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領主編 116話


 メイス・フラノールの市場


 戦の影響で人数は減ったものの、日夜賑わいを見せるこの場所で、イエティハンターと名乗る若い男が率いる商隊が最近名を売り出している


 「あぁ、それじゃ十分な量じゃない!肉の量をもう少し融通してくれ。仲間が腹を空かせている」


 「…それでは、イエティ肉をあと一掴み分。それが限界ですね。無料でこれだけのサービス量なのですから、これ以上はボランティアも良いところでしょう」


 イエティハンター…もとい、サトルに突っかかるのはフォマティクスの紋章を身に着けた高官らしき男


 事あるごとに、商売人の売り物をほぼタダ同然でかっさらう極悪非道な奴だ。サトルたちも例に漏れず、これに絡まれている。しかし、被害者であろうサトルは笑顔も笑顔。ニコニコである。


 あまりにも不気味な笑顔を向けられるものだから、高官も眉にしわをよせ、さらに横暴な要求を行う。間違いなく、ただの嫌がらせだ。


 「足りないな……ここで商売したいのであれば、もっと肉を寄こせ」


 「なるほど…ではもう一ブロック、どうぞ」


 サトルの商隊は、メイス・フラノールで慢性的に不足している肉、皮、油を格安で提供しており、特にフォマティクスの兵や高官の理不尽に対しても仏の如くサービスを続けていた。


 普通の神経をしていれば、破産同然の要求をのみ続けているサトルたち。破産しないのが不思議なレベルである。当然原価はゼロなのでいくら安く売ってもサイフは痛まない。サトルの目的は金儲けじゃないという点もあるが。


だが、そんな事情を知らないフォマティクスの高官たちらにとってみれば不気味そのものであろう。商売を許されているのは、ひとえに住民からの圧倒的な評判と需要を満たし続けている貢献値が無視できないレベルにまで到達しているからに他ならない。


 この商隊が現れてから2週間程度になるが、追い出そうものなら良くて内乱が起こる


 何処からともなく必需品を石ころみたいな値段で売りまくる商品など怪しんで然るべき。だが紛れもない本物の品質を売っている。


 だからフォマティクスの高官は、こうして身元不明な商隊を町に置いておくしかない


 この時点で、事実上の立場が逆転し始めている


 「ッチ…まぁいい。忘れるなよ。お前たちはフォマティクスの名の元に商売を許されている!本来であればお前たちのような身分の知れぬ者を長期間置いておくことはない。少しでも怪しい動きをしてみろ。後悔することになるぞ」


 「…分かっていますよ。では、またのご利用をお待ちしています」


 唾を飛ばして地面を汚し、去っていく高官に見向きもせずに次の商品を用意して客を待つサトル


 今日もカルミアたちが狩ってくる肉や皮を捌いて売るだけだ。サトルの計画は着実に進んでいる


 「皮と油の売れ行きも…好調だな。よしよし、順調だぞ」


 在庫が少なくなった皮と油を前出しして客を呼び込む


 肉の旨さもさることながら、皮や油の需要も計り知れない。特に皮は優秀だ。サリーの作成した特殊な液にそぎとった皮を浸し、臭いを消し、余分な脂と毛を分離させ、寒い外に干し乾燥させる。この時引っ張らないようにするのがコツらしい。こうすることで、柔軟でありながらも丈夫で保温性能を高めた皮が出来上がる。羊皮紙の作り方に似ているが、引っ張らないという点が違う。分離した油も着火性能が高いから売り物になるって寸法だ。


 この地では酸素を木に触れさせないように炭を作る方法が確立されていない。だからイエティの油のような、魔物の油が重要なのだ。もっとも、イエティの油は高級品であったため、庶民の手に届くようなものじゃなかったのだ。…今までは


 「イエティハンター!今日もご精がでますなぁ!」


 恰幅の良い男が手をふってやってくる。胸にはフォマティクスの紋章がついた小奇麗な服。先ほどの男と同じく、高官の類だろう。だが、この者はサトルに対して友好的であった


 素性を隠したサトルたちは、今はただの商人である


 「ポンジェ様ですね、今日は何をお探しですか?」


 このフォマティクスの高官はポンジェと名乗っている。いち早くサトルの商売方法に目をつけて、こうして市場に足繫く通ってはコミュニケーションをはかっている。サトルも好都合とばかりにポンジェへ可能な限りの接待をしているのだ。


 「ははは、少しはおしゃべりにも付き合ってくれよ。スターリムの重要拠点を落としたと娘に連絡をしたら場所を聞かれてな。メイス・フラノールと言えばイエティの皮だと手紙でしつこくせがまれているんだよ。まったく、困ったものだ。イエティなど滅多に手に入らないうえ、手を出せる額じゃないというのに…」


 全く困ってなさそうな笑顔を向けて、他愛のない話を繰り出すポンジェ。その目線はチラチラとイエティの皮をまとめた在庫へ向けられている


 (ただ単に娘の話をしたいだけだろう…このおっさん。目的もバレバレだ。だが、これがチャンスだ。これを利用しない手はない)


 「そうですか…なら、今日は良い皮が入ってきてます。これを服屋に持っていけば、必ず良い品物を仕立ててもらえるでしょう。娘さんの求める品質に届きうると、保証いたしますよ」


 そういって出来上がった皮を差し出す。


 ポンジェの手元に毛皮が触れた途端、暖かさを感じる。間違いなく、寒い地域でも暮らしていけるイエティ産の毛皮だ。


 「素晴らしい!触った途端に手元に汗が出てきそうなほどだ。みろ!手元がもう赤くなってきている。ははは、動物臭さも全くない、薬草の良い香りまでする。そして全く外傷やツギハギのない皮…素晴らしい…やはり本物…本物は違う。―――あー、ところでハンターくん。この皮だが……」


 サトルは手で制し、それ以上言う必要は無いと言いたげなジェスチャーをする


 「遠方の娘さんは、愛する父に会えずに辛い思いをされているでしょう。素晴らしい親子の愛をどうして邪魔できましょうか。私はこのステキな関係の構築をお手伝いさせていただきたいと考えています。これは、いつもお世話になっておりますポンジェ様への、贈り物だと思ってください。何時もご苦労様です。ささ、お納めください」


 ポンジェの胸元へ毛皮を押し込むように、もう一段毛皮を積み上げる


 これにはフォマティクスの高官もニンマリである


 「おお…おおお…悪いなあ。いつもいつも世話になってばかりで、これで娘も喜ぶ。何か困ったことがあれば私に相談したまえよ。必ず力になろう!ははは!イエティの皮がこんなに!本来の額で言えば金貨40枚はくだらないぞ!ははははは!」


 全く悪びれた様子もないポンジェだが、本当に嬉しそうにしている


 (出るならここだな…)


 「…では、ポンジェ様。お願いがございます」


 「ふむ…君にはとても感謝している。本来であれば断るところだが、良い。まずは申してみよ」


 「はい、ありがとうございます。実は――」


 サトルは、フォマティクスの高官の一人から法外な要求に応えていること、そしてそれが続くようなら、生計を立てるのが難しいため、町から離れることを検討していることを伝える


 これを聞いたポンジェは体を震わせる


 「なんと…なんと…それは本当のことか」


 結局のところ、サトルたちに対してやっていることはどの高官も同じなのだが、定期的に娘へ貢げないと計画が崩れる予見をした男の行動は早かった


 「事情は分かった。できることは全てしてあげよう。ちなみにハンターくんは、どうしてほしいのだ?領主様へ謁見か?それとも裁きを求めるか?」


 (それも良いが…)


 サトルはニヤリと笑みを浮かべ言った


 「現メイス・フラノールの領主様がお見えになるというフォマティクスの雪華祭に、参加させていただきたいのです」



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