35話 番外編
護衛任務も完了し、シールドウェストに帰ることにはなったが、色々あってカルミアが消耗しているため、港町のランスフィッシャーを出るまで一日の休養を取ることになった。カルミアとサリーは一緒にショッピングや食べ歩きを楽しむということで、俺とは別行動を取ることになった。やっぱり休みは女子同士の方が気楽だと思うからね。…残された俺はというと、時間を持て余していた。
「あ~あ~、やっぱ俺も混ぜてもらうべきだったかなぁ~。ショッピングとか楽しそうだなぁ~」
すっかり平和になった港町では、町に来たときとは比べ物にならないほど露天や漁業が活発になっており、朝からお手伝いの冒険者組と漁師がランスフィッシュの漁に精を出している。港側では作業の邪魔になりそうだったので、公園まで来てみた。入り口にランスフィッシュの像が飾られている以外で変わったところは無い。
「公園まで魚の像だらけだな。そしてやることがないぞ…俺一人では訓練もままならないし、どうしようかな…ん?あれは?」
公園に一人、剣を振っている少年がいた。歳は見た目からして十歳前後に見える。髪は茶色、服装は村人がよく着用するタイプの服で戦闘には向かないものだ。至って普通のヒューマンである。暇だったので声をかけることにした。
「君、一人かい?何しているのかな?」
「…」
少年は俺の言うことも無視して無心で剣を振り続ける。近くでよく見ると体中傷だらけだった。余程辛い訓練を重ねているのか、苦悶の表情だ。
「そんなに剣を振ったら体を壊すぞ?」
「…うるさいな!ぼくの勝手だろう!!」
「そこまでして、剣を身に着けたい理由でもあるのか?」
暇過ぎて、しつこく聞いていると観念したのか少年は腕を止めて話始めた。
「はぁ…お兄ちゃん、暇人だね」
「実はそうなんだ、俺も訓練くらいしかやることがなくてね…で、どうしたの?」
「うん…お母さんが足を痛めちゃって、近くの群生地まで薬草を取りに行きたいんだけど、冒険者さんに依頼するお金がないし、第一冒険者さんって信用できないよ。お金のことばっかりだもん。だからぼくが一人で取ってくるために訓練してたんだ」
生意気な少年かと思ったが、意外と母想いの優しい子なのかもしれない。そういうことなら…
「偉いじゃないか、俺が少年くらいの歳の時は、ゲームブックを読み漁るか漫画読むくらいしかやってなかったぞ。」
「ええっと、ゲ…ム?マンガ…ってなに?」
「あぁ…こっちの話さ。んで、剣の特訓か…お母さんの容態は悪いのか?」
「ううん、しばらく安静にしてたら良くなると思うけど、お仕事が出来なくなっちゃうから、ぼくは、ぼくにできることをやるんだ。お母さんのために、ぼくがやりたいんだ。だから暇なお兄ちゃんに頼むつもりはないよ」
「分かった…だが、君に協力するのは問題ないだろう?あくまでも協力だ」
「え…うん。それならぼくがやったことになるから良いのかな?う~ん、まぁいいや!暇なお兄ちゃん、ありがとう!」
「暇なお兄ちゃんじゃないぞ。サトルって名前だ」
「分かったよ暇なお兄ちゃん。ぼくはカインだよ!」
…やっぱり生意気な奴かもしれないな!俺たちは表面上爽やかな笑顔で握手を交わす。正直、この件はカルミアたちを呼べば、すぐに母の怪我は解決できるだろう。ただ、この少年の自分でやりたいという気持ちは、汲み取ってあげたいから付き合うことにした。
カインと俺の二人は、しっかり準備を整えつつ早々に港町から出た。日が落ちる前に帰るためだ。群生地までは一時間そこらで到着するらしく、シールドウェストの森ほど深い場所ではないようだ。出てきても精々小さな動物程度だろう。今日も素晴らしい晴れ具合で、見たことがない四枚の羽を持った鳥の魔物が空を気持ちよさそうに飛んでいる。アレ焼いたら旨いのかな?
「ねぇ、暇なお兄ちゃんは、公園で一人何してたの?」
「あ~…うん?実は大事件を解決した後、休養してたのさ。俺の他にも二人メンバーがいるぞ」
「ふ~ん。でもお兄ちゃん、あまり強そうには見えないよね?仲間の人が強いの?」
なんてカンの鋭いガキンチョなんだ!手伝うのをやめてしまいたい衝動に駆られつつ、大人の余裕を見せるために気合を入れた。
「お、おう…そうか?まぁ仲間も、強いな。俺はリーダー的なアレだけどね」
「ふ~ん」
他愛もない会話を繰り広げつつ、群生地まで到着する。シールドウェストほどではないが、海の近くにあるとは思えないくらい、草木が茂っていて薬草程度であればすぐに集まりそうだ。
「暇なお兄ちゃん、ここが群生地だよ。薬草採取が終わるまで僕を守って欲しいんだ」
「良いぞ。始めよう」
カインは手慣れた動きで薬草を回収していく。しかし冷静に考えると俺、結構弱い気がするんだ。レベルは上がったが、何か出てきたら守ってあげられるかどうか。その辺でルールブックを開いて、新しく追加された項目を読む。良い天気の中、外で本を読みふける…この時間が至高なのだ。
しばらくすると生意気な少年が戻ってきた。
「薬草採取、終わったよ」
「随分早いんだな?もっとゆっくりしても良いんだぞ」
「ううん、必要な分だけっていうのがここのルールなんだ!」
「これなら何事もなく帰れそうだな」
…安心したのも束の間、茂みからガサガサと音を立てて何かがやってきた!
「暇なお兄ちゃん!気をつけて…何か来るよ!」
「あぁ、分かってる。こういうこともあろうかと…みろ!クロスボウを持ってきてる」
「う…うん」
茂みから姿を現したのは、身長はカインよりも少し小さい。体は緑で粗雑な武器と腰巻きのみを着用した鬼の形相。これはゴブリンだ。ファンタジー世界では代表的なモンスターの一匹になる。有名なので俺もルールブックを開くまでもなく、よく知っている。生息地は多岐に渡り、荒れ果てた坑道やダンジョン、寂れた場所や森などに住む。基本的には集団で活動しており、一匹見つけたら十匹いると言われるほどの数がいる。モンスターの中では知識が高く、武器を使って戦い、個体によっては魔法や共通語まで使う者もいて油断ができない存在だ。
「なんでこんな所に出てくるんだ…」
俺はぼやきつつ、クロスボウを発射しようとする。しかしクロスボウは軋んでいてうまく作動せず、ボルトは明後日の方向にぶっ飛んでいった。それを見たゴブリンは手を上げて喜んでいる。
「暇なお兄ちゃん、遊んでないで戦ってよ!」
「あぁ…どうしてこうなった!こうなったらヤケだ…!」
クロスボウは役に立たないので、俺はそのまま殴る武器として使うことにする。ゴブリンにまで接近して、鈍器と化したクロスボウで思いっきり殴る。すると、意外なことにゴブリンはそのまま吹っ飛び、木に背中を叩きつけてダウンしてしまった。…あれ?俺こんなに力強かったっけ?これじゃあクロスボウは鈍器として使う方が攻撃力が出そうだ。
「お兄ちゃん!すごいすごいっ嘘だと思ったけど本当に強い。冒険者さんのリーダーって話は嘘じゃ無かったんだ~!ぼく、そんけいします!!」
生意気なカインはお手本のような手のひら返しを俺に披露し、キラキラした目で俺を見つめている。正直俺が一番驚いているので、それを悟られないように振舞う。
「……こほん。だろう?これは油断させるために、あえて行ったスーパーなタクティカルなテクニックでな」
「暇なお兄ちゃんゴブリンがまた来たよ!」
「…何?」
倒したゴブリンとは別に、一匹一回り大きいゴブリンとその後ろから小さいゴブリンが出てきた。一回りほど大きいゴブリンはボスだろうか…?
「よし、さっきと同じように攻撃して倒してやるぜ!」
サトルは鈍器と化したクロスボウを構えてボスゴブリンを殴りつける。ボスゴブリンは持っていたボロの剣で受け止めるが、剣を弾いて大きく仰け反らせることに成功した。そのスキをついて至近距離から装填済みのボルトを発射する。ほぼゼロ距離から発射すればイカれたクロスボウでも当たるだろう。ボスゴブリンは矢を左手で受けて膝をついた。大きく出血していることが分かる。やはり…レベルが3に上がってから、俺のパワーが人並みの冒険者に上がってきたんだ。
「グググ…グギャー!」
ボスゴブリンは怒りに身を任せてボロの剣で俺に向かって突撃するが、動きも単調で読みやすい。何より遅く感じたので回避も余裕だった。おれはラクラクと攻撃を避けて、更に一発、クロスボウで頭を殴りつける。この衝撃でボスゴブリンはついに倒れるが、クロスボウは完全に折れてしまった。
「…見たかい?少年。これが俺の実力さ」
「すごい!暇なお兄ちゃん。ボスゴブリンをやっつけちゃった!」
カインは目をキラキラさせて俺との戦闘を見ていたが、ボスゴブリンが倒れるとすぐに俺の所に駆け寄って、称賛してくれる。
「グキャグキャー!」
「そういえばもう一匹いたな」
だが小さなゴブリンは様子が変だ。どうやらボスの仇討ちがしたいようで、逃げる様子がない。ボスゴブリンの剣を両手に取って、カインを挑発する。
「グキャグキャー!グキャグキャー!」
一騎討ちの申込みのつもりなのか、両手に持った剣をカインに向けたまま、動く様子がない。体格が同じくらいだから、カインには勝てると思ったのだろう。だがしかし、俺を忘れては困るね。
「おいカイン、気にしなくていい。俺が倒してこよう」
「待って…こいつは、ぼくがやる」
「何故だ?あえて危険な目にあうことも無いだろう」
ゴブリンは必死に何かを言っており、カインが剣を取るまで向けた剣を下げようとはしない。
「そうだけど、ぼくたちは奴の大事な仲間を倒した。奴のお父さんだったかもしれないだろ。それに、戦いを正々堂々挑まれたら、受けなきゃいけないって死んだお父さんが言っていたんだ。だから…だからぼくは一騎討ちを受けるよ!」
少年は命の取り合いを肌で感じてはいるが、どうしても非情になりきれないようだ。無理やり言っても聞かないだろうし、この先もずっと納得しないまま生きていくことになるかもしれない。仕方ない、少年がそう決めたのなら見届けよう。そして危なくなったら手を貸すことにしよう。
「…分かった。好きにしなさい。ただし、危なくなったら手を出すぞ」
「うん、それでいいよ。ごめんねお兄ちゃん。…よし、待たせたなゴブリン!ぼくと勝負だ!」
小さなゴブリンと少年カイン、お互い剣と距離を取って向かい合う。ゴブリンは鋭い目つきをカインへ向けて、カインは覚悟した表情で剣を構える。風が止んで、しんとした空気の中、まず動いたのはカインだった。
「いくぞ!ゴブリン!」
「グキャアアー!」
ゴブリンへ向けた純粋な頭上への縦斬り。ゴブリンはこれを両手で持った剣で薙ぎ払ってやり過ごす。そのスキで脇腹が空いたのをカインは見逃さない。弾かれても体勢を整えて刺突の構えから突進した。だがゴブリンはこれを見越していたのか一度剣を落として、限界まで屈んだあと、空いた足で回し蹴り。懐まで入ったカインの顔面へとクリーンヒットしてしまう。
「う~ん、ちょっとマズイか?」
状況を見ると一進一退の攻防に見えるが、やはりカインの剣は付け焼き刃だ。フィジカルで物をいわせることも出来ないから、テクニックで押すしかないがそのテクニックがゴブリンに足りていない。このままでは、やられるのも時間の問題か。
「っく…ぼくは負けないぞ!お母さんのためだあぁ!」
「グキャクキャ…グキャアギャギャキャー!」
刃を重ねる度、甲高い音が鳴り響く。お互いに疲労が溜まってきたのか、剣の打ち合いが単調になってきた。そろそろ手を出すべきだろう。ただし直接は手出ししない…ここは自分の力で勝利したと思ってもらったほうが、この少年の成長になる気がする。それならば俺ができることはこれだけだ。本を手に取ると、まるで応えるかのように光りだす。
* ゲストパーティー対象 カインのクラスチェンジが可能です *
* 限定的なクラスチェンジ開始。適正が最も高い【ファイター】が自動決定されました *
「さぁ、君の可能性を魅せてくれ!」
何処からともなく現れた光のペンを取り、カインのキャクターシートへと書き込む。
*クラスチェンジの効果によりカインの基礎能力が強化されます*
*クラスチェンジの特典はありません*
*クラスチェンジ 完了しました*
「生まれ変わって! 新しい君へ!」
本の光は集束し、そのままカインへと降り注ぐ。カインとゴブリンは戦いに集中しており、俺が行った一連の動きに全く気がついていない。だがそれで良い!思った通り俺の本はカインをクラスチェンジさせてくれたのだから。
「ハァハァ…ゴブリン…なかなかやるな。でも、ぼくは負けないぞ!」
「グ…グキャ…グキャ!」
どうやら、次の一合が最後になりそうだ。カインとゴブリンがお互い剣を構え直す。
「たあああ!」
先にカインが動いた。というよりゴブリンが動けなかったのだ。見違える程の速さで剣を振り抜きゴブリンの横を抜けた。ゴブリンは上段構えのまま驚きの表情を浮かべ、一度振り返ってそのまま倒れ伏した。
「…カイン、やったな」
「うん、やった…。ぼくが、命を、奪ったんだ」
カインは血に濡れた剣を見つめている。
「そうだ。そして、お母さんと君の生活を救ったんだ」
「お兄ちゃん、ぼく忘れないよ」
カインの強い希望によってゴブリンたちを埋葬した。大量に生息しているゴブリンではあるが、一匹一匹に命がある。きっとそう考えているに違いない。この少年は歳の割に合わないほどの剣の腕を獲得してしまったが、案の定優しすぎるから、戦いには向かないだろう。それが良いことなのかどうか、俺には分からないが、確かに少年は母の怪我を救った。それだけは確かだ。俺とカインは特に会話をすることもなく埋葬を続け、町へ戻る。そして、夕暮れ時には町まで戻ってくることができた。
「お兄ちゃん、おかげでお母さんの怪我が治せるよ。本当にありがとう」
「いや、俺は何もしてないさ。無事に町まで到着できて良かったな」
「ねぇ、その壊れたクロスボウ貰ってもいい?」
「へ?これかい…?別にいいけど」
俺は使い物にならなくなったクロスボウをカインへと手渡す。カインは大切な宝物を受け取るかのように両手でゆっくりと受け止めて抱きかかえる。
「ぼく、今日のことは絶対に忘れないよ!暇なお兄ちゃんが協力してくれたこと。ゴブリンと戦って、倒したこと。お母さんへ薬草を届けることができたこと。ぜ~んぶ忘れない!」
「大げさだな、カイン少年。全部君が活躍したおかげじゃないか」
「ふふふ、じゃあそういうことにしておくね!」
報酬など何も無かったが、この無邪気な少年の顔を見ているとどうでも良くなってくる。この少年は将来兵士や傭兵になって母を助けるだろうか。腕を上げて名のあるモンスターハンターになるのだろうか。それは、この少年だけが知っていることだろう。
「じゃ、俺は明日からこの町を離れるから、ここでさよならだ。親を大事にな」
「うん!…さようなら。サ、サトル兄ちゃん…」
「ん?何か言ったかい?」
「な、何でも無いよ!暇なお兄ちゃん。じゃあね!」
カイン少年は壊れたクロスボウと薬草を抱えて雑多な人混みへと消えていった。
「元気な少年だったなぁ~」
カインはその夜、母親へ自分の武勇伝を伝え、命を救ってくれた一人の暇な冒険者について話をする。母は暖かな眼差しで一生懸命に話す子へ耳を傾ける。夜寝静まる頃、クロスボウは少年の枕元にあった。いびつに壊れたその武器は、この先も少年と共にあり続けるだろう。