領主編 98話
「僕の息子を、殺さないでくれーーー!!!」
小さな子の父であろう男が、子を庇うようにソリアムの元へ走り寄っていく。
「おや……邪魔が入ってしまいましたか。ふぅん…?それは嘆願かな?」
冷めた顔で寄り付く父を見つめるソリアム。彼の瞳には何の感情も宿っていない。父の必死な命乞いに対しても、一切の動揺や揺らぎが無かった。
「『素材』の分際で……わたくしに嘆願をするんじゃない!君たちは大人しく絶望していればいい。…そうだ、せっかくのショーを邪魔をしてくれたお礼をしていなかったな!お礼をしない、というのは流儀に反する行為だ」
ソリアムは下卑た笑みを浮かべ、近寄ってきた父の手を乱暴に掴み、手の甲から石を引き抜く様をわざとらしい仕草で見せつける
「サトル、見なさい。お前は何もできやしない、何も救えやしないのです。どんな力を持っていたとしても、人を犠牲に動くことができない。リサーチ通りだ。何も動けず、何もできない。本当に愚かだ。偽善ばかりを掲げたスターリムにお似合いだ……まぁいい。こうしてまた一つ、わたくしの思い通りになるだけ。あ、そうそう、『未覚醒』の状態の石を無理やり引き抜いたときにどうなるか、まだ説明していませんでしたね…こうなるんですよ!!」
「やめろ!」
俺の静止も焦りも、奴にとっては活力でしかないのか
「やめると……思うのか!」
ソリアムが満面の笑みで男から、石を引き抜いた
石を抜かれた男は痛みで手の甲を抑えるが、異変が起きた
「ぐぁあ……手が……なんだ、体が熱い。体が……体が……ウヴァアアアア!?」「おとうさん!どうしたの!おとうさん!」
小さな子は父の元へ行こうとするが、ソリアムに強く掴まれており、ジタバタすることしかできない
「ほうら……君の父は…変わっていってしまうぞおお~」
「やめて!おとうさんを助けて!」
「クハハハハ!!もっと見せてくれ、その絶望をおおお!」
男の体は徐々に黒く変色し、黒い翼が生えて、体が膨張していく。優しそうだった父親の目は、邪悪で黄土色の鋭い目つきに変わり、歯や爪は凶悪に伸びきって、尻尾が皮膚を破って生成された。やがて…悪魔としか思えない姿に変貌してしまった。
「ァアアアアア!!アアアアアア!!」
親善試合で見た悪魔化とは少し違う。最初から完全に人としての理性を失っており、叫び散らしては目につく周りの物を壊し始めた。そして、標的はすぐに近くにいる捕虜たちへ向く
「アアアアアア!!」
「ひぃ!助けてくれえええ!悪魔だ!悪魔がでたああ!」「ぎゃあぁああ!」「に、逃げろ!」「こんな閉鎖的な場所で、どこに逃げるってんだよ!」
悪魔と化した男は、腰を抜かした捕虜を片手で掴むと近くの壁に投げつける。迷いなど一切ない。目は憎しみで溢れている。最早、魔物と変わらない殺戮兵器となってしまったのか
ソリアムは拍手し、演技ぶった大きな声で煽る
「ほらほら、どうしました?サトル、君が救うはずだった人が、むざむざと悪魔に殺されている!!あらら、これは大変だ、すぐに退治しなくてはなりませんねぇ……?はやくしないと、捕虜がぜーんぶ死んでしまいます!!…あぁ、でも、どうしましょう?その者は元人間です。子供が見ている中、父を殺せるのか?あぁ、お前はわたくしと同じだ!お前は手を下さなければならない、そのきれいな手を、汚さないといけない!クハハハハ!愉快、愉快だぞおお!!」
「おとうさん……」
父だった悪魔を、子は見つめて静かに涙を流す
その姿を見た俺は、何かがプツリと切れた気がした
(こんな小さな子をいたぶって…弱い者を蔑んで…こいつは…こいつだけは…)
「許さない…直接、お前を…叩きのめす!!」
気がつけば俺はソリアムをぶん殴るために走り出していた
奴は相変わらず下卑た笑みだ
「おっと、動きましたね。あなたは約束を破りました」
ソリアムは、あろうことか小さな子を悪魔の元へ向けて蹴とばした
「し、しまった」
カルミアは既に子を救出すべく動いていたが、ソリアムの部下が進路を邪魔をしたうえ、俺の咄嗟の行動のせいで反応が遅れてしまい、ほんの少しだけ間に合わない
「アアアア…?アアアアアア!!」
悪魔は実の子を見ても、破壊対象としか見えなくなっているようだ。鋭い爪を子に向けるが…
「おとうさん!おとうさん!帰ってきて、優しいおとうさん!!」
蹴とばされた子はすぐに起き上がり、危険を顧みず、小さい体で悪魔の足元にしがみついた
カルミアが悪魔の背後に回り込み、首を落とそうと刃を向けた時だった
実の子の目を見つめる悪魔の手が、止まった
「アアア……」
「おとうさん、もういいよ。おとうさん、まいにち、がまんして、がんばったよ。かえろう。つかれたでしょ?」
「アア…」
「いつも、ありがとう。ぼく、おとうさんといっしょなら、いたいのへーきだよ。だから、おとうさんが、おこっていても、はなれないよ。ずっといっしょだもん」
「……ア…オマエ」
悪魔の黄土色の目に、徐々にではあるが、理性の光が見え始めた
ソリアムはこの状況が面白くないのか、地団駄して金切り声をあげる
「キイイイ…悪魔、何をしているのです。はやく殺してしまいなさい!そして絶望しなさい!あぁ、これはわたくしが描いた未来なんかじゃない!!どうしたというのです!動きなさい、動け!出来損ないが!」
悪魔はゆっくりとカルミアを一瞥し、その次に俺を見て『喋った』
「アァ…アアア…、……ググ…もう…意識が…ながくは…ない……む、息子のこと…娘のこと…妻のこと…どうか、ヨロシク…オネガイ…シマス」
(悪魔化して…意識が…戻ったのか!?)
カルミアは刀を戻した。悪魔の動向を見るようだ
「アアア……アアアア」
悪魔はたどたどしい足取りで、ソリアムの元へ向かう
ソリアムは驚愕し腰を抜かした。先ほどまでの余裕は無い。悪魔が意識を戻すこと自体、完全に想定外だったようだ
「やめろ…くるな…くるんじゃない…わたくしを誰だと…このキャピタルを統括する…ソリアム様だぞ…キャピタルの名前を戴くに、どれほどの苦労をしたと……おい、これ以上近づくんじゃない!聞いているのか!?お前の相手は向こうだ、こっちじゃない!!」
悪魔はソリアムの首を鷲掴みにして持ち上げる。ソリアムはままならない声で足をばたつかせながら、カルミアに斬り伏せられなかった残りの部下に助けを求める
「ぐおお…おぃ…おまえら…た、たすけろ…」
「ソ、ソリアムさまをお助けするぞ!」
部下が悪魔の元へ向かうが、悪魔の尻尾で薙ぎ払われてしまい、壁に叩きつけられた
「い…いいのか…わたくしを殺せば…心臓が止まれば……わたくしの頭に植え付けたデオスフィアが爆発する。お前の…娘も…息子…ぜんぶ…助からないぞ……この手を…放せ……っく」
悪魔は首を振った
「オマエノ…テグチハ…モウ…ツウヨウシナイ…ソレニ…バクハツなら…止められる…しなば…もろともだ」
「やめろ…なにをする…やめるんだ…!やめろおおおおお!!!」
悪魔はソリアムの頭ごと嚙みちぎった