征伐編 9話
ルールブックの力で仲間を強化したり、戦う相手をある程度コントロールすることで、このTRPG世界のあらゆる理不尽に抗ってきた。しかし、身内の喧嘩をやめさせるような能力があるわけではない。俺がコントロールできるのはあくまで能力値であったりクラスチェンジさせることくらいだ。『仲裁』…そんな能力があればどれほど良かったことか……
ドワーフ共は良くも悪くも『頑固』である。特にアイテムや武具の製作に関する情熱が輪をかけると相手が悪魔だろうが魔王だろうが一歩も引かない。彼らにとって鍛冶とは命そのものなのだろう。だから俺が立場を使って言い聞かせても根本的には解決しない。納得するまでやらせるのしかないのだ。
「どうです、サトルの旦那。これが自警団に相応しい剣だ。最近打った在庫の中では一番の出来さな」
ラグナ重工の番頭ドワーフは、俺の前にどかっと大剣を机に置いた。その重みで机がギシギシ軋む
「剣なら負けぬ。魂を込めた一作だ、サトル殿。ミラージュの在庫で最高品質といっていい」
ミラージュの番頭ドワーフも負けじと細剣を丁寧に並べる。陽光を反射する刀身が美しく輝いた
料理番組の審査員のような構図で、俺は何故か品評する立場にされてしまった……。いやしかし、目の前に武具を並べられても俺のようなシロウトには何をどう判断して良いかの判断すらつかない。剣って斬れれば良いんじゃないのか。クロスボウの扱いにしか心得がない俺に、近接武器の良し悪しなど知りようもなく。
しかしながら、ドワーフ共はもはや何等かの形で決着がつかなければ収まりがきかないだろう。素人判断でやるしかないか…?
ひとまず目の前に出された武具を手にとってみる。まずはラグナ重工の番頭が打った大剣…持ち手を取った段階で、その軽さに驚く。これほどごつい大剣だ…普段から筋トレでもしてなければ数センチも上がらないような鉄塊。それが片手で上がってしまった。
からくりはイミスのゴーレムだ。これが武器に内包されており、装備者の動きをアシストしている。ソード・ノヴァエラでしか買えない所以でもある。プロトタイプに比べて、さらに軽くなっている。
「すごい、これがゴーレム武器の最新型か…こんな大きな大剣をぶんぶんと振り回せると楽しくなってしまうな」
「さすがだ、旦那。分かっているな…男は黙って大きくて重い武器だ」
ラグナ重工の番頭は何度も頷いた。
(改めて、ゴーレム武器の規格外さを感じるな…)
TRPGでは適性クラスには対応する適性武器がそれぞれに存在する。たとえば、戦士であれば最初からロングソードをうまく扱うことができる。適性が無い者に比べて高い攻撃力を得られるのだ。
対して、適性がないものを身に着けてしまうと、動きや性能に大幅なペナルティを負ってしまうのだ。これはTRPGにおける不文律であり、この世界においてそれも健在であった。
その裏付けとして、ほとんど全ての武器に適性を持たない俺がロングソードなどを使用しても、うまくいかなった。…もちろん武器を扱う技量的な問題もあるが…。
このゴーレム武器は、適性という概念を覆すほどのアシストを持っている。ゴーレムそのものにクラスを付与することで、適性があるものとして扱うことができるからだ。パワーそのもののアシスト、そしてクラスのアシストがある。この恩恵は大きい。
ミラージュの番頭も焦ったように細剣を手渡した
「サトル殿、判断するにはまだ早いですぞ」
大剣を置いて、細剣を装備してみる。手に取ると、大剣にあったそこそこの重量すら感じさせない、まるで羽のような軽さだった。例えるなら大剣が2リットルのペットボトルの重量なら、これは500ミリペットボトル。手足のように扱えるそれは、武具であると考えると恐ろしい性能だ。
「か、軽い…!?」
ミラージュの番頭はニヤリと笑みを浮かべ指す
「そいつは、軽さだけじゃねぇんです。斬りはらってみてくんな」
「あぁ、分かった」
細剣を斬りはらうと、追撃するように風の魔力が剣の軌道をなぞる
「風魔法が付与されているのか!?…まさか、魔剣か」
ミラージュの番頭はゆっくり頷いてさらに口角を上げた
「扱いやすさを追求すれば、破壊力では奴らには勝てぬ。だから魔力で補う。合理的さな」
どちらの武具も番頭に返し、両手を組んで考える。
「二人共、素晴らしい武具だったよ。試させてくれてありがとう」
(たしかにこれは凄い…だが)
俺は二人を見つめる。
番頭たちは顔色を伺いつつも、自分の武具が負けるとは全く思っていないような自信を見せている。
月並みな考えかもしれないが、どちらの武器も良い所があって、短所だってあると思った。全ての環境下において優れている武具なんて存在しない。一概に、この武器が全てにおいて優れていますなんて言えるはずがないのだ。環境、状況、扱う人…様々な要因によって『優れている』という結果は変わる。どんな状況でも、どんな時も、どんな人も、扱える道具?そんな都合の良いものが存在するなら、武器や防具に『種類』なんて無くなっているはずだ。ずっと昔に沙汰され、淘汰されるはずだ。武具にだって、それぞれの良さがあり、それを生かす人がいる。だから『使い手』と名乗れる偉人が誕生するのだろう。…それだけは素人の俺だってわかること。
(だが、何かしらの落としどころは必要だよな。この軋轢を生んだのは俺なのだから)
ひとつ頷くと二人に話しかける
「わかった。判断を下そうと思う」
ドワーフの番頭たちは固唾を飲んだ。
「二人とも、聞いてくれ。……この町の開拓を始めたとき、施策で作ることになった革新的なゴーレム武器だけど、今となっては、この町では無くてはならない産業になったと思っている。そして、二人はその製作に携わる中心にいると思う。……短い期間でここまで昇華させたこと、本当に素晴らしいものだよ。形にした二人は称賛されて然るべきだとも思う。試させてもらった武具は、どれもスターリム中探しても、ここで作る以上のものは存在しないはずだ。現状はね」
二人は満足気に頷く
「だけど、このままじゃきっと進化は止まる。称賛された技術も、二人の辿った苦難の変遷も、四苦八苦した日々も無駄になってしまう」
そして困惑顔に豹変する
「どういうことじゃ!サトル殿!」「まだ技術が足りんかったか…?」
「ちがうよ、二人が目指した道が、それぞれ正しいもので、同時に認め合うべき技術だって改める必要があるって話さ」
「ちっとも話がみえんぞい」「結局どっちが上なんじゃ!」
ドワーフ共はやんややんや言って顔を赤くする
「そうだね、二人には…いや、ラグナ重工の番頭とミラージュの番頭には、『共同合作』で対応してもらうことにしたよ」
「なんじゃてー!」「じゃとーー!!」