領主編 137話
輝く球体はふわふわ漂い、俺たちの前で静止した。一際大きな光を放った後、その球体は人の姿に変えた。髪はショートカット、目と同じで青く、肌は雪のように白い。目つきが鋭く、どこか勝気な印象を与える佇まいだ。こんなに寒いのにも関わらず、薄い着物のような服。手には霜が溢れ出す杖を持っている…寒くないのだろうか。精霊だから平気なのか…不思議である。リンドウが契約したフォティアもそうだが、大精霊は人の姿をとる傾向でもあるのか。
彼女が地に足をゆっくりとつけると、その場所だけが氷漬けになる。周囲は更に温度が下がった気がする…
「丁度良い条件が揃ったから約束通り、来てあげたわよ!」
(約束も何も…大精霊が終始、一方的だったような気がするが…言えば藪蛇なのは確実だろう。ここは穏便にお帰りいただこう!しかし丁度良い条件とはなんだろうか)
俺は片膝をついて深く頭を下げ、称えるような仕草をしてみせた
「ははぁ…感謝を捧げるための雪像も一生懸命作りましたぁ…!」
彼女は渋い顔になった。どうやら気に食わなかったらしい。予想通りだな!
「あんな粗末な依り代、使えるわけないじゃないの。だからこうして、アタシ。セルシウス様が直々に姿を見せてあげることにしたの」
ビシっと氷の杖で俺を指す。片腕は腰に組んで、とても偉そうである…
どうやら、彼女の名前はセルシウスというようだ。
「…しかし、なぜセルシウス様は二度もお姿を?」
儀式の影響がまだ残っているとはいえ、正式な手順無しに顕現するのは契約を除いては困難だろう。あえて俺の前に何度も現れる理由が分からない。
「そんなこと決まっているわよ」
(決まっているのか…)
口角を上げて腕を組む。手から離れた杖はふわふわ空中を漂っている。
「まずは、このアタシを称えるために作られた、この町を悪党から救ってくれたことを、アンタに感謝するためよ!アンタたちがいなければ今頃、町中ノームの顔の雪像だらけにされていたところよ。アタシを称える町じゃなくなってしまうとこだったってワケ。ホント、最悪な景色だったわ」
(彼女の中では自身を称えるための町ということになっているようだ。そして全然感謝しているように見えないぞ)
「は、はぁ……ですが、それだけであれば祭りの最中で済ますことができたのではないのでしょうか?何か他に目的があるとか…」
セルシウスは鋭い目つきを更に鋭く細めた
「アンタ、間抜けそうな顔しておいて意外と良いパーセプションをしてるのね」
「ま、まぬけそうな顔!?」
褒めているってことでいいのか!?
彼女は気に留めず、後ろ髪を撫でて話を進める
「そう、それはあくまで建前よ。感謝を言葉にして伝えるだけであれば、確かに祭事で済んだこと。雪像の形だって、心が込められていればなんだって良かったわよ。アレはやりすぎだけど……それにしてもアレはなんだったのかしら。ウネウネしててなんだか気味が悪かったわ……さすがに、歴代最低の出来と言わざるを得ないものだったわよ。あんなのはさすがに依り代にできるわけないし。…ねぇ、アレは何だったの?もしかして、アタシを脅かすつもりだったとか…?」
ウネウネくんのことを思い出した彼女は少し苛立ったようで、感情に合わせるように急激に温度が下がった。近くにあった樽が氷漬けになった。
「う…それは……事故です。本当に……」
俺は即座に土下座フローに移るため両ひざを地面につける。謝罪の気持ちを形にするのが大事なのだ!!
(ウネウネくんは……事故だったのだ。仕方がなかったのだ)
「フーン……悪気が無かったのは伝わったから、いいわ。今回だけ許してあげる」
「へへぇ…」
土下座のモーションに入るとカルミアがジト目でこちらを見ている。領主あるまじき行為だからだろうか。だが精霊様にあえて喧嘩を売る必要はないのだ。そもそもビックリさせちゃったのは完全に俺の落ち度だしな。穏便に進むならいくらでも行動するさ。
気を良くしたセルシウスは浮かび上がり、足を組んだ。温度が少し戻った気がする…
「本題に戻すわよ。…アタシが来てあげたのは、アンタを直接祝福するためよ」
「祝福…?」
(フォティアはリンドウと契約という形で精霊とのつながりがある。だが契約と祝福は何が違うのだろうか)
「そうよ、アタシの力の一部を物や依り代へ宿し、力を分け与えるの。アタシが来るまでに雪像をもう一つ作っておくようにお願いしたのは祝福する媒体が必要だったから…媒体の条件は『気持ちが込められた物』よ。気持ちの大きさで祝福できる規模も変わるのよ。言葉だけで感謝しても良かったけど、今回のことは形に残すべきだって思ったのよ」
そう言うと、俺にかけられたネックレスを見つめるセルシウス
なんだかよく分からないが祝福とやらをするために、わざわざ出向いてくれたという
「なるほど…では雪だるま君二号にぜひ―」
「アレはアタシの祝福に耐えられるものじゃないわ」
「左様ですかい…」
俺の雪だるま君二号はダメだったようだが、どうするのかと思えばセルシウスはカルミアから頂いたネックレスを注視している
「それ、アタシの祝福にも耐えられるくらい強い気持ちが込められているみたいなの。二人の絆を祝福する形で祝福を結ぶわ」
「え、これ!?でも、これはカルミアさんから頂いた大切なものだからダメだよ」
「アタシの名誉を断るっての?」
「これは大切なものなんだ」
祝福はうれしいが、カルミアからもらったものを犠牲にする形なら絶対に断るぞ。どんなに大きな力を得ることになっても、これだけは代償にできない。
カルミアは大精霊に言った
「祝福をしたら、ネックレスは無くなっちゃうの?」
セルシウスは首を横にふる
「そんなことはないわよ。ただ二人の絆を媒体に祝福をかけるだけ、そのアクセサリーはそのまま残るわ」
「…サトルが祝福を受けるとどうなるの?」
「寒さに対する耐性と、氷の魔法をある程度使えるようになるわ。…何故だかは分からないけど、微かに雷の精霊の力を感じるわね。そこがどう影響するかは未知数よ。アーティファクト級の能力と言っても良いでしょう。フフン…あ、もちろん、それが有効なのはアクセサリーをつけている間だけよ」
カルミアは少し考え込むと、俺に向き合う
「サトル、祝福を受けて」
「え、でもこれは…」
カルミアは俺の手をとって、続ける
「この力はサトルを守ることにもつながる。私はあなたの安全を願った。これが形になっただけだから、これはこれでいいの。それに、祝福を受けたからって私の気持ちが消えることはない」
「それは…そうかもしれないけどさ」
「サトルがそこまで大切にしてくれるなら、また作る。いっぱい」
(いっぱい!?)
「う、うん…ありがとう」
「祝福、受けて」
「…わかったよ」
俺はネックレスの水晶部分を手で優しく持ち上げ、セルシウスに見せる
「ほら…」
「はぁ……そのアクセサリーに気持ちが込められている理由がわかったわ」
セルシウスは若干呆れ気味つつも、氷の杖を俺のネックレスへと近づけ、詠唱をした
「不変を形と成せるよう我が力を遍く注ぎたまえ…魔力よ、セルシウスの名に応じてここに集え…『グレイシャル・コンストレイント』」
杖を天に掲げると、夜空に魔力が波紋のように広がっていく。人の業では難しい、超がつく大規模詠唱魔法だ
「おおぉ……」
すると、セルシウスですら予想していなかったことが起きた。
「これは……どういうこと」
空に巨大なオーロラが浮かび上がったのだ。
幻想的で、美しい光景だ。さすがの大精霊様もカルミアも、空に釘付けだ
(初めて見た……)
皆が寝静まった夜に、この奇跡を目にできているのは俺とカルミアと、大精霊くらいだろう。
夜の虹が消えるまで、ずっと眺め続けた。