領主編 122話
カイエンが数歩距離を詰める
「ふん…見たところ、私が受けた攻撃は遠距離からの特殊なもので、貴方の横にいるゴーレムが行ったものでしょう。そして、その人間臭い動きをするゴーレムが、まんまと挑発に乗り…自らのアドバンテージである距離を捨てる。実に愚かしい。ゴーレムのタクティカルサブルーチンを見直したほうが良いでしょう。私を殺すおつもりであれば、もっとスマートな方法がいくらでもあったはずです」
イミスはヴァーミリオンと手をつなぎ、顔を見合わせて頷く。決意を込めて言った
「それじゃ、犠牲が大きすぎるの。ウチらは、サトルくんが考案した作戦を信じる。一騎討ちに応じるのであれば、戦力を隠すことなんてしないよ。真っ向から戦って、打ち勝って、全てが上だったって証明するだけ」
ヴァーミリオンもそれに続く
「証明するだけデス」
カイエンは抜刀し、戦闘の構えを取った
(ゴーレムだけじゃなく、カイエン自身も戦うスタイルか…以前のイミスと全く同じクラスのスタイルだ)
「それは、考えを止めているだけです。犠牲なき戦いなど在りはしない。そんな覚悟では私の首は取れませんよ」
イミスは首を横に振る
「やってみなきゃわからないでしょ。……それに、この間合いは、私たちのテリトリーよ。ヴァーミリオン!」
「はい!マイシスター!」
「『シンティクシィ・オフェンシブフォームチェンジ』からの…『オプショナル・アタックフェーズ[勇気のオーラ]』!」
繋いだ手からヴァーミリオンがガチャガチャと姿を変えて、深紅の弓とブーツとなった。ブーツからはヴァーミリオンが背中に背負っていたジェットが搭載されている。
(これが…ヴァーミリオンのフォームチェンジか…!)
カイエンは息を吞むが、すぐに気を取り直して構える
「見たことのないスタイルだ…だが、どんなクラスであろうと元を辿ればルーツは同じゴーレム使い。強化されたゴーレム、圧倒的な数で押し通すまで…いけ!」
指示を出すとゴーレムたちが、大人の全力疾走の3倍はあろうかと速さで迫る
(図体の割に素早い…デオスフィアで強化しているからか!)
「ヴァーミリオン、行くよ!『カロネード・ディストラクション』」
イミスがビーコンを射出し、その手でそのまま弓を引く。狙いは甘いが、どこまでも追尾する矢がゴーレムたちを貫き粉砕した
「恐ろしい威力だ。ですが…まだまだ、行きますよ」
カイエンが指を鳴らすとまた新たなゴーレムが地面から生成される。今度は凡そ10体、イミスの周辺全方位からだ。ゴーレムたちは漏れなく黒いオーラを纏っており、不気味な動きでイミスに迫った
(ゴーレムの強みだ。素材と魔力さえあれば何処からでも、いくらでも作り出せる。だが、イミスは攻撃を一度も受けていない…これは…この戦術は……)
イミスはブーツのジェット機能を使用し小刻みに、時には大きく距離をとって対応している。スカーレットで盾を使っていたときとは、まるで戦闘スタイルが違う。しかし、共通している点もある。
それは、彼女が『タンククラス』であることだ
タンクの役割は敵の攻撃を引き付けること。
シンプル故に難しい。
どれだけ長く耐えられるかを基準とした場合、大抵のプレイヤーは防御力やヒットポイントを重視する。従来のイミスはこれである。俺自身もそのようにシナジーを上げて機能させるため、そして、イミスの意向をなるべく維持させる方向で生存能力が高いデュアルクラスをチョイスした。
しかし、タンクを担う者にはもう一つ、『耐え方』の概念が存在する。
避けタンクだ。
断続的な攻撃を耐える方法は大別すると、受けるか避けるかの二つに絞られる。避けタンクは、あえて重い防具を取り払い、回避に特化した構成になる。カウンタービルド(反撃ビルド)と呼ばれるシナジーと相性が良く、重い防具を使用しない分、攻撃内容にリソースを割けるメリットがあるのだ。もちろん、回避だけに特化したビルドもある。
今の彼女は、まるで回避ビルドと反撃ビルドを組み合わせたかのような戦い方だ
「当たらなければ、どうってことは無いわ。ウチの場合、当たっても痛くないけどね」
ヴァーミリオンの機動力が組み合わされたことで、イミスの機動力がカバーされている。イミスは次々と無尽蔵に生み出されるゴーレムをもぐら叩きのように正確に弓で打ち抜いていく
(そうだ…イミスは元々、パラディンとのデュアルクラスだ)
彼女のルーツは二つある。俺がデュアルクラスに設定したためだ。パラディンとアーマラーだ。俺の能力でそれらのクラスが統合され、パラゴンゴーレムナイトへ。そして、進化を果たし、今はパーフェクトゴーレムロードとなっている。パラディンとアーマラー、そしてゴーレムと連携した生存能力はパーティーでも随一だ!
**TIPS**
戦法名称:避けタンク
詳細:今ではメジャーとなった戦法だが、本来防御的な構成のタンクという既成概念が蔓延していたときにこの考え方を打ち破った天才たちが考案した戦法。ゲームによってはDEX型やAGI型と略される場合も。
重い鎧を外し軽装で(場合によっては裸で)戦う。
敵の攻撃を避け続けることで、受けるダメージを数値ではなく秒数や回数という考え方で管理し、回復までの時間を稼ぐ。
攻撃や反撃のビルドに寄る傾向が強く、純粋な避けオンリーなビルドをする者は稀。
ドキドキハラハラが好きなど、変わった個性の者がこの戦法を好む傾向が強い。
この概念のルーツは定かではないものの、一説ではMMO全盛期時代に広まり始めたことから、その時代を生きた名もなき天才たちの考案によるものだという話もあるし、PCというものが産み出されてから暫くして発売されたダンジョン探索RPGのとあるクラスがルーツだという話もある。
何にせよ考案した者が天才であることに違いはない。