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領主編 136話


 ちょっとしたアクシデントもあったが、雪華祭のメインイベントも終了した。……俺だけは大精霊から『お願い』されたやり直しの宿題があるのだが、放置すると本当に氷漬けにされそうなのが怖い。ということで、今は一人、誰もいない夜の時間で雪だるま君第二号を鋭意製作中なのだ。


 「こんなものか…?いや、もう少し雪だるま君を笑顔にするか…フム。これでどうだ」


 一号に似たり寄ったりな雪だるま君が完成。だらしない笑みをこちらに向けている。お世辞にも素晴らしいとは言えない作品だ。こんなものを大精霊への依り代に差し出せば怒られるのは必然…どうやら…俺が氷漬けにされてしまう未来は回避できないようだ。


 「あの!サトルさん!」


 「ん?」


 後ろから声がしたので振り返ると男女一組の冒険者だ。服装がこなれているので地元の冒険者だろうか。キラキラした目を向け詰め寄ってくる。


 「メイス・フラノールを取り戻しただけじゃなくて、大精霊まで呼び出して会話までしたっていう英雄のサトルさんですよね!!」


 (すごい肩書がついている…!)


 「英雄…かどうかは分かりませんが、大精霊と会話?したのは事実です。メイス・フラノールを取り戻したのは皆のおかげですよ」


 「やっぱりサトルさんだ!」「盾に傷を入れて下さい!」


 (盾に傷を入れる…?サインみたいなものだろうか)


 言われた通り、手渡された鋭利な石で盾に一本の浅い傷を入れてあげる。


 「…これでいいのかな?」


 「はい!ありがとうございました!」「いこいこ、パーティーの皆に自慢できるね!」


 嬉しそうに盾を抱えて去っていく二人組。こんな夜だというのに、この町を取り返してからはずっとこんな調子だ。


 バトーの予想が当たってしまい、今年は町の立ち上げ以来、数度しか無かった大精霊が降りてきた。それだけではなく、大精霊が直接話かけてくるという前代未聞のイベントが起きてしまった。これがメイス・フラノールにとっては大変縁起が良いことだという解釈になり、俺たちが以前に増して英雄視されるように。バトーが止めてくれたらよかったのだけれど、彼が一番はしゃいでおりこの流れを止める者がいないのがどうにも。


 (…はやく帰ろう)


 こんな調子じゃいつまでも帰れそうにない。氷の大精霊には怒られそうだが、この雪だるま君で勝負することにして宿に帰る。宿泊場所はバトーがとってくれた。なんでも町一番の高所にあるお高い宿だとか。帰り道がずっと登り坂なのが玉に瑕。


ちなみにウネウネくんはあれから見つかっていない。サリーがずっと探しているようだが、見つかることは無いだろう。ウネウネくんも大精霊に睨まれるなんてトラウマは御免だろうからな。これ以上の面倒事やバトーからお願いされることが増える前に、明日には出発するつもりだ。



 * *



 一際大きくて豪華な宿に戻り、部屋に入るとカルミアがいた。机にはコップが二つ置いてあり、飲み物を注ぐ用意がされている。俺が終わるまでずっと待っていてくれたのかもしれない。彼女が俺の帰宅に気が付くと、笑顔で出迎えてくれた。


 「…サトル、遅くまでお疲れ様」


 「カルミアさん!待っていてくれたんだね。でもどうして?」


 カルミアは飲み物を入れてコップを差し出す


 「…バトーが用意してくれたこの宿は、とても景色が綺麗。だから一緒に見たいと思って」


 (そういえば、カルミアと話す予定だったのにずっと先延ばししていたからな……)


 飲み物を受け取り、お礼を伝える


 「ありがとう、カルミアさん。一緒に見に行こう」


 「うん…よかった」


 彼女はコクリと頷くと、宿の屋上まで連れてってくれた


 外に出ると、すぐに寒い空気が頬を撫でるが、目に映る景色がそれを忘れさせてくれる


 「わぁ……」


 宿の屋上からは町が一望できたのだ


 点在する魔道具の明かりが明滅している様がライトアップみたいだ。夜遅い時間なのか、人通りは少なく聞こえるのはささやかな風の音くらいだ。


 「とっても綺麗だ!こんなに雪が降っているのも珍しいね」


 「ふふ……」


 「…こうして話すことがほとんどなかったから、ちょっと新鮮な気持ちだよ」


 「サトル、いつも忙しそうだから。でも、嬉しいよ」


 「…俺も」


 「私が暮らしていた場所は平地だから、雪はあまり降らなかったの」


 「そうなんだ?」


 「うん……メイガスの民は傭兵が生業だから、稼ぎ頭が出稼ぎ場所を決めるの。雪の仕事は装備が高いから、あまり好まれなくて平地に仮設住居を作ることが多い。…戦える者は村から出れる機会も多いけど、私はそうじゃなかったから」


 「…たしか、カルミアさんはメイガスの民の村ってところで育ったんだよね」


 「そう、姉は知っているでしょう。事あるごとに私に突っかかってきて、それがとても悔しかった。実力のある姉。何をしても魔力ひとつ出せない妹。いつも周囲からは比較され続けて、影を歩くような気持ちだった。村で雑用をして、誰にも知られることなく生涯を終える。そんな日が続くんだって、そう思っていた。それと同時に、何かしてやりたい気持ちになって、飛び出した」


 「うん…」


 「名をあげるために村から飛び出したのはいいけど、冒険者なんて命は軽いものだって、すぐに知ることになった。そんな世間知らずで、向こう見ずで、力及ばずな娘は、アイリスの館であった、生き残りをかけた選別作業。そこで死ぬはずだった。仮に生き残っていても、その先は長くなかったのは自分が一番よく分かっている。でも、そんなとき、サトルが手を差し伸べてくれた」


 なんだか寂しそうだ。


 「カルミアさん……俺はこう思うんだ。もしカルミアさんに力があって、メイガスの民を率いることができていたら……俺たちは、ここにはいなかったと思う。出会うこともなかったはずだ。もし、あの時、俺に戦う力があっても、何かが一つ違っていれば、今の状況はありえなかったよ。だからね、カルミアさんがここにいてくれて、君が君のままで、本当によかったって思っている」


 カルミアは、それを聞いてふと笑った


 「……サトルって不思議ね」


 「え…急にどうしたの?」


 「あなたと一緒にいると、何でもできる気がしてくるの。全てに意味があったって思えてくる。今までずっと悔しくて、消し去りたくてたまらなかった過去のことでさえ、必要なことだった…そう思える気がしてくるのよ。…信じられる?私、ついこの間までは、必要のない人間だって、戦いではただの肉の壁だって、ずっとそう言われ続けてきたのよ」


 俺は咄嗟に彼女の手を握った。何処かへ消えてしまわないように。


 「……必要だよ!不要なモノなんて何一つ無い。良いことも、悪いことも、全てが必要だったことだよ。カルミアさんのメイガスの力も、魔力がうまく込められなかったことも。サザンカさんのことも、今まで経験してきた全てのことさえ。みんなな必要だからそこにいる。不要な命なんて、何一つ無いんだよ。君は、ここにいて、良いんだよ。いや、ここにいてほしいって思っているんだよ。それに、カルミアさんが困っているのなら、手を差し伸べるのは当然じゃないか!」


 「…ふふ、そうね…その通りだわ」


 カルミアは口元に手を寄せて笑う


 「えぇ…なんかおかしなこと言ったかなぁ…?」


 「ううん…、そうじゃないの。困った人がいれば助ける。皆が幸せになれる道を探す。当たり前のことを当たり前の顔して言っているだけなのに、本当に変なのって思っただけよ」


 「う…変じゃないよ、一生懸命に生きているだけだよ!」


 「私も…一生懸命に生きてていいのかな」


 「当たり前だろ!俺と一緒に生きているだけでいいのさ」


 「今までは、当たり前なんかじゃなかったけど、サトルといると、ここにいていいんだって強く思えるよ」


 少し深呼吸して、カルミアが続ける


 「ねぇ、サトル……あなたの、その後ろ姿を見ていてね、私も一生懸命になれる理由が見つかった気がするの。名をあげることでもなく、メイガスの民で一番になることでもない。過去に囚われることでさえない。あなたと色々な景色を見て、文字通り私の視野は広がったの。本当にやりたいことは、そんなことじゃなかったんだって、ほんの少しだけど、そう思えるようになった。これからも一緒に……」


 そこでカルミアの言葉が途切れる。少し顔が紅い気がした。



 しばらく景色を眺めているとカルミアが口を開く



 「ここを奪還したこと、フォマティクスは黙っていないでしょうね」


 「うん、そうだね…大きな戦いの火だねになってしまったことは事実だよ。大々的に仕掛けてきたってことは、いよいよ正面衝突をするつもりなんだと思う。スターリムの領土を諦める気がないのは明確だ」


 カルミアが悲しそうな表情になった


 「ここも、戦火に包まれるのかな。この綺麗な景色でさえも…」


 「そんなことはさせない」


 カルミアの手を強く握る


 「どんな理由があっても、同じように、必死に生きている人を簡単に道具にする理由になっていいわけがない。だから…この景色を奪うことも、これ以上の悲劇も、絶対にとめてみせる……そして、俺は……考えることを絶対にやめない。皆と一緒に笑顔になれる道を、模索し続ける」


 「…そう、私はあなたについていく。あなたがどんな道を選ぼうとも、最後まで横に立っている。これが、私がやりたいことだから」


 「ありがとう…カルミアさん」


 カルミアが懐から何かを取り出した


 「これ…サトルにプレゼント」


 「え!俺に!?」


 「…うん」


 カルミアはコクリと頷く。どうやらプレゼントを用意してくれていたみたいだ。


 何かのおまじないが入ったネックレスに見える。雪解け水のように透き通った水晶が使われていた。


 「サトルが忙しそうにしているとき、時間があったから町で選んだの。自分で作れる体験教室があって、それで…」


 どうやらカルミアの手作りのようだ。ますます嬉しい。


 「本当にありがとう。ずっと大切にするよ」


 「首に、かけてあげるね」


 抱きついた姿勢みたいになっちゃうのが、少し照れる


 「似合っているよ…」


 「う、うん。ありがとう」


 「…」


 「…」


 二人とも照れ隠しにキョロキョロしていたところ、景色が一変した。空から蒼い光が無数に降り注ぐ


 (これはもしや…)


 「ねぇ、みてサトル…あれは、もしかして」


 「う、うん…たぶん大精霊、また来ちゃったみたいだね…」


 (さて、雪だるま君にケチをつけられる前に、カルミアたちと帰る準備でもしようかな……)



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