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番外編 フォノスのお掃除


 ソード・ノヴァエラの商店街エリアが見渡せる、一際高い場所で腰を下ろす。青果店のおじさんから貰ったフルーツを取り出し、ダガーナイフを器用に使い皮をむいた。みずみずしい果肉を頬張ると、口の中で甘い水分が広がっていく。


 「うん、やっぱりこの店で取り扱う果実は新鮮で美味しい」


 こう見えても僕は、町の人たちとのコミュニケーションを重視している。そのほとんどが他愛のない会話だが、その会話の中から、町が抱えている問題の発見に結びつくこともあるからだ。噂話も立派な情報源であり、スカウトは皆、情報収集の大切さを知っている。


 そんなことを繰り返している内に、僕の意図に関わらず、町の人たちは親切に接してくれるようになった。最初の内は天気の話で終わりなんてよくあったことだが、繰り返してコミュニケーションを取る内に、身内の愚痴や近所の問題、取り扱う商品の話、そして町の話題と……より踏み込んだ会話をしてくれた。別に特別なことをしたわけじゃない。ただ笑顔で挨拶と、こちらから根気よくコミュニケーションを続けただけだ。こうして得られる情報は、代えがたいもので、本音が行きわたっている。言うなれば『生きた情報』だ。


今、食べているフルーツは、最近仲良くなったおじさんから貰ったもので、話の終わり際に、食べなさいと手渡してくるのだけれど、これはちょっとした役得というやつである。仲良くなる恩恵とは情報だけに留まらないのだ。


 「さて…そろそろだね……獲物だ」


 道行く人たちを眺めていると、ターゲットと思わしき人物が露店をひやかしているのが確認できる。露天商とターゲットが何か会話をしているが、ここからでは会話内容までは確認できない。だが、やり取りについては既に把握している。


 あのターゲットは最近、商店街エリアに現れた詐欺師である。青果店のおじさんの近くでやっている露天商が、最近餌食になってしまったのだとか。


 …手口としては、商人の卵である露天商に偽の高ランク冒険者カードを提示し、投資してくれたら大きくして返すと商品をみみっちく、せしめるというもの。


露天商の商人は、大体が店を構える前の…言えば修行中の身が多く、こうした手口にひっかかりやすいのだ。高い冒険者ランクの者に恩を売れば、後の商売に大きく関わってくるというのは、商売人であればだれでも知っているようなことだ。だが、稀にその常識を悪用した者が現れる。…奴がそうだ。


 観察していると、やはりターゲットは冒険者カードらしきものを提示し、何かを熱弁していた。情報通りだ。…やがて露天商から何やらポーションを大量に受け取るが、金貨のやり取りは確認できない。用が済んだらターゲットは小道へそそくさと去っていった。


 あのポーションは、露天商が寝る間を惜しみ、身を削って作り出した商品だろう。商売人にとって商品とは命。それを根こそぎ奪うなど、許されることだろうか。


 「人の信用を踏みにじることに等しい。そんな人物は、お兄さんの町に相応しくない。美しくない」


 果汁が滴るダガーナイフを舐め取ると、ターゲットを追跡した。



 仕事(お掃除)の時間だ。



 * *



 「へへ…今日も大量だぜ。ぼろい商売だ…地道に努力してたのが馬鹿みたいだぜ」


 馬鹿な商売人を騙して奪ったポーションの箱をアジト一角に降ろす。そこには、同様の手口で奪い取った剣やら盾やらの品が乱雑に積み上げられている。


 もう数十件ほど同じ手口を繰り返しており、山盛りに詰みあがった商品たちはその成果の一部と言える。


 どれも一級品とは言えないものだが、全て手作りでオーダーメイドされている品ばかり。その証拠に剣や盾には露天商の名前が彫られている。作りが良いため、売ればそれなりになるものだ。


露天商は皆、最初はオーダーメイドで、利益を度外視して名を売っている。商品を眺めていると、そんな事実を突きつけられているようで、虫唾がはしる。


 「っぺ…マジで馬鹿だぜ。騙されたことも知らずによ」


 騙している間も、露天商の奴らはキラキラした目をこちらに向けてきて、それだけで不愉快だった。Dランクの冒険者になんか誰も投資しない。蔑まれるだけだ。だがどうだ?Bランクの偽造カードを提示した途端、目の色を変えやがる。オレは馬鹿共に現実を教えてやっているのだ。



 この町へやってきたときのことを思い返す…


 * * *


 ソード・ノヴァエラではチャンスが待っている。特製の武器は数多の敵を屠り、ポーションの質は常識を覆す。その言葉を耳にした事が無いスターリムの民はいないだろう。オレもその手のヒューマンで、万年Dランクだった冒険者時代を抜け出せるチャンスだと思い、この町行への片道切符に乗り込んだ。馬車に揺られながら、希望を胸に。


 だが、現実は違っていた。まず道中は何度も死にかけた。町に到着するころには護衛は二人も死んだ。王都から離れるにつれて、魔物が異常に強くなっていったんだ。それでも諦めきれなかった。


 恐怖しながらも、満身創痍でソード・ノヴァエラに到着した。安い馬車はリスクが高すぎる。もう帰りに同じ思いはしたくない。


 だが問題ないだろう。オレはこの町でチャンスを得るのだ。


 命がけで到着した町は、活気があった。見たことのない施設に、娯楽…そして念願の武具屋。どれも噂通りで興奮した。到着しただけだが、道中の疲れが消えていくような達成感があった。


 俺は全財産の金貨2枚と銀貨20枚を持って、すぐに武器屋に駆け込んだ。3つほど有名と言われているものの中から、男が多い赤い色の店に並んだ。恐ろしい行列で日が傾くまで待ったが、店の中に入ったときに疲労は消し飛んだ。見たこともない武具が驚かせてくれた。中でも一際目を引いたのが、ショーケースに入って魔石でライトアップされている大きな剣だ。


 剣に見惚れていると、店主は愛想よく剣を持たせてくれた。…これが恐ろしく軽い。両手で持つのもやっとな見た目のいかつい剣が、片手でぶんぶん振り回せるじゃないか。斬れ味もグンバツで、練習用の岩を真っ二つに叩き斬ってしまった。今までじゃ考えられない力だ。オレ自身が強くなったと錯覚してしまいそうなほどだった。確かに、これさえあればチャンスを得るのも容易いだろう。…行列も頷ける。


 この剣に一目ぼれだった。剣とは女と同じだ。一期一会で、その時にモノにしなきゃ永遠に手に入らないことが多い。だから全力で金を出す。


 店主らしきドワーフに金貨二枚を叩きつけて、剣を要求したが、くれたのはしかめ面だけだった。


 「良い剣だろう。それは人気商品の中でも顔の品…しかも領主様のお墨付きだ。ミスリル合金に最高のアシスト性能…金貨200枚だ。びた一文まけない。だいぶグレードは落ちるが、エルフが打った数打ちでよければその値段でも良いぞ」


 値段を聞いて唖然とした。200枚?桁が二つ違うんじゃないか。剣ごときで頭がおかしい値段設定だ。


 眩暈がした。客層を見てもオレみたいなのはゴロゴロいるが、皆羽振りが良い。ここに居れば稼ぎは担保されるのか。それなら尚更、数打ちなんて使う気が起きない。


 「数打ちなんて、オレがそんなもん使うかよ。駆け出しじゃないんだ。あの剣を使いたい」


 「そうかい、せいぜい野垂れ死にしないこった」


 ドワーフは気にも留めず、他の客の相手に移る。


 他の客は、寝る間も惜しんで貯めたという額で、槍を買っていた。金貨を50枚も出している。ドワーフも店員も、おめでとうございますと、拍手を送る。…客は家宝のように槍を受け取っていた。


 武器ひとつで大袈裟な。


 気に食わない。


 すぐに店を出て、残りの店舗も回った。だが、どれも値段設定が強気すぎて手が出なかった。オレはあの剣が良いんだ。あの剣以外もはや使う気すら起きない。全てを屠る全能感…あの柄の感触が忘れられないのだ。


 手っ取り早く金を稼ぐ方法がないかとギルドを回った。王都の仕事は比べ物にならないほど難易度が高く、報酬が良い。パーティーを組めば、一年くらいあれば…あの剣をこさえるだけの貯金がギリギリ貯まるかもしれない。だが、どう考えてもあんな良い品は一年も買い手がつかないなんてことは無い。すぐ手にしなければ、もう二度と手に入らないのは馬鹿でも分かる。


 手っ取り早く稼げる方法を調べまくった。


 …どうやらカジノとやらが、大金を得られる可能性を秘めているらしい。


 オレはすぐに朝からカジノとやらに向かい、列に並んだ。店の横では『コインを下さい』『お恵みを』…と、乞食が居座っている。オレはこんなことにはならない。


 カジノに入ると煌びやかな施設と、刺激的な服を着用した獣人の女に目を惹かれる。


 「王様になった気分だ…」


 一通りの説明を受けて、ルーレットをチョイスした。


 オレの対戦相手は、魔導士っぽい恰好をした女だ。


 「よろしくね」


 「あぁ…」


 掛け金の銀貨20枚を試しに黒の数字にベットする。魔術師の女は赤の数字だ。


 運が良かったのか、なんと一発で当たった。掛け金は金貨2枚になって戻ってきた。銀貨20枚ぽっちが、オレが必死こいて貯めた金貨と同額になって返ってきたのだ。


 「へへ……へへへ、簡単じゃないか。こりゃすげぇ」


 「あら…やるわね」


 「次だ。次のゲームだ」


 気が大きくなっていたのか、金銭感覚が狂ったのか。オレは金貨3枚をベット。女も挑戦的に同額をベットした。


 そして運命の歯車は止まり…


 「まさかだろ…」「あら…運が良かったみたいだわ」



 オレの金貨は全て女の方にいってしまった。…負けた。



 カジノを出て、手持ちを確かめる。何度見ても……金貨一枚。


 おかしい、こんなの絶対におかしい。


 金貨を増やすどころか、全財産の半分になってしまったぞ。



 起死回生のチャンスを得るしかない。だがカジノはダメだ。何か、何かないか。



 あてもなく道を彷徨うと、大通りで小汚いノームがビラを配っていた。受け取り内容を見てみる


 「ん…?ゴブリンレース?…魔物を走らせて競わせるゲームか」


 ノームは元気よく答える


 「ウヒョヒョ…!貴方みたいなへんちくりんでも、金持ちになれるかもしれませんねぇ~ウヒョ~!!」


 なんだこいつは…もっとまじめに仕事をしてほしいものだ。まあいい。


 これならば目利きさえあれば勝てるだろう。運の要素が少なく済むはずだ。オレってば冴えてる。


 会場に到着。ここでオレは起死回生の男と呼ばれることになるだろう。


 ゴブリンレース会場も、カジノに負けず劣らずで熱気と活気にあふれていた。なんでも今日は有名なゴブリン同士のバトルが見られるらしい。どちらもレートは1、1倍。勝っても10%しか持ち金が増えない。……それじゃあの剣は買えない。


 オレはなけなしの金貨で美味しそうな売店で飯と飲み物を調達し、残りの所持金の銀貨99枚を倍率が100倍という超高レートのゴブリン『ズットロクバン』に賭ける。


 レースが始まると、客の怒号とゴブリンの全力レースに度肝を抜かれた。


 途中から自分が賭けていたことも忘れて、1位と2位の争いに大声で応援している自分がいた。


 レースが終わり、やがて理性が戻る……『ズットロクバン』はずっと6番だった。


 オレの全財産が0になった瞬間だった。



 あれ…おかしいな…金貨2枚が金貨1枚に…そしてやがて0枚になったぞ。



 そもそもオレはここに何をしに来たんだ。…そう、冒険者としてチャンスをつかむためだ。決して観光なんかじゃない。


 だが持ち金は0で、今日泊まる場所や食べるものすらない。まずは食うものを調達せねば生きていけない。俺はカジノの入り口に行き、乞食の列に混ざった。


 「コインを下さい」


 そこから転落するのは早かった。


 乞食のツテで盗賊ギルドに入り、路銀を稼ぐ日々。最初に感じた罪悪感など次第に薄れていった。


 気がつけば、自分のシマを任されるくらいには認められていた。


 冒険者なんて夢だけで割に合わない仕事なんて、やるなんて馬鹿らしくなっていた。Dランクの仕事なんてたかが知れている。


 思い返せば、この町だって悪いと思う。オレは純粋に強くなりたくて、ここまで命がけでやってきた。それなのに、武器は超高額で、数打ちしか買えない。カジノはココ一番で当たらないし、ゴブリンレースも賭けた奴はずっと6番だった。全部町が悪いのだ。オレは悪くない。だから、オレは許されるべきだろう。


 * * *


 思い老けつつも、目の前のポーションの勘定を終える。しめて銀貨30枚程度


 「シケてるな…さてさて…明日はどんな奴を騙してやろうか…」


 足音もなく、突然背後から声がした


 「やぁ、初めまして。おじさん」


 「な…」


 振り返ると、黒い服を身に纏った存在がそこにいた。目つきだけで人を殺してしまいそうな、堅気とは思えない雰囲気をしている。一目で始末屋だと分かった。


 「お前ら!始末屋だ!対処しろ!」


 だが…返事はない。おかしい、このような始末屋を対処するために雇っていた暴漢共が現れない。


 青年はくすくす笑っている。少年のような仕草だ。


 「無駄だよ。全部死んでる。活人剣を使ったけど、戻ってこなかったんだ。可哀想に……」


 意味の分からないことを言う青年は、自らが殺めたとは思えないほど他人行儀だ。この手の殺し屋は頭のねじが外れていることが多い。まともに相手をしていたらダメだ。


 「馬鹿な…アジトにはオレの他に数十人は居たはずだ。気付かれずに殺すなんて、ハッタリだ」


 「…」


 青年は肩をすくめる。見に行って確かめればいいと、言わんばかりに。


 急いでアジトを回る。恐ろしくも頼もしい暴漢は、皆泡を口から出して死んでいる。中には毒まで使われている者も…生かすつもりなんて、毛頭ない苛烈な外傷を負っている者もいる。だが、どれも致命傷には至っていない。だが、死んでいる。奇妙な死に方だ。


 「なんてひどいことしやがる。拷問の魔道具か何かを使ったな」


 青年は驚いた表情を見せる


 「ひどいこと…?それは…何かの冗談かな?驚いたよ。これほどまでに…これほどまでに清々しい奴がまだ居るんだね…クククク……アハハハ。君の奪った商品は、紛れもなく商人たちの魂と信頼の証だろう」


 「なんのことだ、さっきから意味の分からないことをいうな」


 青年は気にせず独りよがりで話続ける


 「君がしてきたことさ。お兄さんなら許してしまうと思うんだ。だから君はここで裁かれなきゃならない。でも、最後のチャンスをあげる。ここは希望の町だ。だから、痛みの中で、本気で更生できたら生きて戻れるようにしてあげよう。でも、死んだほうがマシに感じるかもね。戻ってきた人は…今のところ1人にも満たないけど…ククク」


 よくわからないが、この青年は今スキだらけだ。


 ナイフを懐から取り出し、飛び掛かる。


 視界がぼやける。今までいたところに、青年がいない。背後から一声、青年の声だ


 「[アンジュ・エ・ディアーブル]」


 経験したことのない痛みという痛みに、意識の全てが上書きされていく。


 そこでオレの意識は途絶えた。



 * *



 ターゲットの詐欺師が泡を吹いて倒れている。活人剣を受けた者は、外傷で死ぬことはないが、痛みに耐えきれず、大概が絶命に至る。痛みよりも更生の意識が強く上回ると、痛みが止む仕組みだ。あまりにも理不尽な武器である。


 だが…今まで生き残った人は今のところ無し。


 「今までやってきた詐欺の分、活人剣で斬った。傷の痛みは本来の40倍ってところかな」


 痛みで唸る詐欺師からまともな返事は無い。


 これでこの町に出来上がったという新盗賊ギルドはひとつ潰れた。


 ここ最近のソード・ノヴァエラは成長めざましい。ただしそれは、同時にトラブルの件数も増え続けることを意味する。ここ最近は特に闇ギルドの動きが活発で、今まで一人でやっていた暗部はフォノスひとりじゃ隅々まで目がいかなくなっていた。


 このギルドも、本当であれば芽が出た時点で潰しているはずであったが、対処が遅れてしまった。


 フォノスの日課であるコボルトもどきのクリュとの散歩も満足にできていない。最近はお兄さんの屋敷でぐーたらしているらしいが、やはり少し寂しい。


 何よりもお兄さんとクリュを交えて遊ぶ時間を捻出したいというのが本音であった。


 「暗部の組織化……やってみようか」


 フォノスが真っ先に思いついたのは、町の巨大化に伴う暗部の組織化…いわゆる彼の理想に同調できる『同士』を探すことだった。


 これが、フォノスの想定以上に大きな組織になるのだが、まだ彼が知るところではない。



 ***



 余談


 活人剣のダメージを受けた詐欺師は、フォノスがギルドの場を去った後、まさかの更生に成功。死ぬほどの痛みを受けてなお、反省したいという気持ちが勝ち生き残った。


 活人剣の裁きで生き残った、地味に初の事例である。


 死屍累々のギルドで一人、更生することを誓った彼は、被害者一軒一軒に謝罪と商品を返却して回った後、自警団のお縄についた。


 被害が軽微であったことと、商人たちが情状酌量の余地を与えたところから、すぐに釈放となった。彼は本来の夢であった冒険者へ戻り、意外なほど活躍することになるのだが……


 それはまた別のお話としましょう。



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