領主編 112話
王都から旅立ち、馬車に揺られ続けて早3日が経過している。北の領土まではブローンアンヴィルやジロスキエント・ミトスツリーの領土を超えてさらに北へ向かわねばならない。途中でミトスツリーへ寄って父親に会う時間を作ろうかとサリーへ提案したところ、ニコニコ顔を変貌させ、への口を作ってぶんぶんと顔を横に振ったもんだから、寄り道せず向かっているところだ。
今はブローンアンヴィルの山間を超えて、ゴツゴツした地を馬車が駆けている
そして、丁度日が傾き始めた頃
「今日はここで馬を休ませるでな。サトルもそれでいいか?」
御者さんが丁度良く開けた場所で馬を休ませるように言ってきた
「分かりました。みんな、今日はここで泊まろう」
そう言って馬車から降りると、皆も頷いて降り始める
「アー!つかれター!ずっと座っているのも肩がこるヨー!水浴びした~~イ!」
馬車から一番乗りで降りたサリーは肩を回しながら…ついでに腕もくるくる回して大声を出す
「サリーちゃん、うるさい。新型ゴーレムの設計プラン考えていたのに吹き飛んじゃった」
「マイシスター、今日こそあの魔女をやっつけましょう。やはりキケンです。昨日もあの魔女はゴブリンの魔石を私に入れようとしていました!」
イミスがヴァーミリオンを連れてわちゃわちゃと会話を繰り広げ始める
カルミアとフォノスはアイコンタクトのみを交わし、それぞれが周囲の警戒を始める
野営の準備前はいつもこんな感じである
フラノールが陥落したのに、こんな悠長に野営してて良いのかと思うが、これも立派な体調管理であり、作戦でもある。
都市奪還は早ければ早いほど良いが、メイス・フラノールの陥落にデオスフィアが関わっている以上、体力はできる限り温存して向かうつもりなのだ。速さ重視の移動は体力を消耗する。領地に到着する頃には主力メンバーがヘトヘトでした…なんてことになっては笑いごとでは済まされない。もどかしいが、こんな時こそ落ち着いて、万全に。いつも通りを心がける必要がある。相手は戦局をひっくり返した者だ。警戒しすぎて損ということはないだろう。
野営の準備を進め、キャンプファイヤーを囲って、食事を取るが皆が心なしか元気がない気がした
(やはり、戦地に赴くのだから少しは緊張するか)
こんな時は、俺が秘蔵していたオリジナルTRPGゲーム…これを皆に遊んでもらうに限るだろう。移動中は少しでもリラックスしてもらいたい。
皆へキャラクターシートを配って、ダイスとペンを回す
(俺が知っているTRPGの世界で、TRPGをプレイするなんて不思議な気分だ。俺のルールブックに、俺のパーティーメンバーのキャラクターシートが入っているから余計にそう感じる。……そう言えば、この世界はダイスもゲーム上の制約も全く無い。それが不思議なんだよな)
今更ながらの考えを巡らせていると、フォノスが催促する
「お兄さん、はやくプレイしようよ」
「おっと…そうだったな。キャラは作ったか?」
もちろん、皆でプレイはこれが初めてじゃない。
カルミアから、またやるの?といった視線を向けられるが、それは決して悪い意味ではないことも知っている。これは一種のコミュニケーションであり、対話のひとつだ。
カルミアとフォノスの書いたシートを回収。二人は至って真面目なキャラを毎回作る。ファイターとアサシン。クラスまで似通っているのが面白い。
サリーがキャラクターシートに何かを一生懸命に書きなぐっている。彼女のキャラはいつも序盤に悲惨な死を迎えることが多い。どんなハイスペックなキャラを作成しても、彼女が作成したキャラは漏れなく爆発したり空中に吹き飛んでそのまま地面に激突したりして死ぬからだ。彼女がそうさせているのだが。
「できタ!今回は最強の毒使い!毒を口に含んで周りにふきかけル!どう、強そうでしョ?」
(あぁ、これは毒を誤飲して序盤に死ぬパターンかな)
と思いつつも俺も止めない。これも彼女のスタイルである。どんなプレイヤーでも許容し、ゲームを成立させる。世界観に合わせて、無限大に柔軟に。これがゲームマスター(進行役)のお仕事だ。
このゲームの最終目的は、作成者とプレイヤーの媒体を通した対話の成立にあるのだから。
最後にイミスとヴァーミリオンのシートを回収。彼女らはすごくクセのあるキャラを作る。毎回何か一芸に特化させてくるのが面白い。
「よし、全員キャラは作ったね。それじゃ今日は、ゴブリンの集団から村を守る短いシナリオを遊ぶぞ!」
「ちょっとまっテ!ゴブリンは味方がイイ!」
サリーが頬を膨らませるが、フォノスがすかさずツッコミを入れる
「それなら、ゴブリンの親玉をサリー姉さんにしよう。僕たちは村を守るんだ」
「親玉!とてもいい響キ!賛成だヨ!フォノスは賢いネ!大きくなって頭も良くなっタ!」
「サリー姉さん…僕の見た目は確かに変わったけど、頭の良さは変わってないよ」
サリーはよくわかっていないが、敵側に回るということだ。
彼女の作成した毒霧キャラの敗北フラグがもう既に立ってしまった瞬間である。
「フォノスくん、お兄さんとかお姉さんって言うけど、もうそんな年には見えないよね~」
イミスがゴーレムの部品をいじりながらも、フォノスの最近の変化について話題を出す
「僕にとって、お兄さんはお兄さんだよ」
彼女たちは実に寛容で、彼の変化についてもすぐに馴染んだ。驚いたのは俺くらいである。なんか納得いかない。
「あっしも敵側をプレイしやす」
御者さんもちゃっかりプレイに混ざって、今日は楽しくなりそうだ。
ちょっとしたキッカケから、キャンプファイヤーの火が心もとなくなるまで、笑い声は続いたのであった。