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領主編 105話


 「お兄さん、仕上げだよ。この忌々しい基地を壊そう。更地にするんだ」


 用意周到とはこの事だろうか。フォノスが基地から脱する際に、ご丁寧にも爆発物をセットして周っていたらしい。その数も尋常ではないほどで、彼の執念深く容赦しない性格が表れている。仮に敵の生き残りが隠れていても、この爆破で完全に生存の望みが断たれるだろう。


 苛烈な手だが、基地の爆破はシンプルながら悪くないと思った。転移装置は存在するだけで脅威。敵の手に回る可能性があるのなら、利用される前に壊す方がより確実に戦力を切り崩せるからだ。


 転移先と転移元の両サイドに、サリーが追加で生産した爆薬ポーションのセットを指示し、全員で離れる


 部隊と保護した人々を基地から遠ざけ、彼らを散々苦しめ続けた拠点の最期を遠目から見守る


 「イミスさん、ここまで離れれば大丈夫だろう。起爆をお願い」


 「お任せ♪ポチっとな!」


 イミスが開発した新技術、ビーコン式ゴーレムを即興で改造した起爆装置だ。実態は遠方からでも自爆指示が出せる小さなゴーレムなのだが、爆薬への引火には十分だろう。


 イミスがスイッチを押すと、数秒後に大きな爆発が発生する


 ボゴオォォォォォン……


 遠くからでもはっきりと視認できる


 空気中を伝播する圧縮波と、波形構造を生んだ負圧がその威力を物語る


 数秒遅れで身を焼くほどの熱風が襲ってきたが、人体に影響はない……と思いたい。


 もちろん、基地は跡形もなく更地に還った


 これで作戦は完了だろう。もうこの基地がスターリム国の住民を苦しめることも、前線に物資を届けることもない。


 (サリーのポーションや爆発物が日に日に凶悪になっている気がするが…)


 錬金術系統のクラスはレベルと魔力量に応じて作成するポーションの能力も上がるため、このような工作作戦ではサリーは無類の強さを発揮するのだ。


 二人してウルフ程度に手こずっていた頃を懐かしみながらも、基地の最期を見届けた


 サリーをチラっと横目で見ると、何かを期待する眼差しをこちらに向けている


 「ねぇねぇ、サトル、アタシの作った爆薬、スゴイでしョ!?」


 「う…うん……すごいねー……」


 数を用意したとはいえ、手元の物資のみでここまでの規模の破壊効果を生み出せるのは掛け値なしに凄いと思える。調子に乗りそうだから言わないけど。


 「ハカセとよびたまヘ!ハッハッハ!」


 褒めると満足そうに頷いていた。


 周りを見渡すが反応は様々だ。


 保護した捕虜たちは、基地の最期を見届けて涙する者や、積年の恨みを晴らすように更地になった基地へ悪態をつく者。喜び合う者…


 カルミアは渋い顔で両腕を組んで更地を眺め、サリーは褒めてもらったと横で騒いでいる。イミスはゴーレムの反応速度がどうとか言って、最早基地への興味を失っていた。リンドウら自警団は、爆破を見届けてから部隊の再編を始める。


 フォノスだけが思い詰めた表情だった


 これで、ひと段落ついたのだろうか。だが、まだやることは多い


 保護した者の…彼らの手の甲には、ソリアムの置き土産が未だに健在だ。これをどうにかしないと、また悲劇の連鎖が始まる


 爆風が収まってしばらくしても、俺は更地になった基地を眺めていた



 ・・



 ソード・ノヴァエラへの帰還途中、保護した捕虜たちの消耗が激しかったので一晩だけ皆で野宿だ


 食事当番はもちろん俺だ。サリーなんかに任せたら全員、基地のように爆発して吹き飛ぶことになる


 料理でそこまで出来れば最早才能と言えるのだが、ポイズンクッキングとかそういうレベルどころの話ではない


 ちなみに今日は、パンに肉を挟んだサンドイッチと、野菜を煮込んだ即席のスープ


 簡単だが、この組み合わせが旨いのだ


 食事を配り終え、すっかり遅くなった夜ご飯を一人でいただく


 (食事当番って自分が食べるタイミングを逃しちゃうんだよな)


 誰か誘おうかと思ったが、自警団は忙しそうだし、捕虜たちはテントで寝始めているのでやめた


 少し離れた場所の切り株に座り、パンとスープを用意した


 「…いただきます」


 未だ日本の文化の癖は健在で、誰が聞いているわけでもないが、大事なことだ


 パンとスープを交互に食べ飲みする。この食べ方がまた美味


 「うまい…」


 ふと空を見ると、一面を飾る星々の数


 都会の、それも病院からでは絶対に視ることすら叶わなかった景色だ


 星は、周囲が暗ければ暗いほどハッキリ視認できるという特徴がある。キャンプの醍醐味と言っても良いだろう。


 その満天の星の海を泳ぐ、大きくて不思議な魔物たちが、幻想的な風景を飾ってくれる


 「わぁ…」


 贅沢な時間だ


 この世界の空の魔物は、何故か俺たち地上の者を襲わない。地を這う者を歯牙にもかけない様子で、空の魔物同士で日夜問わず縄張り争いをしている。だから空に魔物がいても、誰もなにもしない。縄張り争いに負けた魔物が突然空から落ちてくる以外の実害はないのだ。こちらから手を出さない限り。


ちなみに落ちてきた魔物はとても高く売れるらしく、そういったハイエナ戦法で飯を食べている専門のハンターがいるらしい。人では太刀打ちできないほど強大な魔物ばかりなので、素材が高く売れるとかなんとか。


 バードウォッチングならぬ、魔物ウォッチング…割と楽しそうである


 しばらく、星を見ながら食事を楽しんでいるとフォノスがやってきた。先ほどのような思い詰めた表情は消えている。


 「お兄さん、探したよ」


 「フォノスか、まだ寝ていなかったのか?」


 切り株のスペースを半分開けてあげると、隣に座ってくれた


 「うん、なんだか色々考えてたら目が冴えちゃって」


 「そうか…」


 「うん…」


 沈黙が続くが、心地が良い沈黙だ。こういった間も良いものだ


 周囲の環境音がASMRのようで、ウトウトしてきたところで、フォノスがようやく口を開く


 「フォマティクスの人は…どうしてこんな酷いことをしたんだろう」


 フォノスは焚火に枝を乱暴に投げ入れ、そのまま言葉を続けた


 「……彼らのしたことは許されることじゃないよ。人の命を、文字通り兵器に変えている。それも、一般人をだ。捕虜は、僕たちのような戦う人だけじゃなかった。僕は、奴らが許せない」


 彼の瞳に映す炎が、心情を表しているようだった


 「そうだね……フォノスには伝えておこうか。正直な話、俺はこの任務自体があまり乗り気じゃなかった。領地の皆と、仲良く楽しくやっていれば満足だったから。王様の命令とは言え、戦争の片棒を担ぐのは気が進まなかった」


 「そうなの?」


 意外そうな表情のフォノス


 「あぁ、そうだよ。両者に言い分があるからこそ、人は争う。真っ当な言い分が片方にしかない争いなんて都合の良い戦いは無い。だからこそ、どちらが正しいとか、そういうのも考えたくなかった。答えなんて出ない。だから争う。大人の喧嘩ってそういうものばかりさ。君を巻き込みたくなかったのが本音だけど。でもね、この遠征が一息ついた今になって、強く実感することがあるんだ」


 「…」


 フォノスは黙って焚火を睨みつけたままだ


 「俺は、俺が統治する町に来てくれる人を笑顔にしたい。それは変わらないよ。でも、それだけじゃ本当に苦しんでいる人に手を差し伸べることに至らないと、実感した。今、俺たちが町の囲いで幸せに過ごす一方で、理不尽に奪われる命がある。知ってしまったんだ。それを」


 火の勢いが弱まったようだ。また枝をくべて、スープを一口。話を続ける


 「知ってしまった以上、無視して町の統治に専念するなんてことはできない。王様から頼まれた仕事はここまでだけど、俺はもう少し踏み込むつもりだ。そして、皆を巻き込むだろう。フォマティクスがやっていることを、真っ向から否定するつもりは無いけど…それでも、彼らは人として間違った道を歩んでいる。どんな道理があったとしても、一般人を悪魔化させる非人道的な行為は正当化できないし、人を道具のように扱って良い理由にはならないからね。だからこそ、デオスフィアを使った戦争をやめさせようと思う。こんな技術を生み出した人に、一言も二言もいってやりたいんだ」


 「僕も同じ意見だ。僕は…お兄さんに救われた。だからお兄さんが理想だと思う世界を作りたい。一緒に」


 俺は苦笑してみせる。彼を巻き込みたくはない。戦闘力があるからと言ってもまだ子供だし…


 「それは――」


 「お兄さん」


 フォノスは俺の意思を読み取ったように、言葉を切った


 「お兄さん、僕はお兄さんの仲間だ。仲間はずれは嫌だ。どんな道であっても僕はお兄さんと歩く。僕が力を授かったのは、そのためだよ。心配してくれるのは嬉しいよ。こんな愛情を注がれた記憶なんてない。でもね、お兄さんのパーティーメンバーは誰一人、生半可な覚悟の人はいないよ。僕もその一人だ。子ども扱いはしないでほしい。……僕は小さいときからずっと汚い世界で生きてきた。だからこそ、お兄さんが描く世界を一緒に見たいんだよ。どんな手段を使ってもだ。お兄さんならできるって信じているからだよ。これは、間違いなく僕の意思で、命をかけて通したい意地なんだ!」


 そこには一切の迷いなんて無い、一人の戦士の言葉だった


 

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