領主編 119話
「ウヒョウヒョ…ご覧ください。この美しい雪像…!わたくし、手先の器用さには自信があるのです。たった1日で完成させたとは思えないでしょう…ふう!」
自慢げにメイス・フラノール現領主の雪像を見上げる一人のノーム。自慢のスコップを突き刺し、額の汗を拭う姿は、大きな仕事を終えた自信に満ちているようだ。そう、彼の名はタルッコである
しかしどうだろうか、彼の傑作の雪像はお世辞にも良い出来とは言えない。給金につられて現領主の雪像作りに志願したまでは良かったものの、むしろこの世の悪意を煮詰めて表現したような酷い仕上がり。現領主の顔には似ても似つかない、まるで福笑いで仕上がったようなザンネンなものだ。目は離れているし、口は鼻の上についている。見る者によっては侮辱と感じるレベルである。
「なんだこれは。何かの魔物か?…モグモグ」
露店で購入した食べ物を食い散らかしながら、彼の横で雪像に対し正確なレビューをしたのは相棒のサザンカだ。ひどいものを見る目をしている。
タルッコとしては真面目に作った雪像だが、一般的な感性では到底受け入れられない。飲み物を含んで雪像の前に立たされた大多数は吹き出すだろう。
「むきぃ~!芸術の素晴らしさが分からないとは、やはり貴方は食べ物以外の良し悪しを決める判断能力がないようですね!そもそも、貴方の食事代が大変だからこうしてお金を作っているのですよ!…あぁ、また何か買い食いしましたね!?だいたい―フゴ」
ガミガミするタルッコの口に無理やりイエティの腸詰を突っ込み、追撃を封じるサザンカ
「食うか?うまいぞ?」
黙って腸詰を食べるタルッコに笑顔を向けていたサザンカだが、やがて遠方へ鋭い目線を送った
「誰か…来る。殺気だ」
両手に抱えていた食べ物を迷いなくタルッコへ押し付け、剣の縁頭へ手をやって抜刀の構えを取る。その表情は、先ほどとは打って変わって真剣そのもの
あっという間に雪像とタルッコ達を重武装した兵たちが囲む
兵の一人が淡々と告げる
「貴様がこの雪像を作ったタルッコと……そのアシスタントで間違いないな」
誤魔化せば良いのだが、彼はタルッコである。根拠のない自信が歩いているような生物なので、嘘をつくこともなく、腸詰を急いで飲み込んだ。彼にとっては最高傑作の雪像なのだ。
「そうです!私がこの最高傑作の生みの親、タルッコ様ですぞ!どうです、爆食娘、わたくしめの作品が評価され、兵士様自らが称えに来てくださったのです」
サザンカはジト目になった
「まぁ…ある意味では評価されたのは、間違いないだろうな………悪い意味で」
兵は大きな声で罪状を読み上げるように言った
「貴様らは我らが領主様を侮辱した!よって、ただちに地下牢へ連行する。この雪像が動かぬ証拠だ!この悪魔のような顔!誰がどう見ても悪意しかない!言い逃れできるとは思うなよ!」
「ウヒョ…!?なんですと!?わたくしめの作品が理解できないと!?それに悪魔と申しますか…ウヒョヒョヒョ…!!なかなかユニークな喧嘩の売り方ですね!!良いでしょう、喧嘩なら買いますとも。この娘が!さあ行くのです!サザンカ!悪は戦いを躊躇しないのです!」
「任せろ!丁度ダイエットしたかったところだ!」
兵たちも戦闘態勢を取って槍を向ける
「捕えろ!多少傷つけても構わん!相手は女一人にノーム一人だけだ!数で囲め!」
* *
戦闘は数で勝っているフォマティクスの兵が圧倒的に有利であったが、サザンカの前に苦戦を強いられていた
戦闘開始から既に30分は経過しているが、サザンカの前に倒れる兵が積み上がっていくだけだ
「次はどいつだ?」
サザンカは剣を肩で担いで指をクイクイさせて挑発するが、フォマティクスの兵たちは一歩二歩と、後ずさりする
「どうなってるんだ…この女…強すぎる!!!」
「女ひとりに何やってんだ!もうとっとと殺してしまえ!」
合図と同時に大量の弓矢がサザンカの前に落ちるが、サザンカが剣を振ると全てバラバラになる
「隊長、攻撃が通りません…弓矢も当たらず、魔法も剣で斬られてしまいます…!動きが速すぎて囲めません。魔法を斬れるのは魔法剣だけです。おそらく…メイガスのクラス適正持ちです!」
「なに…あの魔剣の民の……いや、馬鹿を言うな…!眉唾だ。たとえ存在していたとしても、そんな奴がこんな場所で下手な雪像を作ってイタズラしているわけがないだろう!…もういい、応援は呼んだ。それまで持ちこたえろ」
サザンカ一人で何十人という戦局を覆した
この事実がタルッコを調子つかせる
タルッコは調子に乗ってサザンカの前に出てダンスを披露した
「ほっほっほ~のほ~ら、ほ~ら!見たことですか。わたくしめの作品を侮辱するからこんなことになるのですよ!分かったのなら芸術を認めなさいな!ウヒョヒョヒョ!給金を貰うまでは諦めませんよ!ほっほっほっほ!」
足を交互に繰り出すダンスでどんどん相手の間合いに詰め寄るタルッコ
だがこれがいけなかった
「おい、まだ戦闘中だ!戻れバカ!」
サザンカは慌ててタルッコの頭を掴もうとするが少し遅かった
兵士の合間を縫って、黒い鎧を纏ったノームが出てくる
黒い鎧のノームは、同じ程度の身長をしたタルッコの頭を片手で掴み上げてしまった
タルッコはしばらく空中で足を交互に繰り出していたが、異変に気がつくとそのままの姿勢でフリーズする
「ウヒョ…?」
サザンカは一歩飛びのいて剣を構え直す
「ほう…初見で私の間合いを図れますか。私の抜刀が見えたのはあなたが二人目です。あなたは、うちの近衛よりもよっぽど修羅場をくぐり抜けてきた剣士のようだ」
言い終わると同時に、先ほどまでサザンカが立っていた地面が爆ぜた
剣風が地面を割いたのだ
ノームは冷たい目で転がっている兵士を蹴とばすと、一歩一歩サザンカとの距離を詰める
サザンカは思わず半歩下がった
格上の重圧とも言えるほどの闘気がノームを存在感を増している。同じノームのタルッコとは天地の差である。タルッコはダンスしかできない。
サザンカは黒い鎧のノームから目をそらさずに言う
「お前は……戦士…なのか」
黒い鎧のノームはフっと笑う
「戦士に見えるか…ッフ…まぁ遠からずと言ったところです。少なくとも今は違います。申し遅れました。私はカイエン・キャピタル。この町を統括する者です。名誉を尊ぶ戦士であり、領主でもある」
黒い鎧のノームはカイエンと名乗った。カイエンはタルッコ作の雪像を見上げるとしかめっ面を作る
「しかし、これは想像よりもずっと酷い…私の名誉に相応しくない…同族でなければ即刻殺していたところです」
思わずカイエンの手に力が入る。掴まれているままのタルッコとしてはたまったものではない。ジタバタするが、カイエンは大岩の如くぴくりとも動かない。
「ウヒョ~~!!痛いです、痛いですぞ~!!私は一生懸命やっていただけなのに、これはあんまりです!」
全く聞き入れる様子もなく、カイエンは刃をタルッコの首元にあてて、サザンカに言った
「これ以上部下が傷つくのは避けたいものでね。武器を置いてもらおうか、剣豪よ」
「っく……」
サザンカは戦うことを止めて、言う通り剣を捨てた
カイエンは武装放棄を見届け、一度だけ頷くと即座にハンドサイン
「捕えろ。剣豪は殺すに惜しい。このノームも……同族に免じて生かしておけ。祭事が終わるまでは地下牢にぶち込んでおきなさい」
「っは!」
ひょんなことから地下牢にぶちこまれてしまうタルッコたち
サトルたちの戦いの裏では、彼らの戦いが始まっていた!(主にタルッコのせい)




