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征伐編 17話

* *


 まだ陽光が浅い時間帯。伝令が急ぎ足で指揮官の陣に入る。


 周囲はまだ暗いが、仮設にしては嫌に豪華な装飾を備えたテントはよく目立つ。戦略的には間違いだろうが、それに口を挟む者など一人もいない。


 伝令の一人は、最低限の手続きを通し、指揮官の側近たちの目線を浴びながら陣の中でも一際目立つ、真っ赤なテントへ足を踏み入れた。


 「ムシアナス・キャピタル様。ご報告いたします。」


 派手なテントの主は、長い髭をたくわえ 背筋の曲がった気のよさそうなおじいさんに見える。だが見た目に騙されてはいけない。このお方こそ、キャピタルの名を冠するフォマティクスの精鋭……ムシアナス・キャピタルだ。魔術師であるということ以外、身内でもあまり知られていないが、戦闘能力は国内でも随一だと言われている。そして、この戦では指揮官を任せられている正真正銘の将なのだ。


 主はその言葉に耳を貸しているかどうかは定かではないが、ムシアナスは無言で調合作業の手を止める。これが耳を貸す合図なのだ。


 ムシアナスの手が止まったことを確認した伝令は、報告を続けた。


 「本陣の予定地まで前線の進軍が完了しました。ソード・ノヴァエラへの到達まで正味1日です」


 しわがれた声が響く


 「…数はどうじゃ?」


 「っは。自警団と名乗る者たちと、民兵と称した冒険者を寄せ集めているようです。数にして350程度かと……思います」


 長い髭を撫でて、天井のシミを数えるように呟くムシアナス


 「うむ……。お前にしては珍しく歯切れが悪いな。それに……偵察を送る前から数が変わっていない。先に数を減らしておくはずだったであろう。威力偵察はどうなったのじゃ……?」


 「それが…」


 ムシアナスが伝令に目を向ける。それだけで足元がおぼつかなくなるほどの恐怖感に支配された。


 「なんじゃ?」


 「も、申し訳ございません。……凄腕のスカウト系クラス持ちがいるようで、数を減らすことができませんでした。それどころか、偵察に送った兵50名で、帰ってこれたのは……2名…です」


 「ほう…?相手は部隊か」


 「いえ…単騎であったと聞いています。申し訳ございません。私の指揮に問題がありました。改めて――」


 伝令の言葉を手で制すると、ムシアナスはゆっくりとした足取りでポーション作りに戻る。


 「ふむ……よい。必要な犠牲じゃ。噂通り、対人戦闘能力に優れた人材を抱えている。して……今、出せる戦力は?」


 「っは。ムシアナス様の兵総数が3500。内ソード・ノヴァエラに割り当てた兵数は2500。シールド・ウェストには1000を割り当てています。こちらはサトルとか言うイレギュラーを加味した数値です。シールドウェストは既に開戦、城門は未だ突破できずで戦況は五分。これ以上、ソード・ノヴァエラに割り当てできる人員の余裕がない状況です。やはり、将が不在では侵攻が遅くなる見込みです。前衛の1000とスレイプニルの騎馬500は明日にでも白兵戦に突入できます。キメラは只今3基、稼働状態に移行しました。成り上がりの町に対しては…いささか…過剰戦力かとは存じますが」


 ムシアナスはうんうんと唸りながら、ポーション作成をしつつ話を聞き流しているように見える。だがしっかりと耳には入っているようで


 「……致し方なかろう。イレギュラーは対個人戦力は竜と同等と聞く。ちまちまと攻め入っては対策が取られやすい。その内に寿命がきてしまうわい。裏も取れたことじゃ……時間はかけられない。ときに、竜を殺すには、数で潰すのが最も効果的じゃ。どんな竜であっても、数千の前には無力といえる。シールド・ウェストはそのまま『奇跡の実り』を使えば落ちるのも時間の問題じゃろうが、万一ということもある。あのアイリスをもってしても質と数の前ではな。ソード・ノヴァエラを3日で落とし、シールド・ウェストに加勢すればよい」


 「委細承知いたしました」


 「ほかに、報告すべき内容はあるか?」


 伝令は目線をせわしなく動かし、思い出したように口を開く


 「……町に潜入した草によれば、こちらへの対抗策として、新しいゴーレムを作っていると聞いています。今回の戦で出張ってくる可能性が高いものかと」


 「ほう…?ゴーレムを?」


 ムシアナスが興味深そうに小さな眼を見開く。ヒゲを撫でる手が止まった


 「はい、なんでも自我を持ったように自在に動くのだとか……。人が操っているのだという話まで出てきております。これまでに製造に成功したのは1体だけだと聞いています」


 ムシアナスは自身の経験という膨大な書庫から、ゴーレムの情報と、今聞いた情報を照らし合わせ、今回の戦に関わるリスクを素早く計算した。だが、どう考えても人のように動くゴーレムが脅威となるとは思えなかった。


 ゴーレムとは一般的に、規則に従った行動をする魔法生物である。強力な魔物ではあるが、量産はできず、複製に成功したとしても、例外を除いて術者を倒せば稼働を停止する。350人程度にたった1体、『人のように動く魔法生物』…そんなものが混ざっていて、2500の数を前に、勝利に影響を及ぼすであろうか。


 「否……。検討するに値しない情報じゃな」


 「し、失礼いたしました!ご報告は以上です!」


 ムシアナスは無言でゆっくりと頷き、出来上がったポーションを手に持ち、テントを出た。


 少しずつ差し込む陽光にポーションを掲げ、勝利を確信するように深く頷く。


 「勝利は揺るがんよ…絶対にな」


* *

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