征伐編 15話
イミスが持ってきてくれたサンプルの大き目な箱には、組み立て式の槍と半分折りされた複合弓らしき武器、標準的な盾が1セット入っていた。槍は刃以外の部分はアイアンゴーレムで作って補強することにより、組み立て式でも十分な耐久性と耐衝撃性能を備えたものだ。デザインも格好いい。
弓は複数の素材を組み合わせ、剛性と弾性の両立を図っており、非常に軽い。折り畳み傘のように手軽に展開できるが、しっかりと弓を引き絞ることができる。
盾にこれといった特徴はないが、とにかく軽くて丈夫。長時間持ち運びできるように考慮されている。
これらの武具は自警団専用に考案し、イミスやガルダインが形にしたものだ。どれも長時間携帯することと、すぐに展開と格納ができることを重視している。
正規の方法で同じ武器を同じ量で用意しようとすれば、気の遠くなる時間とお金がかかるだろう。彼女はこれを数日でやってのけるのだから凄い……気のせいか、イミスのゴーレム作成能力がメキメキと上達している気がする。パーツ生成のために能力を酷使してしまった影響だろうか。実に複雑な気持ちである。
「これとは別に防具もあるよ♪今持ってきたのはこれだけ」
「イミスさん、本当にありがとう」
「どうってことないよ!ゴーレムいじりは大好きだし、ガルダインも店のみんなも手を貸してくれるし。何より…サトル君の役に立てたなら、嬉しいなって……えっと、そんなことより!自警団の皆さんに納得してもらえるかが重要よ!」
照れ隠しするように、俺の横に立っている自警団の竜人に武具を押し付ける
「わ、私が着用するのですか!?……これが、私の、私たちの専用の武具…」
「そだよ♪」
自警団の竜人は戸惑いながらも、受け取った武具を離さない。強くなれる武具が目の前にあるのに、それをわざわざ手放す武芸者は少ないだろう。武を志す者にとって、戦いとは切っても切れない関係なのだ。
「あのラグナ重工やミラージュ、オーメル武具店をここまで発展させた立役者が直々に作った武具だよ」
「それは…」
使ってみたいという言葉を、ぐっと飲み込む自警団。こんな状況でなければきっと飛びついたに違いない。
俺の言葉を受けて、槍を持つ手に力が入っているのがわかる。
強くなれるチャンスで、チャンスとは、往々にして常に在るほど甘いものではない。これを蹴れば、間違いなく同等のアイテムを手に入れ、槍を振ることは生涯叶わない。だが、戦における安全性が担保されたとは言えない。だからもう一手
「町を守ってくれる自警団には、もうひとつ、提供できるものがあるんだ」
「これほどまでの武具以外にも…?」
俺は机の引き出しから、ポーションをひとつ取り出して置いた。予めサリーが用意してくれていたものだ。ちなみに彼女は今、このポーションの量産を急ぐため錬金術店に籠っている。
「これは、最近から量産ができるようになった貴重なポーションだよ」
竜人は恐る恐るポーションのビンを手に取った。よく見るタイプの色は緑だが、これは怪しい紫色をしている。一見、毒薬にも見えなくもない。…彼もそう思ったのか顔をしかめている。
「……敵に投げつけるポーションですか?」
「いや、自分や味方が怪我をしたときに飲むものだね……」
「え!?こんな毒々しい色を……いえ、なんでもありません」
(気持ちはすごいわかるよ!!)
サリーの作るポーションは良くも悪くも規格外で、色や臭いに関してはとても怪しい。俺も毎回、彼女から試飲するように言われる度に死を覚悟するからな。『間違えて毒薬渡しちゃっター!テヘ♪』とか言っても何ら違和感がないのだから。…まぁ、そんなことは一度も起こっていないわけだが。
「気持ちはわかる。それは一般的に色も臭いも毒薬に近いものだ。だが効果は逆で、回復効果がある。しかもただの回復じゃない。…部位欠損まで修復するタイプのポーションだ」
「ぶ、部位欠損!?」
「あぁ……このポーションの名前は『マス・キュア・モデレート・ウーンズポーション』」
部位欠損の回復自体は、今までもサリーのポーションで実現可能であった。しかし、薬品が貴重なことと、高度な技量を要すること、あのサリーをもってしても時間がかかってしまうことから量産は現実的に不可能な状況であった。
「限られた規模ではあるけど、数十個単位であればフォマティクス側と接触するまでには量産できる見込みが立ったんだ」
「そんなことが……」
「まぁ、サリーさんだから可能だって話だね。彼女はちょっと変だけど天才肌だから…具体的な方法については…いや、伏せておこう」
(…聞かない方が安心して飲めるだろう)
彼はポーションを宝石箱のように大切に机の上に戻す。その手には震えが見えた。
「サトル様、これが本当であれば大変なことです。お金どころか、権威まで自在に得られるでしょう。正直、伺った話だけでは信じがたいことです。…仮に貴方の言うことが本当だとして、これほどのものを一介の我々に提供する理由は何なのですか。我々にそれほどまでの価値は―」
「あるよ」
「――ないのでは…え?」
「ある。俺にとって、この町で一緒に生きていてくれる全ての人、一人ひとりに、それほどまでの価値があるって思っている」
竜人は目を丸くした
「理由はシンプルだよ。お金、権威、その他の全てより、君たちの方が大切だった。だからその用途で使う。それだけだ」
「わ、私は……」
「それでも、これは戦だ。命の奪い合いで、こちらの被害がゼロになることなんて無いだろう。君の無事だって完全に保証できるものではない。だから、皆が戦うかどうかは任せたい。大切なものは、人それぞれだから」
竜人として、武芸者として血が騒ぐ。本当にこれで良いのだろうか。そして、フォマティクス側に逃げたところで、家族が無事である保証などない。奴らは子供すら『素材』扱いだ。自分の家族がそうならないと言える保証はどこにあろうか。武人としての分水嶺。最後のチャンス…
彼は一度、大きく深呼吸して頷く。そして俺を見据えた
「決めました。私は……戦うことを選びます」
その目は揺らぐことなく、その立ち振る舞いは堂々と、まさに竜人であり武人の姿に見えた