征伐編 5話
俺の周囲には木々の化け物。最初から俺を囲い込む想定をしていたかのような準備の良さだ。…ただし、それは俺にだって言えることだ。単独行動をする以上、ある程度の危険には対処できるように準備を整えてきたのだから。
戦闘用に持ってきたものは、クロスボウと攻撃、回復のポーション各種。切り札用のパーツと攻撃魔法を込めたスクロールだ。
まずは群がる木々たちに向けて、サリーお手製のレッドフェイスポーションを投げつける。魔物避けにと幾つか多めに持ってきていたのが良かった。がむしゃらに投げたが、当たらなくとも恐ろしい刺激臭で驚かせることができる。
先頭にいた敵一体にヒットすると、そこから強烈な刺激臭と煙がたった。骨だけにしてしまうポーションは木にも効果抜群だったようで、次第にメキメキと音をたてて縮れていく。そんなお仲間の姿を見て、後ろに続くトリエントたちは浮足立った。その間にクロスボウでけん制しつつも、レイ・オブ・フロストで例の砲を作り上げる。
(除草剤もビックリな性能だな…あれを生身で浴びたくないものだ…サリー様ばんざいっ)
ドライアドは罵声を浴びせるように指示を出す
「怯まないで!」
彼女の指示の強制力は凄まじく、恐怖の色を見せていた魔物はすぐに立ち直ってしまった。
トリエントは仲間の屍を乗り越えて、俺を飲み込もうと数で迫ってくる。どうやら彼女の指示は同族の感情すら塗りつぶすようだ。
(けん制して逃げる手は使えないか…ならば)
だが、最初で作った時間で準備は整った。俺の手元には出来立ての砲がある。各パーツを魔力で組み合わせ、竜の砲撃を放つ……。現状、俺のまともな攻撃手段にして切り札だ。これを受けて無傷とはいかないだろう。
「ドラゴン・ブレス・ソードオフショットガン…装填!」
何度も練習したためか、準備にそこまで時間は要しなかった。あとは充填して当てるだけ
バックステップで距離を取りつつもブレスの魔力を砲に込める
トリエントはもう目の前だ。砲を前方に構え、衝撃に備えた。
(充填完了…)
「いくぞ…[ファイア・ブレス]!」
途端に収束した魔力が砲のバレルを爆砕しながらも指向性をもって放射された
俺は衝撃で後ろに吹き飛ばされる。当然、手元の砲は跡形もなく砕け散った
「…!?」
トリエントの巨体を押し返すほどのブレスが前方を灰燼へと焼き尽くし、そのままドライアドまで到達する。彼女は咄嗟に何体ものトリエントを防御に使い、自らは大樹へと退避。
(回避されたか…)
前方に群がる全てのトリエントは退治できたが、ファイア・ブレスのディレイは一日に一度が限界だ。短時間で連続使用しても実用に耐える火力は出ない。できることならダメージを与えてから退路を確保したかったが、奴には回避されてしまったか。
体を起こしてクロスボウを構え、ドライアドが潜り込んだ大樹へ放つが、蔦がそれを払った。ドライアドが顔を出すが、その形相は鬼のように怒りに染まっている。
「森を…壊したな……大樹を…燃やしたな!」
ドライアドが依り代にしている大樹は少し焼け焦げているが、まだ生きることはできそうだ。
しかしながら、自ら襲っておいて燃えたら逆ギレとはとんだ当たり屋である。
「命を守るためだよ。君はあまりにも極端だ。話し合いの余地を持つべきだよ」
「うるさい…黙れ…! そうやって人間はいつも身勝手にふるまい続ける…それがたまらなく、許せないんだ!!人間ごときが、森を、これ以上傷つけるな!……キメラ!」
ドライアドが大樹から出てくると、先ほどとは違い禍々しい杖を所持している。杖の先端には見覚えがあるどす黒いオーラを放つ石。杖を天に振りかざすと、魔法陣が出現する。
(あれは……デオスフィア…!?なぜドライアドがフォマティクスの技術を持っているんだ)
カルミアと一緒に討伐した、瓜二つのキメラが目の前に召喚された。百獣の王を連想させる顔と体つき、尻尾は蛇で、羽が生えている。そして何よりもでかい。ロングソード程度では致命傷を与えるのは難しいか。
外傷がないため、あの時逃がした個体とは別物だろう。共通点と言えば、背中に不気味な装置をつけており、目は白目を剥いて、完全に理性を失っているところくらいだな。
「これを一人では…さすがに…厳しいか」
歯を食いしばってキメラを見上げるが、圧倒的な体躯の差に後ずさりしてしまう
それを見たドライアドは悦楽した表情で杖を振り下ろす
「フフフフ…いくら英雄とはいえ、一人でここまでの数の魔物との連戦、そしてキメラを相手じゃ旗色が悪いようね。もう、謝っても遅いのですよ。森を傷つけた罪は、その身で償ってもらいます。貪り食われ、せめて土に還り還元なさい……キメラ!」
「ガァアアアアアア!!」
強い咆哮が辺りに響き渡る
ファイアブレスは使えない。こいつに対抗できる攻撃手段と逃走手段がない。奴の右前足が俺の頭を引き裂くのは時間の問題だ。
(ここまでか……)
クロスボウを下げ、目をつむる
すると、空から聞き覚えのある声が聞こえてきた
「全く…お兄さんは、本当に、お人好しさんだね」
この声は…フォノス……!