領主編 128話
戦いを見守ってくれていたカルミア、サリー、フォノスは、戦いが終わるや否や、イミスの傍までやってきて勝利のハイタッチを始め、彼女へ健闘を称えると、ノリノリでカイエンをぐるぐる巻きにしていた。
イミスは少し照れくさそうにしつつも、ヴァーミリオンと一緒に戦いをやり遂げたという事実、そして、仲間が見守ってくれていたという温かさを嚙みしめていた。
ヒヤヒヤしたが、彼女は自らの力だけで敵を打ち倒すことができたのだ。誇っても良いだろう。
少し話し合うと、カルミア、フォノスが衛兵と領主のバトーを捜索し、サリーが負傷者の治療に当たることになった。俺はカイエンの見張りである。
というのも、カイエンはまだ生かしてあるのだ。侵略者は領主の手によって裁かせるのが最良だと判断したからだ。結局のところ『死』をもって贖うことになるだろう。その結果が変わらなかったとしても、バトー自ら決着をつけるのが良いだろうということで、彼にはまだ生きていてもらっている。イミスの一撃で意識は遠くに飛んでしまっているが…。その内目を覚ますだろう。
さて…彼に引導を渡すべき、その肝心の領主がどこに収監されているか…だが
カイエンの横に座って周囲を見渡す
領内の会場は台風が過ぎ去ったかのような荒れっぷりだ。
戦後処理で、慌ただしく町の衛兵と冒険者が駆け回っている。イミスがカイエンを倒してから、残党のフォマティクス陣は抵抗することなくお縄についたのだ。これで事実上の領地奪還といえる。
あれほどの戦いの後では、抵抗など無意味だと思ったのかもしれない。デオスフィアを使用したとは言え、人同士の戦いとは思えなかったからな。彼らも、命を捨てることと、命をつなぐことの違いくらいは弁えているようだ。
しばらくして、大きな屋敷を捜索させていたフォノスが戻ってくるが、芳しくない表情だ
「フォノス、領主は?」
「お兄さんが言った通り、囚われていそうな場所は衛兵と一緒に全部回ったよ。でも、どこにもそれらしき人物が居なかった。それどころか、一番厳重そうな地下牢は、鉄格子がひん曲がった状態で見つかったよ。もちろん誰も居なかった」
(この混乱に乗じて逃げたのか…?いつでも逃げられるほどの力を持っていながら、ずっと囚われているのもおかしな話だ…直近で脱走に手を貸した者がいるのか?)
「お兄さん?」
考え込んでしまっていたようだ
「あぁ、すまない。……もしかしたらだけど、もう探す必要は無いのかも。と思ってね」
フォノスの横についていた衛兵が眉をひそめ、緊張した口ぶりで話した
「サトル様、それはどういうおつもりでしょうか。バトー様は…きっと生きています!」
もう死んでいると、勘違いさせてしまったか
「すまない、そういう意図じゃなかったんだ。もちろん生きている、自ら出てきてくれるはずさ」
訂正するよりも先に証明が出来そうだ
パーティー会場のど真ん中に、突然魔法陣が現れる
衛兵たちは警戒し、槍を構えているが、その必要がないことはすぐに分かった
「皆、待たせたな。本当にすまなかった」
死線を幾度も潜ったような老兵の気迫を纏う大柄な男が姿を現した。少し遅れて、カルミアが出てくる。男はボロを身に着けていながらも、どこか気品のようなものを感じさせていた。
(カルミアが見つけてくれたのか…)
バトーの姿を目に入れた、途端 衛兵たちは槍を捨て、最敬礼する
「バトーさま!」「バトー様!」「バトーさまぁ!」
(そして、あれが…バトー。武闘派なスターリム国の重鎮。なるほど、凄みが出ている。彼が鉄格子をひん曲げて脱出したのか。だが既に地下牢には居なかったはずだが…)
バトーは笑顔で応えつつも 歩みはこちらへ向かっている
そして俺の前で止まると、膝をついた
「竜殺しの領主、そして蛮族王を征伐したサトル殿とお見受けする」
「は、はい!…そうです。それより顔を上げてください。領民の前です」
カルミアにアイコンタクトするが、彼女は目をパチパチさせて、少し間を置いてから言った
「…書斎に居た」
(欲しかった情報だけど、今はこの状況をどうにかしてくれー!)
「バ、バトー殿…どうか顔を上げてください…」
俺もつられて膝をつくが、バトーは静かに首を振って、律儀にもさらに姿勢を下げる
「まずは感謝の意を示したい。カイエン…こやつを殺せば済む話だったであろうに、領民の犠牲が出ぬように、配慮してくれていたのも見れば分かる。感謝してもし尽せないのだ。この度の救援、そして、町の奪還について、感謝する。…領民は家族だ。家族たちを救ってくれた貴殿には、必ず恩を返すと約束する」
バトーはちらっとカイエンの姿を確認するが、俺への礼を先に尽くした
「本当に、大丈夫ですから。国王様からの依頼でしたし、俺としても美しい町が侵略されるのは望ましくありません…それに、今は早急に解決せねばならない問題もあります。今回の首謀者である、カイエンについてです」
カイエンたちの処遇。これはバトーには彼らを罰してもらわねばならない。この侵略で、もっとも心を痛めたのは、バトーや被害者たちである。
俺は近くの兵から鞘入りの剣を借りると、バトーにそのまま差し出した
「カイエンの処罰については、お任せします」
バトーは剣とカイエンを交互に見て、状況を把握した。俺から剣を受け取ると、ゆっくり立ち上がる
「そうか…そうだな。自らの手で、この喧嘩の後始末をしなくちゃならない。その機会をお膳立てしてもらったことも、加えて感謝せねばなるまいな……さて」
剣を力強く抜いて、鞘を投げ捨てるとバトーはカイエンを蹴飛ばした
「ぐぺ!」
「カイエンと言ったな。お前には本当に世話になった。お前の侵略で、私の家族は大勢死んだ。一人一人が大切な家族だった。けじめをつけてもらわねばな……いくら斬っても斬れぬ頑丈なゴーレム、そして瞬く間に癒える傷。妙技に苦しめられ、領民を人質に取られ、成す術なくやられてしまった自分が不甲斐ない。しかし、最終的には天はこちらを味方した。お前のような搾取するだけの為政者に居場所など、最初から在りはしなかったのだ。悪が栄えることなど、在りはしない」
カイエンに剣を向ける。意識を覚醒させたカイエンはもがき、取り乱し、叫び散らす
「ぐうう……ゲホ…ゴホ…。この…よくも蹴飛ばしたな!悪だと…なんだと言っても、力を借りるだけの能無しに何を言われても、説得力などない!私の名声によって統治は成る、名声によって地が潤う!力持つべき者が力を持つ、搾取の正しい構造だ!必要なのは、名声なのだ。それが何故わからない。それを邪魔したお前こそ悪だ!…最初から順風だったスターリムとお前に何がわかる!いつも搾取され続けたフォマティクスの何を知っている!…奇跡の石…お前たちがデオスフィアと呼ぶ石さえあれば、国土の差などひっくり返る!あの素晴らしい力を…みただろう!犠牲なしには、なにも成せないのだよ!そして名声が生まれる、そこからまた、新しい風が生まれるのだ!ここは、素晴らしい国への礎となる!」
バトーはさらに蹴飛ばし、ゆっくりと近づいていく
「ほほう、素晴らしい国にするために、人から土地を奪ったってのか。その石だって、人の命から生まれたものだと聞いている。それが犠牲だってのかい。フォマティクスらしい発想じゃないか。領民が辛い思いして作り上げた時間や成果を奪いつくして、犠牲だって言葉で片づけるのかい」
「う…ゴホ…はぁ、はぁ…そうだ!正しい犠牲だ!この犠牲によって、フォマティクスはスターリムを超えるのだ……そして、われらが理想郷への礎にする…どのような痛みが…ゴホゴホ…伴ってもだ!」
「くだらん!」
バトーは剣を振り下ろす が、突如空間がねじ曲がった
カルミアは俺を抱えて距離をとった
「なんだ…!?」