征伐編 4話
「この場所は、始まりの地……私を生んだ大樹がそう教えてくれたのです。ここから、森が始まった。木の実を食したグレートワームが落とした糞から、やがてひとつの実りが生まれ、時間をかけて木から林、そして森へと……私もここから生まれたのだと」
聞いたことがある。ドライアドは住処や依り代として大元となる魔力を宿す木から生まれる。依り代から物理的な距離が近ければ近いほど、彼女は大きな力を使える。遠ざかると、その力は弱まっていくという。大樹とドライアドは一心同体で、木が膨大な魔力を宿してトリエント化することも。大樹が生きている限り、ドライアドが死ぬことは無いと言われている。俺の知っている知識と照らし合わせて考えれば、今目の前にある大木がそうなんだろう。
「そして、この遺跡は、かつて自然を愛した者たちが作りあげた崇拝の証明です。…とても素敵な場所でしょう。私を生んだ大樹のまた先祖。気の遠くなるような時間をかけて、崇拝者が森を育てました。魔力を持つ植物でも長命なものは珍しく、ここまで育った木々は周囲に様々な恵みをもたらします」
「えぇっと…恵みって?」
「…水を浄化し、実りをもたらし、腐敗を正常化し、森のサイクルを健全化させる。…簡単に言えば、森が森でいられるため、より良い環境を作る役割を担っているということです」
ドライアドの行動規範は至ってシンプルだ。いつだって考えの根本には森の守護にある。
「…森に住まう者にとって、生きていく上では無くてはならないもの…ということですね」
「分かっていただけようですね。……ですが、大きな魔力を宿すということは、大きな力を与えることができるということの裏返しでもあるのです。…残念なことに、今日に至るまで、このような大樹は見つかり次第に伐採されてしまう運命にあります」
「…」
ドライアドは魔力溢れる大樹に手を触れ、目を閉じる
「魔力を宿す物質は、往々にして、人族の良質な武具の素材になるそうです。このせいか、大概の大樹が冒険者に伐採される運命にあるのです。このような大樹から生まれた杖などの武器を欲しがる者は。この場所も開拓が続けば、発見されるのも時間の問題でしょう」
「それは…問題ですね」
ドライアドがつむった目に力が入るのが分かる
「問題どころでは無いのです。私たちにとって魔力を持つ木とは水と同等…いえ、それ以上の価値ある資源です。森に命を芽吹かせ、魔力を生み、自然を育む。大切な役割を持っています。それを、人の勝手な都合で奪われ、自然を殺す」
話が見えてきた。ドライアドはきっと共生を望んでいるはずだ。
「状況は分かりました。できることはすると、約束します。冒険者たちには、ここには手を出さないように手配しましょう。開拓もこちらには伸ばさずに―」
ドライアドは俯いて聞いていたが、制止するように言葉を被せ、こちらに振り向く
「できることはする。その言葉はうれしく思います。貴方は私の声に耳を傾けることができる珍しい人族なのだと思います。ですが、森の寿命は人には考えられないほど長い」
「…!」
「貴方という抑止力を失った人が真っ先にすることは『力』を求めることです。貴方は実際に約束を守るでしょう、ですが、貴方が天命を全うした後はどうでしょうか。貴方の言葉を、貴方の意識を、貴方の覚悟を、守り続けられるという保証は、どこにあるのでしょう」
ドライアドは、俺が死んだ後のことを言っているんだ。
「…それは、……お約束できません」
良い答えを最初から期待していなかったのだろう。ドライアドの表情は変わらない
「人族は常に争いの歴史を作り上げてきました。今、あなた方が行っているスターリムと、フォマティクスの醜い諍いもそう。そして、貴方の言葉が敵国の制御に役立つこともないのです。故にティーフリングやエルフは人を争う生き物だと揶揄します」
根深い問題を引き合いに出しても、俺が今、彼女にしてあげられることはない。
「その問題と、俺をここまで呼び出したことに何の関係があるのです」
ドライアドは申し訳なさそうに提案する
「ふたつほど……私から提案できることがあります。ひとつ、フォマティクスとスターリム、両国を再起不能になるまで、貴方の力をもって完全に『解体』すること。人は原初に立ち返り、自然を崇拝し、理解し、歩み寄ることができます」
(国を落とせと……論外だな)
「…悪い冗談ですね」
「私には、それを手伝うことができる用意があります。」
「…」
ドライアドは本気で言っているようだ。
森の風がささやく 沈黙が続く
「…もうひとつは?」
「貴方が森の横に生み出した領地を解体することです。これが最大限の譲歩になります」
ソード・ノヴァエラのことだろう。スターリムから領土を任されたが、あくまでそれは人間の判断基準の領土だ。ドライアドからしてみれば、長らく住んでいた森に、突然見知らぬ人たちが住み始めたような感覚なのかもしれない。だが、そういった事情を汲んでも簡単に、はいそうですかと受け入れられる申し出ではない。フォマティクスとの戦争が控えている状況で領土を解体したとしても……
「ドライアドさん、ふたつ目の提案は、フォマティクスが同じことをやるきっかけを与えるだけです。俺たちが仮にソード・ノヴァエラを手放しても、彼らが豊富な資源を求め、同じ場所に町を生み出すでしょう。それは今よりもずっと強引な方法かもしれません」
ドライアドは少し苛立ったように態度を変える
「最大限の譲歩と言ったはずです。それならば、ひとつめの提案を受け入れてもらう。それと、フォマティクスは現状この森に手出ししない」
(なぜ言い切れる…)
「…断ったら?」
「断るのですか?」
「………すまないが、それは受け入れられない。俺はソード・ノヴァエラを、誰しもが居場所だと思える場所にしたいと思っている。もっと別の案を一緒に考えよう。例えば―」
ドライアドは優しそうな笑顔と喋りでゆっくりと言った
「フフ…、そうですか、そうですよね。分かりました。…話し合いの余地はありません。森に仇をなすならば、貴方には、消えてもらうだけですよ。そして、もう一度同じことを繰り返すだけです。蛮族王のような傀儡が生まれるまで、ずっと」
「……え?」
ドライアドが指をならす
地鳴りが起き、次々とトリエントが地表から現れる。ドライアドと俺の二人だと思っていたこの地点は、あっという間に数十という魔物に囲まれてしまった。
「……これは、なかなかマズイ状況だな」
「大丈夫、次はもっとうまくいくから。サトル様、せめて森の養分におなりなさい」
ドライアドが俺を指すと、トリエントが群がってきた