領主編 130話
カイエンを躊躇なく斬り殺した謎の男。護衛のワープ女も、一切の動揺を見せずにそれを一瞥した。
「なぜ、殺した。お前たちの仲間だったんだろう」
俺の問答に対して、どうでも良さそうに答えたディープフォルス
「断言しよう。貴様らスターフィールドの陣営に囚われていても、カイエンは遅かれ早かれ死んだだろう。それどころか、こちらの重要な情報すら話してしまう。奴は潤沢な資金と時間を与えられながらにして、満足に町一つ落とすことができなかった。これはキャピタルの名を汚す行為である。そして、今ここで私が無能だと判断して処断したまでだ。お前たちにしてみれば、手間が省けたんじゃないか」
一切感情の揺らぎがなく、やせ我慢や嘘で発言しているようには見えない。それが本当に正しい行いだと信じて言っているようだ。
「そんな理由で…仲間を殺すなんて間違っている」
「なにが正しいかは私が決めることだ。貴様如き人間が口を出すな」
「ディープフォルスと言ったな。お前がデオスフィアを作った元凶か」
「デオスフィア……?あぁ、これのことか。なるほど、そうか。貴様らはそう呼んでいるのであったな。まぁ良い。そう捉えてもらって良いだろう…」
「こんなものを作り出した奴にずっと言いたかった。なぜこんな…非人道的なことをするんだ。お前には良心がないのか!」
ディープフォルスの表情が怒りで歪む
「良心だと…貴様は人間だろう。卑しい種に産み落とされながらも、その口からそれを言うのか。良心がないのは、紛れもなく人間だ。その人間であるお前が、良心を語るなど片腹痛い」
「どういうことだ!」
「……とぼけるな。お前たち人間が、亜種族に行った数々の悪行を忘れたとは言わせない。スターリムに属している以上、関わってなくとも同罪だ。お前たち人間は、すべからく、余すところなく、駆除されなくてはならないのだ。駆除対象をどう使おうが、私の自由だ」
ディープフォルスはサリーに目を向ける。それは俺たちに向ける顔付きとは少し違っていて、案ずるような様子が伺える。
「……貴様は亜種族だろう。魔法から同族の匂いがするのだ。それに片言な大陸語を使っているところから見て、まだ里から出たばかりの若いエルフだろう。なぜ人間などに付き従う。脅されたのか、それとも卑怯な手を使われ、弱みでも握られているのか」
サリーは強い口調で反論した
「サトルも皆も大好きだから一緒にいるだけだヨ!脅されてなんかなイ!」
「スターリムで差別を受けなかったはずがないだろう」
「そうだけド、サトルは違う。サトルはひどいこと一度もしなかっタ!」
「……いずれ知ることになる。人間どもがどれほど傲慢で醜い生き物であるかをな」
ワープ女がディープフォルスに耳打ちする。いちどしかめっ面になるが、すぐ平静さを取り戻し頷く。
「―で、ございます」
「そうか……わかった。一度退くぞ」「御意」
(逃げる気か…!)
カルミアがアイコンタクトして、刀を構えなおす
「サトル、止める?」「いや……」
(転移使用時の一番怖い使われ方は、防御ではなく攻撃に転用されることだ。万一近接攻撃をしてポータルを出されたら高所や自分の陣地に孤立させられる可能性が高い。そうなっては、たとえ彼女でも生きられる保証がない。相手の足取りがつかめないのは悔しいが、消耗した状態で追撃するリスクはとらないほうが良い。あのポータルの転移条件は、恐らく触れることだ)
「追撃はやめておこう。当初の目的は全て達成しているからな……」
「そう…」
(収穫がなかったわけじゃない…)
ディープフォルスはポータルの闇へと片足をかける。去り際に言った
「サトルと言ったか。スターリム国が必ずしも正しい行いをしていると思っているならば大間違いだ。欺瞞と差別に溢れた実情を知ることになれば、考えも変わるだろう」
ワープ女が続いて、姿が消えると同時に展開された全てのポータルは最初から存在しなかったかのようになくなった。
イミスが守っていた領主バトーは無事のようだ。
想定外はあったものの……ひとまずは、これでメイス・フラノール奪還の任務完了だ。