領主編 113話
「そろそろ到着だぞ、サトル~、降りる準備しろ~!」
御者さんの独特な訛りのモーニングコールで、馬車の中薄っすらしていた意識を取り戻す。
あれから更に何日もかけて、ようやく到着である。メイス・フラノールに近づくにつれて、気温もどんどん下がっている。
馬車の窓に目をやると、ゴツゴツしていた岩肌から雪化粧が目立つようになっていた。
元の季節感で言えば、まだ夏の終わり頃だと言うのに、標高が高いせいか、寒い地域に生息する魔物や植物ばかりだ。年中厳しい環境に晒されているとは、名ばかりでは無いようだ。
俺は、毛布の一枚をサリーから奪い取り、身に纏う。サリーは寒さには弱いようで、近くにあった毛布を片っ端からかき集め過剰に身を包んでいるせいか、ミノムシのモンスターにしか見えない。一枚奪ったところで何の影響もあるまい。10枚が9枚になるくらいだ。
「ちょっと、サトル、アタシの生命線を奪わないデヨ!凍えちゃうでしョ!」
ミノムシモンスターが何か抗議しているが、俺だって寒いのだ。
「サリーさんは毛布を使いすぎなんだよ。皆を見習いなよ。今日の獲物だって他の皆が狩ってきてくれているんだから……」
ミノムシモンスターは毛布のカラから腕だけを出して威嚇のポーズをとった。寒かったのか、すぐに手を引っ込めた。
(全然怖くないぞ)
サリーがこんな調子なので、寒さが増してからは彼女抜きで狩りをしている。この辺りにはなんたって、美味で有名なイエティが生息しているのだ。人数分であれば一匹で十分だが、町へ入るための作戦…下準備である。
あと1時間程度で到着といった位置で、一度馬車を停止させる。ここがメイス・フラノール奪還作戦前に取れる最後の朝食と、作戦の確認や準備ができるポイントになる。
この作戦には御者さんにも加わってもらう必要があるが、本人は二つ返事で承諾している。命に関わるかもしれないと言ったが、やはり笑顔で頷くだけだった。
カルミアたちには、今日の朝食兼、作戦で使用するイエティを狩ってもらい、ここに運んでもらう手筈になっている。
ミノムシモンスターはそのままにして野営の準備を進めていると、カルミアたちが戻ってきた
「…サトル、今戻ったよ」
自身の体長をはるかに超えるイエティを片手で何匹も持ち上げているカルミア
フォノスとイミス、彼女の相棒ヴァーミリオンは一匹ずつ仕留めてきたようだ
「みんな、順調に狩れたようだね。お疲れ様」
カルミアは満足そうに頷くと、見るからに重そうなイエティをズドンと地面に降ろした
「成長しても、カルミア姉さんにはかなわないな」
フォノスは苦笑しながらもイエティを近くに降ろした
「ウチの子だって負けてないけどね!」「そうです、負けてません、そうですよね、マイシスター」
イミスとヴァーミリオンも更に一匹ずつ
皆簡単に狩ってきているが、討伐難易度も希少性も高い魔物だ。最後にシールドウェストで食べたときは金貨が必要なほど高価だったほどだ。味はお墨付きである。
「みんな、とても難しい仕事をこなしてくれたと思う。まずはイエティをさばいて商品に見えるように加工しよう。毛皮も肉も、できるだけ作っておくんだ」
イエティの素材は、メイス・フラノールに入るためには必須のアイテムになるだろう。ここで求められるのは食料と暖を取るアイテムだ。
カルミアとフォノスはイエティを手慣れた手つきで捌いていき、肉を手渡す
俺はその肉を受け取って、まずは皆の分の朝食を用意した
残りは食べた後だ。
火をおこしてイエティ肉をシンプルに焼く。サリーの開発した着火剤…本人が言うには育毛剤らしいが、それを使えば外でも消えにくい火種を用意できるのだ。
良い肉は火と最低限の調味料でも旨い。これとパンが今日のメニューだ
「よし…完成っと…うわっ―」
「クンクン…良い香りだネ!ちょーだイ!」
気がつけばミノムシモンスターが横に座っていた!なんてやつなんだ!
「仕方ないな…ほら、森へお帰り」
「ありがトー!」
一番小さい肉の塊を串ごと手渡すと、それを受け取ったミノムシは馬車という名の巣へ帰っていった
* *
皆の手元に美味しいイエティ肉とパン、そして温かい飲み物が回ったところで、火を囲って作戦会議だ
「よし、食事は回ったね…。じゃあメイス・フラノール奪還作戦の概要について触れていくぞ。先行して偵察してくれたフォノスから、まずは町の状況について教えてくれ」
フォノスから偵察の状況報告だ
「うん、僕の足をもってすれば簡単な任務だったよ。誰一人に見つからずに斥候を終えた。町の様子としては、既に戦後処理を終えている様子だった。…もちろん、フォマティクスの勝ちという結果でだけど。ここまでは王様の情報通りだった。抵抗が激しかった門前と、城の入口以外では兵器の残骸も、死体ひとつなかった。片づけも終わっているんだと思う。町は完全にフォマティクスの奴らが占拠していたし、旗は全部燃やされていた。町内部の損害はビックリなほど少なかったよ」
(戦後処理から時間が経過しているとみていい。損害が少ないのが、逆に不気味だな。国王が話していた『少数精鋭にやられた』ってのが現実味を帯びてきたな…)
「住人の様子はどうだ?」
「皆落ち着いていたよ。普通に生活していたから、町の人を虐殺してっていうようなパターンではなくて、乗っ取りだと思う」
(住人を虐殺するメリットはまず無い。攻めるという部分においては理想的な占拠だと思う。感情で動くタイプでもないか…)
「他に気になった点はあるかい?」
フォノスは少し思案して
「住民は生かしていたけど、兵士たちは食料を住民から法外に安い値段で買い上げているようだね。町中、至る所から食料不足の声があがっていたんだ」
(少数精鋭で攻めて、大部隊でも駐屯させるつもりだろうか…どちらにせよ好都合だな)