征伐編 3話
少々過剰な自衛手段も確立できたし、余程の事が無ければ問題にはならないだろう。これで道中の魔物たち相手程度では苦戦しないはずだ。
「準備よしっと…あとはバレないように……」
もしもの時のためのポーションと食料、クロスボウと最低限の装備を着込む。
困っているドライアドをこれ以上待たせるのは申し訳がない。指定された場所へ一人だけで向かうつもりだ。
彼女が示した『始まりの地』に向かうため、抜け出すように夜の時間帯を狙って町の外へ出た。今頃皆はぐっすり寝ている頃だろう。
パーティーの皆から一人行動の許可をもらったわけじゃないが、これ以上待たせて取り返しのつかない事態になったら…と思うと居ても立っても居られなくなったのだ。
(皆…ごめん。俺、あの子を放っておけないよ)
あとでしこたま怒られるだろうなとは思いつつも、足は勝手に森に向かっていってしまうから不思議だな。
彼女が指し示した方角は、ソード・ノヴァエラ領内だが完全に未開拓地のポイントだ。基本は獣道で、巨木や背丈の高い植物の影響で鬱蒼としている場所も多い。当然人の手は入っていないから魔物が出現する。
当然、王都近辺の魔物より強いが今の俺であれば勝てる。問題は場所だ…
「方角はこっちで合っているはず…」
具体的なポイントが示されたわけではないが、方角があっていれば問題無いはず。複雑な場所であれば、もっと具体的な手がかりを残す。そうしなかったのはすぐ見つかる見込みがあるからだ。…そうでないと困る。俺は方向感覚が狂わないように気を付けておけば良いはずだ。
* *
しばらく進むと町の喧騒も徐々に聞こえなくなり、虫と森のさざめきに置き換わっていく。
視界も自然の光のみでは心もとなくなり、足元が見えなくなった段階で魔道具性のランタンに光を灯した。
「さすが未開拓地だ…」
夜という視界の悪さも相まって、お化け屋敷を探索しているような恐怖感が煽られる。ちょっとした木々の窪みや、鳥か何かの声まで不気味に感じてしまうのはお約束というものか。
…
数時間ほど歩いただろうか 一人で向かったことを半ば公開し始めた頃
「ん?あれは……」
ランタンを顔の前に持っていくと、少し距離があるが遺跡らしき場所が確認できる。白っぽい石で造られた建物は苔むしており、長らく人の手が入っていないのは明確だ。少し妙なのは、その地点だけが木々に侵蝕されていないように見えることくらいか。
「盗賊の一人でもいるかと思ったが…杞憂だったか?」
一見、遺跡は罠の危険性は無さそうだ。ならずものが住んでいる気配も見られない。尤も、強い魔物が出ることで有名な我が領土の森で暮らすなんて無謀はできないだろう…。冒険者を除いて、ここでは数日持てば良い方だ。
遺跡は所々壊れているが、入り口まではオープンな設計だった。
入口付近に行くと、大きな錆びた鉄製の門、それを覆うように両サイドに大木が育っている。
大木は普通の木ではない。星の明かりに負けないほどに発光しており、夜を照らしている。大きな魔力を内包しているのか、発光した木々が脈動しているのが分かった。
「膨大な魔力を持った大木…エルフの世界樹以外では初めて見たな…」
魔力を持つ植物は多々あるが、これほどまでに内包しているものは珍しい。俺が旅を続けていた中では、サリーの故郷にある世界樹以来だ。
ドライアドは森や木々にルーツのある魔物だ。住むとすれば、こういった大木の可能性が高いがどうだろう。
「お~い、誰かいるか~?」
…
静寂の返答
ドライアドが示した地点はこのポイントじゃないのか。他にそれらしい場所がないため、ここ以外であれば日を改めて探索せねばなるまいが…
「ふむ…出直すか」
日も上がり始めた頃合いだ。そろそろ戻らないと仲間が心配してしまうかもしれない。
踵を返したところで、背後から声がした。
「お待ちください」
「え…?」
振り返ると、なんと…大木からドライアドが顔を出している。驚きと恐怖で大声を出さなかった自分が偉い…!
(一体どうなっているんだ…?)
一見、木に顔が生えているように見えなくもない。ホラーだ。
ドライアドはゆっくりと身を乗り出す。
(木の中を出入りできるのか…!)
「驚かせてしまってごめんなさい。…私はドライアド…ヒューマンのような個別を指す名前はありません。ただ、この森をずっと見守って生きてきた古き者です」
実体のドライアドはどことなく申し訳なさそうだ
「俺はサトルです。ずっと俺のことを呼んでいたのは、貴女で間違いありませんね」
「はい、私が貴方をここへ招きました。そして、やっと……出会えました。いきなりのことで、混乱を招いてしまったかと思います。私は森から長時間離れることができません。ただ、短い時間であれば、所縁のあるものを媒体に思念体を送ることができます。故にあのような手段で連絡を送ることしかできませんでした。ここだけは一種の賭けでしたが、貴方なら来て下さるだろうと思っていました」
(所縁のあるもの……ドライアドにとって所縁あるものなんてソード・ノヴァエラにあっただろうか……それよりも先に問題を聞いておくか)
「気にしないでください。それより何かお困りのことがあったのかと。そちらを最優先で片づけましょう。色々聞きたいことはありますが、同じ地に住まう者として協力できることがあるはずですから」
ドライアドは一度頷くと短い感謝を告げ、話を続けた。