領主編 97話
ソリアムのビーコンめがけて飛んでいく魔力の矢。判断できるほどの間もない中、殆ど直観的な行動だったのだろう。ソリアムは咄嗟に近くに立っていた部下を、あろうことか盾にして攻撃に備えた!
(部下を咄嗟に盾に取るような延命措置、危険な発想をするうえ、非情な奴だがピンチな状況でも合理的な判断ができるタイプか…躊躇なく行動できる胆力、厄介だな…)
矢はビーコンに到達するようにできているためか、間を挟む兵にぶち当たる
「ぐあああ!?ソリアム様…な、なにを!?」
「やはり…直接受けるのは避けたい威力でしたか…申し訳ありませんが、わたくしのために盾となって死んでいただきます」
矢は数秒経たない内に兵の胴を貫通し、命を刈り取った後も勢いは止まらず、ソリアムのビーコンめがけて進み続ける。しかし、その威力はかなり落ちている。
ビーコンの役割、矢の動き、何かを悟ったソリアムは、更に盾を投げ捨てる。矢は盾を貫いて霧散した
「…対象を殺すまで追いかけて止まらない矢、といったところでしょうか。実態を知らなければ、恐ろしい攻撃です。そして知る頃には大概が死んでいるであろう攻撃。だが初見を見切ればそれほど対策は難しくありません。……それにしても、どうしてくれるのです。部下が一人死にました。コレを育てるのに何年分の時間と労力がかかると思っているのですか」
部下が一人死んだというのにも関わらず、坦々と、それこそ物が壊れたかのような温度感で話をするソリアム。初見でイミスたちの攻撃を見破ったのも油断できない。
捕虜たちの扱いもあって、俺は我慢ならない気持ちを吐き出した
「何故だ、何故あんな無意味なことをした!何故、無抵抗な戦う意思のない捕虜をむざむざと殺す!」
ソリアムは肩をすくめて両手を広げた。まるで自分がやっていることが悪くないとでも言いたいような仕草だ。それが余計に苛立たたせる
「はぁ?何故だって?必要だからだよ。サトル。無意味じゃないんだ、とってもすてきなことさ。それに、わたくしだって言いたいことはある。自己紹介もせずに不意討ちで殺しにかかってくるような人こそ避難されるべきだ。それとも、それがスターリム式の自己紹介なのか?」
「誤魔化すな!無抵抗な捕虜を殺して何が必要なことだ!何の意味もない!素敵でもなんでもない!ソリアム、お前の道楽だろう!」
ソリアムはやれやれといった仕草で、捕虜が無残にも殺された処刑装置へ優雅に向かい、指を差した。処刑装置の下部から何かを取り出して、俺たちが見えるようにソレを掲げた
「これが、何か分かるかい、サトル」
「な…」
処刑装置をまさぐったためか、ソリアムの白い手袋は血にまみれている。人差し指と親指でつまみ上げたそれは、赤黒い魔力を放つ、見覚えのある石だった
俺はどんな表情をしていたのだろうか。ソリアムの頬は恋をする乙女のように紅くなり、嬉々としている
「あぁ、サトル。それだよ、その顔が見たかった。危険を冒してよかったと今思えたよ。あぁ、なんて良い顔なんだ。そのまま殺して剥製にして飾っておきたいほどだ」
「それが、その忌まわしい石が…それがなぜその装置から出てくる。説明しろ!ソリアム!!」
「あぁ、サトル。説明してあげるよ。だから、もっとよくお顔を見せてくれ……クフフ、これは君が考えている通りの方法で生成されている。そう、この石は人の命を糧に作られているんだ」
薄々感じていた違和感が形になっていく。点と点が線になる。
「…」
「おや、サトル。その顔は『想定内』ってところだね。もしかして、捕虜の手の甲に装着されていた石に気がついたのかな?」
「…」
「そうさ、あれは君たちがいうところの『デオスフィア』だ。最も、フォマティクスでは別の名称で呼ばれている。君たちが勝手に名付けただけの名前だからね。ただ、あの石は……眠っているんだ。困ったほどに、ねぼすけさんなんだよ。だから、そのままでは所定の能力を発揮しない、あの神の如き強さを得るためには、一工夫必要なことが分かったんだ…ねぼすけさんを、たたき起こす方法が一つだけある、なんだと思う?ねぇ、なんだと思う?クフフフ」
「知りたくもない……カルミアさん、奴を殺すぞ。捕らえる必要はない」
「…分かった」
カルミアは抜刀し、構えをとるが、ソリアムが手で制す
「おっと…良いのかな?君たちが探している…捕虜、あの子から死んじゃうことになるけどなぁ?お姉さんは、さぞ悲しむだろうなぁ~!!……おい、連れてこい」
ソリアムが乱暴に手招きすると、部下の兵が小さな男の子を連れてきた
「な……!」
小さな男の子はたどたどしい足取りでソリアムの元まで歩いていく。その手には、やはり石が埋め込まれていた。
「君たちがこの場にやってきたときから、あらゆる会話を記録して、わたくしなりに勝率の高い戦略を考えたんだ。君たちが探していた素材は…コレだろう?クフフフ。安心するといい、何もしないさ。君が何もしない限りはね」
ソリアムは小さな子の手を握ると、いつでも殺せるぞとアピールをするために剣を取り出す
「ソリアム、やめろ。こんな小さな子まで戦いの道具にするなんて、間違っている。お前は必ず裁きを受けるぞ」
ソリアムは満足そうに頷く
「あぁ、そうだろうさ。だが裁くのは君じゃない。君は何もできない……じゃ、続きだよ。質問に答えてもらおうか。デオスフィアは通常、未覚醒の状態だ。このままでは何の力も持たないただの役立たずの石ころさ。しかし、とある条件を満たせば、常人すら超人になれる力を宿す石になる。これをたたき起こす方法、な~~んだ?」
「…やめろ」
「餌だよ、石に餌をやるんだ。デオスフィアはありとあらゆる『負』の感情を吸収して魔力とする。竜魔吸石という石の突然変異体なんだ」
(竜魔吸石…カルミアの刀を作ったときに使った覚えのある石だ。周囲の魔力を吸収する性質があったはずだ)
「苦悩、不安、焦燥、嫉妬、孤独、疎外感、緊張、罪悪感、恥辱、落胆、苛立ち、哀れみ……ありとあらゆる絶望を吸収する。本当にすてきな石なのさ……そして、成長するんだ。収穫ができる頃合いになると、この石は赤黒い光に包まれる。悪魔の覚醒前のように……ね。最後にとびきりの絶望を与えてやったら完成さ。この石を手の甲から無理やり引きちぎるか、処刑でもしてやれば、『素材』からとても良い『石』が生まれるんだ」
「やめろと言っている」
声をひそめて、わざとらしい言葉使いで、ソリアムはゆっくりと喋る
「ここで二回目のシンキングタイムかな?……クフフフ、この『極端に怯えた子供』から石を引きぬいたら………一体、どうなるんだろう…ね?」
ソリアムの剣が子供に振り上げられたとき、カルミアが一歩踏み出そうとする
しかし、両サイドで思わぬハプニングが起きた
「僕の息子を、殺さないでくれーーー!!!」
フォマティクスの兵が連れてきた数名の捕虜から、小さな子の父とみられる人物が飛び出してきたのだ!