征伐編 8話
「サトル様、こちらです」
自警団の竜人が指す先…商店街エリアの大通りには、人だかりができていた。ラグナ重工とミラージュの喧嘩騒ぎは日常茶飯事だったが、今回は今までとは比べ物にならない。店を任されたドワーフ…言わば鍛冶の最高責任者にあたる番頭同士が大通りに出て罵りあっている。
ドワーフの後ろにはそれぞれの店で贔屓にしている冒険者たちが集まり、半ば派閥間の争いのような体を示していた。冒険者たちも、自身が使っているブランドが一番良いのだと張り合っている様が見える。
俺が自警団に案内されて到着した頃には、関ヶ原の戦いよろしく、今からラグナ重工とミラージュで合戦でもするんじゃないかっていうほどの熱量だった。
人混みをかき分けて、騒ぎの中心入る。カルミアも一緒だ。
そこには額をぶつけて睨みあう二人のドワーフと、それを仲裁しようと試みているエルフ。
エルフには見覚えがあった。たしか、名前はヘルゲ。サリーのお父様…サリヴォル・ジロスキエントからのお願いで、こちらにホームステイ中の男の一人だ。鍛冶が得意だったということで、それぞれの鍛冶場を持ち回りで勉強させているところだったはずだ。
「ちょっと、オカシラたち、そろそろ矛を収めてくださいっすよ~…」
ヘルゲは両者を諌めるように言うが、状況は好転せず…
「はぁ…ダメっすね~」
肩をすくめて金色の短髪を乱すように頭をかくと、ポケットから小さな葉っぱを取り出してガムのように噛む。彼の眠そうな目がこちらに向くと、俺に気がついたのか手をふって挨拶をしてきた。
「あ…!サトルのセンパイ!久しぶりっす~」
俺の名前を聞いたドワーフ番頭の二人組は、取っ組み合いをやめてこちらに目を向けると、バツが悪そうに拳を解いた。周りの冒険者たちも、領主である俺と、右腕として知られるカルミアが現れたことで一層ざわついている。
「やぁ、久しぶりだね。…それにしても、一体何事だい?」
「あ、この状況っすか。それが聞いてくださいっすよ~。どちらの武具がより大仕事に相応しいかって言い争いしちゃって、どうしようもなくなったんすよ~。朝から『サトル殿が自警団の武具を発注するらしい』って噂があちこち飛び回っているせいっすねぇ…」
ヘルゲはどこか他人行儀な目配せをして葉っぱを噛みだした
(…え!俺のせいなのか!?噂流れるの早すぎない!?)
赤いエプロンをつけたドワーフの番頭が付け加えるように言った
「今回の仕事は、そんじょそこらの仕事じゃねぇ。サトル殿の、それも町の武力の象徴である自警団の装備を作るっていう大役だ。この仕事を取った武具屋が一番であり、町の顔になるってなぁ話は必然だろうさ。そして町には深紅と重装備が似合う。ちゃちで貧相な武具ばかりのミラージュの出る幕じゃねぇんだぁよ」
それを聞いて、青いエプロンの番頭ドワーフも言い返す
「町を警備するってことは、常時その武具を身につける必要がある。バカみてぇにでかくて重い鉄の塊なんぞつけてたら業務にならねぇだろう。ミラージュが提供する武具は携帯性、利便性を突き詰めているから自警団の装備にはピッタリなんだって。バカばっかりの頑固者には分からんだろうがな」
「なんぞ…もう一度言うか」
「互いさまでぇろうがぁ」
また性懲りもなく取っ組み合い、頭突きを始めるドワーフ
「あ~あ~…サトルセンパイの前でそんなみっともないっすよ~」
先ほどの景色に逆戻りだ。
カルミアがジト目でこちらを見ている
「サトル…どうする?全員捕まえる?」
彼女ならそれも可能だし、問題はすぐに解決するだろう。だが、それじゃ根本的には変わらないし、また喧嘩を始めてしまう。
「い、いや…それはまずい。少し待ってくれ」
武具の思想をあえて分けた段階から、こういった状況はある程度想定していた。だが想定以上に軋轢が深くなっていた。ドワーフがそれぞれの仕事を持ち回りから専属に希望したあたりから、武具に対する思想が明確に変わってしまったんだ。
畑を分けることのメリットは大きいが…これじゃ内乱化待ったなしだ。フォマティクスの動きが活発な状況で内輪揉めはマズイ
どうするか考えていたところ、ヘルゲがポンと手を鳴らした
「あ!良いことを考えたっす~!武具屋なら、暴力じゃなくて武具の良しあしで判断すれば良いんっすよ~。二人のゴーレム式武具の出来を、サトルセンパイに判断してもらえば良いっす~!」
(おい!ヘルゲ…! 余計なことを言うんじゃありませんっ!)
だが時は既に遅く…それを聞いたドワーフ共は取っ組み合いをやめてハンマーを持ち出した
「おう、そうじゃ。それが手っ取り早い。結局のところ、我らの言葉は作品に宿る。それを見て判断してもらうが吉。領主様の決めたことなら、往生際の悪いお前でも納得するだろう、ミラージュの?」
「ふん…往生際が悪いのはお前の方だ。最初からミラージュが選ばられることは確定している。せいぜい泣きべそかいて諦めるんじゃあなぁ。ラグナ重工の!」
冒険者たちも声をあげて、自分の武具屋を応援している
俺の声をかき消すほどの盛り上がりで、半ば祭り状況。…どうしてこうなった
ちなみにオーメル・テクノロジーは武具が暗器や義手など、我が道を行くスタイルなので、今回の騒動には関せずのスタイルを貫いているようだ。