す。
大丈夫、大丈夫だ。俺ならできる。皆となら乗り越えられる。
「大丈夫、想定内だよ。イミスさん、作戦通りに…エクスタミネーターを起動だ」
「うん、ウチの出番だね。…起きて!エクスタミネーター!」
イミスが魔力を練って指を鳴らすと、町を囲う外壁が空中で人の形を作り出し、やがて見上げるほどの巨大なゴーレムが生み出される。前回よりも外壁の崩れが少なく、出来が良い気がするのは気のせいか。
ゴゴゴゴゴ…
激しい地鳴りと岩がぶつかり合う音が、まるで巨人の産声に思えるほどの迫力だ。
『緋の意思を継ぎし我らが母よ。慈悲の前に立つ、愚かなる全ての敵を屠る』
エクスタミネーターが起動した。あまりのデカさに遠目に見える騎馬隊が混乱し、隊列が乱れるのが分かる。これは一発目、奴らを狙うチャンスだろう。
前日からカルミアに協力してもらい、用意していたありったけの大岩や巨木、鉄の残骸などをまとめたゴミの山が今回使用する『弾』だ。常人では持ち上げることは不可能な質量であり、彼女の口からも『重たい』という言葉がこぼれたほどの、どうしようもない文鎮たちである。
エクスタミネーターは、その巨大な手で大岩のひとつを掴み取る。手の隙間から大岩の破片が地面に落ちると、その地面は大きく陥没して地鳴りを起こす。欠片程度でこの質量だ。
巨大な体を動かし、遠投の構えを取る。
相手側からも、超巨大ゴーレムが次に起こす行動をしっかり視認して予知できたのであろう。人馬一体とも評するほどの統率は何処へやら。アリの巣を突いたかのように、統制も何もない動きでそれぞれに退避行動を取り始めた。だが、リーダー格の周辺はかろうじてまだ陣形を保っている。狙うならここだろう。
「イミスさん……敵を…敵を…く…」
手が震える。…俺が今からすることは、きっと罪深いことなんだろう。大義名分があるとか、そういうことも関係なしに、人として許されないことだ。そう思うと、最後の言葉が出てこない。だけど、指示しなければ俺たちが奪われるだけ。奪うか、奪われるか。その二択しかない。歩み寄るフェーズなんか、とっくに過ぎ去っているというのに。
「サトル君」
震える手を取って、強く握りしめてくれた。イミスは本当に優しい子だ。
「ウチたちを守ってくれて、ありがとう。誰よりも辛い思いをして、それでも前を向いてくれて、皆を引っ張ってくれて、ありがとう。だからウチは、何があっても、最後まで傍にいるよ」
だからこそ…
「ごめん………そして、ありがとう」
深呼吸して、未だ震える手で合図を送る
「ふぅ……敵を…壊滅させるぞ…!一発目の目標は、騎馬隊。順次、大岩や巨木、鉄塊を投擲して侵攻ルートを狭めるんだ」
イミスは頷くと、エクスタミネーターに『投擲』の指示を出した。
「やっちゃえ!エクスタミネーター!!」
『真・カロネード・ディストラクション』
緩急の鋭い動きで、エクスタミネーターは質量の塊を轟音を伴って放った