領主編 126話
身をよじって鉄格子から抜け出したバトーは、周囲を警戒しつつも先導する
「二人共、こっちだ。牢から進んで管理棟を出られれば非常用の出口がある。そこから抜けるぞ」
「ウヒョ…?随分と領内の作りにお詳しい…っは!もしや、わたくしと同じく悪行ばかりしているので…!?ほほ!気が合いそうですな!こんな豪勢な屋敷ですから金品のひとつや二つあるでしょうし!」
タルッコはグッタリから復活し、ご機嫌な様子で後ろを歩いている
「いや…そういう訳ではないのだが……それにしても…自分の来歴についてやけにオープンなんだな…」
「こいつの発言をいちいち気にしていたらキリがないぞ」
脱獄者二名に領主であることを明かしても良いのだが、時間がないし混乱を生むだけだろう。牢屋に入っていた奴が偉い人なんだと吹聴しても、笑われるのがオチか。
「まぁよい。行くぞ」
この牢から管理棟までの道はひとつしか無い。坑道のような一本道が続いている
タルッコの鼻歌が廊下いっぱいに響くが、見張りが現れる様子がない。
やはり何かあったのだろう。ある程度の緊急時でも残すはずだが、それを上回る何かが起きている。
しばらく歩くと、頑丈そうな扉が見えてきた。半開きになっており鍵はかかっていないようだ。関係者は慌てて出て行ったと見える
「ここが管理棟だ…本来であれば監視の目を出し抜くのは難しい場所だが…」
半開きの扉をゆっくり開けて、少しだけ顔を出す。頼りない灯りと、寂しい机と椅子 押収品を保管しておく箱…看守が居ないのを除いて特に変わった点は無さそうだ。ここを抜ければ地上だ。
「やはり。誰も居ない。よし、良いぞ…持っていけるものは何でも使え」
「ウヒョヒョ!金を!金を探せ!」
「食い物はあるか」
(戦えるものを探せという意味だったのだが…)
押収品の箱を開けて、衛兵用の武具や元囚人たちの装備を拝借。これで最低限戦えるだろう。
二人共…準備は整ったようだ。
各々準備を整えて、管理棟を出ると、陽光が目に入る。あまりにも眩しく感じ、目の奥が痛くなって頭痛がしたほどだ。
中庭だ。ここから非常用の出口に向かえる
「よし、もうひと頑張りだ…」
「バトー殿、お待ちくだされ!」
「…む?なんだ」
タルッコが前に来てとても真剣そうな表情を作る
「わたくし、どうしてもカイエン・キャピタルと名乗る輩が許せないのです。わたくしの最先端トレンドを取り入れたモードスタイルな雪像を取り壊し、お給金もなし!やはり悪を名乗るからには、ひとつ。何かをしてやりたいのがサガでしょう!そうでしょう!」
サザンカは心底どうでも良さそうに何かの保存食を頬張っていた。
「なんだ…そんなことか。我にとっても奴は敵で、思う所がある。部下も腹心も殺されたはずだ。復讐してやりたい気持ちでどうにかなりそうな気分だが…だが……すまないが、脱出後に再起を図るのを優先したい。ここまで上手く事が運んでいるが、あまり悠長にもしていられない。事態が収まれば奴らは戻ってくるだろう。ここまで誰も居なかったこと自体が奇跡のようなものだ。大人しくついてきてくれ」
タルッコはふんふんと分かっていると言いたげに頷くと、被せ気味に
「あぁ!ふんふん、なるほど!そりゃそうですね!ウヒョヒョ!問題なし!!分かっています。時間はかけません。5分程度で済みますぞ。カイエンの私室に行きたいだけ!この場所に詳しいバトー殿であればと…後悔はさせませんぞ!!ウヒョヒョ……」
「私室か…」
(奴がここを私物化しているのは分かっている。私室となれば、我の書斎を使っている可能性が高いな…)
「うむ……わかった…短時間であれば計画に支障はあるまい。よし…心当たりがあるぞ。この中庭…少々面白い仕掛けがあってな。庭に設置された日時計を使うのだが…ついてまいれ」
中庭の中心には日時計があり、地にはそれを囲うようにスターリム国の紋章が描かれていた。
「これは、我が領主となったときであったか、先達のランス・フィッシャー領土の主から寄贈いただいた日時計だ。特に良くしてもらった。何もない極寒の土地からここまで築き上げられたのも、先達の力あってこそだった」
タルッコは思い出話をぶった切りするように、身の丈の何倍もあるオブジェを見上げて渋い顔をした。サザンカも興味深くオブジェを眺める。
「ウヒョ、お金には…ならなさそうですな…」
「モグモグ…そもそも大きすぎて持ち運べないぞ。それにプレートが欠けている」
地面に描かれた紋章の一部、その人欠けを指差すサザンカ。もう一つの手の保存食は何があっても離さないようだ。
(この娘…ただの食いしん坊かと思えば、妙に感が鋭いな…戦士特有の…(直観)インチュイションか…)
「そこな娘が言った通り、これはプレートが欠けている。ただしこれは本来の正しい状態だ。見ていなさい」
中庭の石壁、無数に刻まれた芸術的な絵に魔力を宿す
「この中庭の巨大な壁画はただの絵ではない、日時計の仕組みとつながっているのだ」
魔力が壁に行き渡る。まるで水を浸透させるように壁が色付き、壁画がひとりでに動き出した
「壁が…動いた…」
「ウヒョ……」
「面白いだろう。我の魔力によって作動する仕組みだ。動いた壁画が日時計の鍵を作り出す。これを動かしたのは何時ぶりだろうか、何度見ても気味の悪い絵だがな」
壁画には輝く星。一番大きく描かれている星は魔物のようにも見える。星に操られるように緑色の精霊が王都を襲い、剣士や魔術師が立ち向かう様子が鮮やかに描かれた。
ただの絵が動くだけではなく、色まで変わるとなると、さすがの二名もあんぐりとしている様子。
やがて、緑色の妖精と魔術師、両者の魔法がぶつかり合う絵面の中央から、ひとつのプレートが作り出された。
出てきたプレートは、先ほどサザンカが指差した欠片の大きさと丁度一致するような作りになっていたのだ。
「待たせたな。このプレート自体が『鍵』だ」
我はプレートの欠片を取って、日時計の欠けたプレートへ配置する。プレートはピッタリとはまり、オブジェが目まぐるしく動き始めた。
日時計がグルグルとせわしなく回り、全ての時間を指し示す影を作った。これを中心に巨大な魔力の魔法陣が生み出される。
「短期間、短距離という制限はつくが、転移魔法陣だ。我の書斎……いや、すまない。奴の私室につながっているはずだ…っておい」
「ウヒョオオオ!…モードデザインが分からないカイエンには死を!」
タルッコは大喜びで、怨み言を叫びつつ前転しながら魔法陣に入って…消えた。どうやら魔法陣は正常に作動しているようだ
我らも魔法陣に乗ると、視界がぼやける。すぐに見覚えがある場所まで到達した。サザンカも一瞬遅れて到着する
「モグモグ……ここが私室か?」
「あぁ…そうだ。そのはずだ」
ただし、我の知っている姿とはかけ離れていた。部屋には大きな赤い石が保管されている
この石を見ているだけで吐き気がしてくるのは何故なのか
調べようと近づいていくが、その前にタルッコが石に渾身のロケット頭突きをかました
「ウヒョオオオ!カイエンの大事なものを壊してやるぞお~!」
「お、おい!待て!あれはやばそうだぞ」
しかし彼の頭突きは完璧に加速しきっている
渾身のロケット頭突きは見事に決まった!
ドゴッ…!
このノーム、頑丈さとしぶとさは人一倍優れているようで、彼の頭突きで石にヒビが入った
ピキピキピキ…
やがて、石はガラスのように砕け散った
ノームは勝利の雄叫びを上げた
「ウヒョオオオ~!!」