領主編107話
ソリアムが支配する基地を潰した俺たちは、休憩を挟みつつもソード・ノヴァエラへ向けて帰還。道中にシールドウェストを経由するため、その過程で今回の遠征について報告会を開く運びとなった。
フォノスのクラスアップなど、ちょっとした動きはあったものの、帰還中は大きなトラブルに見舞われることもなく、順調に旅を続けてシールドウェストまで戻ってこれた。
「随分と久しぶりに見た気がする…」
シールドウェストを囲う大きな巨壁は、相変わらずの頼もしさ。隣国との緊張が続いているとは思えないほど、町の活気も明るい。疲れ切った俺たちを、まるでおかえりと受け入れるように堂々と鎮座する逞しい壁が、大きな安心感を生んでくれる。
町の様子は賑やかだが、俺たちの領と同じく戦に駆り出されているのか、領内の兵は少ないように見えた。
(久しぶりのシールドウェストを堪能したいところだが、俺にはまだやることがある)
これから領主のアイリスに話をつけて、滞在時間中の捕虜たちをシールドウェストで保護してもらわねば…ソード・ノヴァエラに連れ帰るにしても、彼らの状態について共有しておく必要がある。
捕虜の一人が恐る恐る問う
「あの、サトル様…我々はここで解放していただけるのでしょうか。それとも、サトル様の領地で…?可能であれば、数日分の食料と支度金の援助をお願いしたいのです」
不安そうな顔をなだめるように、笑顔を向けて応えた。
「まだ決まっていません、正式な手続きを終えて解放となる予定です。援助も私の資産から可能な限り提供しましょう……ただ、少しお時間を頂戴するかもしれません。それまではお待ちください」
「…わかりました」
彼らの表情は未だ暗いままだが、少しずつ明るさを取り戻している。
長旅に加えて、ずっと苦しい生活を続けていた彼らをすぐにでも開放してあげたい。そんな気持ちは山々だが、それができない理由があるのだ。彼らの手の甲には、まだ爆弾に等しいそれが眠っているままなのだから。少なくとも、スターリム内では周知しておくべきだろうし、対策方法もなしに野放しになんて出来ない。可能であれば、目の行き届く範囲に留めておきたいのが本音だ。
俺はもう一仕事するため、もう顔なじみとなってしまった門番に、簡単な事情を説明してアイリスとの面会を取り付けた。
簡単に状況を門番へ伝える
「―という事情があり…アイリス様との面会を希望します」
門番は神妙な面持ちで話を汲み取ると、二つ返事で了解してくれた
「そういうことでしたら、かしこまりました。アイリス様は丁度、遠征から帰還されています。ただちに報告して参ります」
(タイミングが良かったな…)
基地で得た情報をすぐにでも拡散できるのは有難い
少し経って、門番はガシャガシャと鎧の音を立てて、慌てた様子で戻ってきた。
「さ、サトルさまぁ~、ひぃ…ひぃ…お、お待たせ…しました」
「お、お疲れ様です…」
(アイリスのことだから、すぐに連れてこいとか言ったのだろう)
「アイリス様が、すぐにお会いになりたいと…!」
(…やっぱりか)
「…急いだ方が良いですね。捕虜の方たちの対応はお任せしても…?」
「はい、そちらは事情があるということでしたので、領主様たちのお話が終わるまで、私たち共で保護いたします。ご安心ください」
「ありがとうございます」
(とっとと向かおう…あの方を待たせると後がコワイ)
パーティーメンバーにも自由行動を告げて、俺は狼の巣…もとい、アイリスの元へ向かった。
* *
アイリスの館
彼女の執務室を前にして既に酒の臭いが…
アイリスが無類の酒好きであっても、呑みすぎである。酒場か何かと勘違いしていそうだ。
(そろそろ控えるように言った方がいいのかな…)
なんてことを考えつつもノックをすればゴキゲンな声が
「サトルか。入っていいぞ~♪」
扉を開けると、椅子に座りつつ机に脚を乗せて酒をかっくらう美女が、ビシっと片手で挨拶をかます。彼女の隣には見覚えがある青年が、疲れた表情をしていた。
(アイリスは…いつもの調子だな。隣の人は誰だろう)
「…アイリス様、お酒はほどほどにしておいた方が――」
何か面倒なことを言われると察したアイリスはすぐに席を立って、俺のそばまで来たと思えば肩に腕を回し、俺の口撃を封じた。スキンシップが激しいのは今に始まったことじゃないが、カルミアを連れてこない主な理由がこれである。
「まぁまぁまぁまぁ、良いじゃないか。減るもんじゃないだろう…?」
(色々減っているが…!?)
心のツッコミを無視して彼女は続ける
「それより、伝令から聞いたぞ?大活躍だったって?基地を爆破するなんて、お前にしては激しいやり方じゃないか!はっはっは!フォマティクスの連中はさぞ驚いたことだろうな!」
横にいた青年が助け舟を出してくれる
「アイリスさん、その辺りで。まだ私との話の続きがあるでしょう。あと公務中は酒を呑まないでください。貴方ほどの実力者じゃなければ、降ろしているところですよ」
アイリスは口を尖らせ、拗ねた態度をとった
「はぁ…アル殿は、我が愛しい愛弟子とも言えるサトルとの、ひと時のコミュニケーションも許してくれないのかい。そうですか。はーそうですか…酒がまずくなるなぁ」
「…アイリスさん、私の立場も考えてください」
「しーらない♪」
二人して言い合いを始めてしまった
それにしても……
(アイリス相手にこの堂々とした振舞い…若くしてこの平然とした口調…どこかで見たことがあると思ったら…思い出したぞ)
この青年は、スターリム国王都の宰相だ。
(たしか、名前はアルフレッド・エンダリオ。王からはアルと呼ばれていたな…でもなぜここに宰相が…?)
二人のやり取りは一旦落ち着きを取り戻したものの、アイリスは俺を解放すると次の酒瓶を棚から出して開け始めている
アイリスの自由気ままな態度に、アルフレッドの頭に怒筋でも浮かんでいるような表情を見せていた
「アイリスさん……!はぁ、もう良いです。サトルさんをお待たせしてはいけませんから。…彼の報告から聞きましょう」
「おや、私は待たせても問題ないって言うのか?」
アルフレッドは笑顔で俺しか見ていない。彼女の抗議について無視を決め込み、俺に軽く会釈する
「この酒飲みは気にしないでください。それで…貴方には補給基地へ出向いていただく作戦でしたよね……?伝令から一足早く結果は聞いていますが、簡単な内容でしたから…もしよければ、貴方から直接首尾のほどをお伺いしたいのです」
「それが…」
どこから話して良いか…色々ありすぎて迷ってしまう。ただこれだけは最初に伝えるべきだろう
俺が答えを言い淀むと、アイリスの酒を取る手が止まった。目つきは鋭い。
こういうとき、彼女は本当に狼みたいな嗅覚をしていると思う
「まずは…これから言うべきでしょう。フォマティクス陣営の補給基地は、デオスフィアの製造に関わっていました。つまり、悪魔化については奴らの関与が否定できなくなりました」
「…」「…」
二人の表情がより真剣になる
無言が続きを促しているような気がしたので、話を続ける
「それだけではありません」
俺はソリアムの手記を机に置いた
「これは、補給基地に詰めていたリーダーと思われる方の手記です。この者は既に死亡していますが、この内容と、私の見聞きした情報で裏付けが取れている点があります。デオスフィアの製造方法についてです」
「…ほう」
アイリスは手記を取って、内容をパラパラ見ていく。その一部の記述時点から手が止まった
(俺の口から説明するべきだろうな)
「……人を悪魔化させる災厄のデオスフィアは……人の命によって創られています」