領主編 132話
それからしばらくの間、戦いの後始末が続いた。領内の回復には数日の時間を費やしたが、皆のサポートもあったおかげか、想定よりずっと早く済んだ。敵味方の被害は大きく、死傷者の数が膨れ上がると思われていたが、サリーが張り切ってポーションを作り続けてくれたおかげで、回復の見込みが薄かった者たちを普通に動ける程度まで持っていくことができた。これにより領民の死傷者を大きく減らすことができたのだ。
サリーの持ち前の笑顔で治療していく姿は見る人によっては天使様に見えたに違いない。そのせいか、彼女を称える協会を設立しようなんて話がこの町で浮上しているらしい…。どうなることやら、そのうち像なんて立ち始めるんじゃないかと一抹の不安を抱えてしまうほどに、彼女の人気がウナギの滝登りだ。
彼女ほどでもないが、俺たちも漏れなく英雄扱いで、町を歩くのが大変だったり広場や酒場でゆっくりできないことに少々不満を覚えるのだが、まぁそれは些事と考えるべきだろう。
戦地となってしまったパーティー会場に出席したフォマティクスの高官らは、大多数が激しい戦いの余波で犠牲となってしまった。だが俺とカイエンをつないでくれたポンジェや、何かとつらくあたってきていた高官らは一命を取り留めていたようで、今は手当後に聴取を受けている。こちらは情報が出そろうまでに時間がかかりそうだとのこと。
こうしてメイス・フラノールも徐々に落ち着きを取り戻した頃、バトーから連絡があった。なんでも雪華祭の準備が整ったとかなんとか……また目立つことをさせて英雄扱いを悪化させなければ良いのだが。
「で、話とはなんでしょうか。バトー…さん」
「ワハハ!そうムスっとした顔をするんじゃない!サトルのおかげで、町はこうして元通りになりつつあるのだ。民からは英雄扱いだぞ。良いことじゃないか」
バトーが大々的に、フォマティクスの侵略を退けた英雄として俺たちを祀り上げ、雪華祭の開催を発表してからというものの、広場や酒場でゆっくりするという俺の趣味が堪能できなくなっている。
(全然よくない!)
とも言えず…
「あぁ、へぇ、まぁ、そうですね。トテモヨイコト」
「なんだその気の抜けた返事は!そんなことじゃいかんぞ。なんたって今年の雪華祭、サトルを主役として祭事に当たってもらうという話でまとまりつつあるのだからな!」
(なんとなく、いやな予感がしていたがまた何かやらそうとしている…!?)
「えぇ……」
(町の観光をして帰りたい。俺の領地であるソード・ノヴァエラがどうなっているのかも心配だし)
「あのー、せっかくですが俺たちは――」
バトーが大きな手で俺の肩をガッチリつかみ言葉を被せる。暗に逃がさないと言いたげな笑みで
「雪華祭はこの町で最も神聖な祭事だ。氷の精霊を降ろす祈願も兼ねている。町を救った英雄がいなきゃ、しまらないだろうな!民も悲しむぞ!そうだろう、英雄!」
「アー…ソウデスネ、ソノ、トーリダ」
「あぁ、そうだとも!ワハハハハ!」
バトーの説得?……により、雪華祭のメインイベントとやらに参加させられることになった
やるからには気を取り直して聞いておきたいことがある
「バトーさん、雪華祭について聞いておきたいことがあります」
「ん、どうした?」
「まず、俺はこの祭りについてあまり情報を持っていません。町に潜入を決めたときに少し情報をかいつまんだ程度です。その辺りを詳しく教えていただけませんか」
「あぁ、そんなことか。そうだな…サトルが見たアレは従来の祭りとは程遠いものだ……少し待て」
俺が見た雪華祭とは、ただひたすらにカイエンを称えるお祭りで、そこかしこにカイエンの頭の雪像が乱立している地獄のような絵面というイメージがこびりついている。奴は何がしたかったのだろうか。
バトーは書斎の棚から大切そうにペンダントを持ってきた
「これは氷の大精霊から祝福されたペンダントだ」
バトーから受け取ったペンダントは、その構成の殆どが氷のようだ。霜が出ておりチェーンが透き通って見える。それなのに手に持っても冷たさをまったく感じない不思議なアイテムだ。
「これは…すごい」
「ワハハ!そうだろう。滅多にお目にかかれるシロモノじゃない。それはこの町が誕生したときから溶けずに残っている。……雪華祭は本来、氷の精霊に感謝し共存するための重要な祭事だ。我々は雪と共にある。これはこの先もずっとだ。精霊との関係も続いていく。だから年に一度、精霊に感謝をささげるために雪像を作る。精霊が気に入った雪像は、祝福を受けて動きだしたりするから、なかなか面白いぞ」
(ここまでは噂で知っている情報だな)
「続けるぞ。氷の精霊と交霊するのは割とカンタンだ。雪像さえ作っていれば、気に入られれば祝福を受けられる。その雪像の一部を家に飾っておけばその年は寒さをあまり感じることがないってな具合で恩恵も受けられる。だが、大精霊となるとまず降りてくるのが稀だ。それこそ……町の存亡がかかった英雄が現れる…ってなことが起きない限りはな」
「…このペンダントは大精霊の加護を受けたものなのですね。そしてなんだか嫌な予感がします」
(炎の大精霊を宿すリンドウを連れてきたら大変なことになりそうだ。しないけど)
「ワハハ!そう言うな。この町に大精霊が降りたのは2回だけだ。そして民はそれを心待ちにしていることだろう。つらいことがあったときこそ、希望が必要だ。サトル、改めて頼む。協力してくれないか」
話の大筋が見えた。俺に祭事をさせて大精霊を降臨させようとしているのだろう。少なくとも、ここに住む人にとって精霊は近しい存在でありながらも心の拠り所になっている。伝説的な大精霊の降臨が成功したら、皆の気持ちも前向きになれるんじゃないかってことだ。そのための協力を願っていると。
「そういうことなら、まぁ……ですが、俺が出たからって大精霊が来てくださるなんて保証はできませんよ?町を救ったのは、俺の仲間たちの力あってこそだったからです。それでも良いですか?」
「ワハハ!やっぱり見込んだ通りの男だ!もちろんだ!そのときはそのときだ!一緒に酒を呑んでくれるだけでいい!」
これで祭事に出ることは確定したわけだが……
「で、具体的には俺はどうすれば良いですか?」
「ん?あぁ、他の連中と同じだ…『心を込めて』雪像を作ればいい。あとは食って呑んで、感謝するだけだ」
(炎の大精霊のときと比べてずいぶんフランクだな……それでいいのか?)
「さ、準備はできている。あとは開催するだけだ」
(心を込めて……なにを作ろうかな)