領主編 103話
「フォティア、合わせて……[スピリット・オブ・イラプション]!」
リンドウの錫杖から数メートルクラスの炎球が浮かび上がる
「やれやれ、久しぶりに呼ばれたと思えば…精霊使いが荒いのう…ほれ」
リンドウの体から燃え盛るような熱気が発生し、彼女が錫杖を振るうと、炎球は猛スピードで発射された。基地から地上に出てきたフォマティクスの増援を次々と灰燼に帰す。その動きに容赦など微塵も無かった。最早作業である。
彼女の手が緩むことはない
「私が弾幕を張ります。貴方たちも、サトル様に示すのです。己が力を」
指示を出すと後ろで控えていた自警団の竜人共も突撃を開始した
「ウォオオオオーーー!!」「やったるぞー!」
優美な女性から繰り出される苛烈な炎は、彼女の煮えたぎる想いが乗っているかのよう。そして、彼女の魔力に同調するように、炎の精霊であるフォティアが力を貸すことで、その怒りの鉄槌は何十倍にも威力が膨れ上がるのだ。
頭を失った敵兵の統率はバラバラで、上官一人ひとりの命令が違う。それが余計に混乱を招いており、リンドウの攻撃をもろに受けている
フォマティクス兵は更なる悪手を取った。隊長格の一人が遠見の魔道具を顔から下げ、指示を出す
「敵が詰めてくるぞ!!兵を前線に集めろ!基地の中にいる者も全部だ!はやく矢を持て!あの炎を出す女を射抜け!」
「隊長…!ですが捕虜たちを確保しておく兵まで出せば、奴ら脱走しますよ!?人質にとったほうがいいのでは…」
「黙れ!このままじゃどのみち全員死ぬ!魔法陣の転移先が何故か全てこの地上に出るように改変されているし、設定用のレバーがゴリラのようなバカみたいな力で下げられててぶっ壊れているんだよ!!しかも全部!逃げ場は無い!それにあの女は明らかに容赦していない。人質は逆効果だ。だが盾くらいにはなるだろう」
話をしている間にも、大砲の如くリンドウの炎球が飛んできている
また数人吹き飛ばされたうえに焼かれた
それを見た隊長は指をさして喚き散らし、更に焦る様子を晒す
「ほらみろ!あいつは全員殺す気だぞ!!いいから戦力を集めろ!全部だ!捕虜は盾に使う!!」「は、はいいい…」
前線に戦力を集中させるが、それは力と力の真っ向勝負でしかない訳で、その土俵は明らかにサトルのパーティーメンバーの最も得意とするところだ。
・・
フォノスは怒っていた
ここまでの怒りは、この力を授かり町のゴミ掃除をしていた時以来だ
「お兄さんは、甘すぎるんだ。僕が行くべきだったんだ」
独り言を呟きながら、前線で大立ち回りしているリンドウの部隊を横目に基地まできた
フォマティクスの兵が、次々と転移装置から現れては前線に走っていく様子が見える。偶にリンドウの炎球が基地の建物に着弾し、激しい轟音と炎をまき散らしていた
「リンドウ姉さんも怒っているね。……よし、この混乱に乗じれば…」
増援が途切れたタイミングに乗じて、人離れした速度で魔法陣に触れて転移。基地内に潜入したフォノス
「ここが…そうか、転移装置。僕が見抜けなかった理由か…ん……誰か来る」
基地内をぐるっと見回したフォノスは、人の気配を感じて天井の四隅に音もなく張り付いた
すぐに扉が開き、捕虜たちがぞろぞろと現れた
最前列と最後尾にはフォマティクスの兵が二人ずつ
「ほら、とっとと歩けダボ共がぁ!盾くらいにはなってもらわないと困るんだよ」
武器で脅しながら魔法陣に乗るように指示している
フォノスから見ても、捕虜を前線に出そうとしていることは容易に結びついた
(活人剣を使う価値すらない……純粋なるゴミだ。まずは一人。最後尾からだ)
ポーチから取り出したナイフを器用に投擲すると、最後尾のフォマティクスの兵の肩に刺さる
「ぐぁ!?」
肩を抑えた一人にナイフが刺さっているのを見て、もうひとりがキョロキョロと見回し叫ぼうとするが
(次はお前だ…)
サリーがお遊びで調合した『失敗作』なる薬ビンをもう一人の頭上に投擲。彼女には悪いけど、これも立派な武器になる
「て、てきしゅ―――」
シュウウウウ……
嫌な音をたてて、兵の頭が溶解した
(サリー姉さんを怒らせるのだけはやめておこう……さて)
ナイフが刺さった方は、泡を吹き始めている
(ポイズンスパイダーの牙から採取した毒だ。血液を数秒でスライムのように粘性を保ったまま凝固させる。せいぜい血液が止まる苦しみを味わって死ぬといい)
前の二名が異変を感じ、後ろを振り返る
「どうした」「何かあったのか?」
この隙を見逃すほどフォノスは甘くなかった
彼らの後ろに音もなく着地し
「さよならだ。ダボ共」
禍々しい殺人刀で執拗に斬り刻む。数秒遅れて兵は細切れとなった
「ふん。これでキッカリ4人…さて、君たち、捕虜だろう。仲間はあとどれくらい居るか分かる?」
残った捕虜たちは、フォマティクスの兵を斬ったフォノスに警戒することなく情報を渡してくれた
「本当にありがとうございました。仲間はこれで全部です。…死んだ者を除いては……」
「分かった、ありがとう。僕はもう少しやることがあるから、君たちはここに居て。大丈夫、数分で戻るよ」
天使のような笑顔を向けられた捕虜たちは、互いに顔を見合わせて頷く
(さて、目的は達成したけど、せっかくだから敵兵は全員殺す。一人だって残しはしない。僕は、きれい好きなんだ)
基地内をなめるように調べつくす
一人、二人、三人
剣を構える兵、逃げる兵、戸惑う兵、隠れている兵まで
見敵必殺
言い訳も前口上もなしで、鎌鼬の如くただただ出会い頭に刀を振り続けた
「ククク……アハハハハ…きれいになっていくのは愉快だ……おっと?」
容赦なく殺し回っていると戦闘の形跡が激しい部屋に到達する
戦いの跡から、サトルたちが戦闘していたと思われる場所だ
そこでは、兵の残りが数十人規模で集まっていて、制御室のような場所を調べたり復旧を試みたりしている
大きな処刑装置のようなものまで備えられていることから、ここが基地の中心部であることを悟った
処刑装置には血がこびりついており、数多の捕虜が犠牲になったことが想像できる
装置の動機も原理も分からないが、フォノスはこの処刑器具の使い方だけは分かった。だから思いついたのだ
「なるほど……いいことを、考えた」
器具の近くにいた兵に超高速で接近し、処刑装置に向けて蹴とばす
「うぁ…何を―」
アイアンメイデンのような器具は扉を閉じ、兵の命を奪った
「いいじゃないか、ゴミのくせにおもちゃだけはセンスが良い」
そばにいた兵は抜刀し叫んだ。すぐに大人数でフォノスを囲う
「て、敵襲だ!基地内にガキが!」「応戦しろ!相手は一人だぞ!」「いくぞ!」
あえて隠れるつもりもなかった
自分が今から何をするか見せつけたかったからだ
サトルの前では決してみせることのない、悪魔の顔を晒すフォノス
「じゃあ…はじめようか」