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領主編 95話


 俺は周りを見渡す。窓ひとつない大部屋。壁や地面は硬質な白い材質が使われている。ベルトコンベアと、その搬入口にはアイアンメイデンのような処刑装置。それに次々と入るよう指示された捕虜たち。俺たちは入口付近で立っている。奥に続く扉はあるが、頑丈そうでカルミアに頼んでも破壊には数秒かかるだろう。その間に、遠隔から見ている奴は、別の場に捕らえている捕虜を殺すはずだ。それ自体がハッタリの可能性もあるが、やり直しなんてできないから、確かめるリスクは取れない。だから真実だと思って行動するしかない。


 (こちらから奴を探しに行くにも、場所が分からない。相手の目的は……目的は……そうだ。一つ手があった。一か八かだけど、やる価値はあるかもしれない。ダメだったとしても仕切り直しには持っていけるはずだ)


 声を小さくして、サリーに指示を出す


 「サリーさん……全員、鶏…なるべく長く…できる…?」


 サリーはすぐに頷いてくれた。こういう時の彼女は直感が誰よりも働く気がする。俺の意図をくみ取ってくれたようだ。


 「とにかク…やってみるネ、アタシはサトルを信じているかラ…[グレーター・ポリモーフ]……!」


 最小限の身振り、尚且つほぼ無詠唱で行われる大規模魔法。サリーのポリモーフ系魔法の中で、最も強力な魔法であり、効果は変身だ。対象をより致命的に弱体化させることができる。主に敵に使うことが想定された魔法だ。


ただし、ボスや一部強力な相手にはレジストされる可能性があり、仮に上手く行っても、数秒程度の変化しか受け付けない。しかし、これは「一般的な魔法使い」の魔力相当を基準にした場合に当てはまる条件であって、相手が無条件で受け入れている場合や、魔力量が膨大な場合はこの限りではない。


 (どこまで俺たちの情報をリサーチ済みかは分からない。ただ、ここは誤認してもらうことを狙うしかない!状況を動かさないと、現状は現状のまま、何も変わらない!サリー…頼んだよ)


 サリーの呪文が発動すると、部屋に居る『全員』が鶏に変化した。もちろん俺や仲間全員を含めてだ。


 「コケ?」「コケェェー!」「コッコッコ…」


 先ほどまで捕虜と俺たちしかいなかった部屋は、鶏だけになった。捕虜たちは自らが鶏になったことに混乱し、暴れ回っている。それがより鶏っぽさの演出を生み出していた。


 これにはソリアム・キャピタルと呼ばれた男も面食らい、演技かかった口調が崩れ、明らかな焦りが見えた。机をたたくような、バン!という音と共に、音声はそのまま垂れ流しで部屋に流れ込んできた


 『おい!なんだこれは!魔道具は正常か。突然部屋が家畜だけになったぞ。サトルはどこに行った。なんだ、どうなっている?』


 『わ、わかりません。突然部屋が鶏だけになって……今調べさせて――。どうやら魔道具に異常は見られないようです!』


 食器が割れる音が聞こえる


 『だから、どうなっていると聞いているんだ!!サトルはどこだ!家畜しかいないぞ!突然家畜だけになったんだ!じゃあ、これをどう説明するの!』


 『ひ、ひい……も、もしかしてポリモーフ系の魔法じゃないでしょうか…』


 部下が苦し紛れに発言した言葉が正解だったりするのだが、ソリアムは直ちに否定した。なまじ魔法の知識があるためか、部下の言葉に耳を貸さない性格からか、先入観で正解から無意識に思考を遠ざかる。あまりにも馬鹿げた手だからだ。


 『そんなはずはないだろう!!変性系統魔法はレッサーポリモーフィズムだけだ!それも対象はごく限られているうえ、宮廷魔術師であっても、数秒程度しか変化させられない!仮に、それが本当であっても、一度に鳥にはならない。一人ひとり順番ずつ変化して、最後に術師が鳥になるはずだろう。今喋っている間に、あの家畜の鳥共は、全部人間に戻るはずだろう!!そんなことも分からないのか、この!』


 『ぐあ…!?』


 何かが倒れ、物が崩れる音が漏れ聞こえている。


 (状況から察するに、判断を鈍らせて混乱させることには成功した。この間にも手を考えなくては。あとはサリーの魔力と、フォマティクスとの我慢比べ……サリー…お願いだ。辛いがもうしばらく耐えてくれ)


 「コッコッコ…コッコッコ…」


 俺は地面の汚れをつつきながら、状況が上手く行くことを祈るしかできない。


こうしている間にも鶏になったサリーの魔力は状況の維持のために、どんどん吸われている。彼女の化け物じみた魔力と実力がなければこんな芸当はできない。だからこそ、相手に誤解を生じさせる可能性を秘めている。相手を無力化する魔法を、わざわざ自分たちに使うとは考えづらい。


将棋の初心者が打つ悪手は、時に達人の思考をかき乱す。一度しか通用しない手だろうが、一度で十分だ。


 こわばった部下らしき声が聞こえる


 『ソ、ソリアム様、も、もしかして、これは転移系の魔法ではないでしょうか。場所を任意に指定するような大規模な転移は、事実上不可能ですので、予めマークしておいた家畜と位置を交換するようなものを使って撤退したものと考えられます……現状からは、そうとしか…』


 『あぁ……私も今そうなんじゃないかと思っていたところだ。腑に落ちないが、そう考えるのが一番可能性が高い。捕虜を見捨てて一旦撤退するとは、予想外だった……あーあーあーあー!!あ”ー!』


 『ひぃいい…落ち着いてください…どうか…』


 ソリアムは叫び、取り乱す声を発すると、更に物が落ちる音や食器が割れる音が漏れる。その音からは部下たちの息を殺したような悲鳴も入り混じっている


 『これじゃあ、サトルの、あの希望に満ちた男の歪む顔が見れないじゃないか!この目で見れないじゃないかああああ!!』


 魔道具の音声装置が異音を立てるほどがなり立てるソリアム。明らかに取り乱している。欲しかったおもちゃを目の前で取り上げられた子供のようだ


 『い、いかがなさいましょうか……』


 『もう、いい…無能なお前たちには頼らん…サトルがいた大部屋を調べる。転移系の魔法であれば、魔法陣が残っていればある程度の座標を絞れるからだ。家畜から魔力の残滓がないかも徹底的に調べるぞ。あと、口直しがしたい。適当な「素材」をあの部屋にもってこい、今日は徹底的に殺さないと気が済まないぞ』


 『は…はい……お持ちします。それに、今すぐ調べてきま――』


 『部屋は私が調べる。無能共では時間がかかってかなわない。どんな小さな情報も見逃してはいけない。だから私自ら向かう。いいから素材を持ってきなさい。なるべく怖がっているモノがいい』


 『は、っは!承知いたしました!』


 (よし、どう転ぶかは分からなかったが、転移系の魔法が行使されたと誤認させることができたようだ。加えてボスらしき奴もこの部屋に来るようだ。これはラッキーだぞ!)


 

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