領主編 93話
敵拠点の転移系装置に乗って移動するのは、ある意味博打だった。もしかしたら転移先を剣山のような場所に設定されるかもしれないし、敵に囲われるかもしれない。無事に転移できても仲間とはぐれる可能性だってあった。
だが、ここまで巧妙に隠されているうえに、敵兵の移動用に使われているのであれば、敵の重要な拠点内に通じていることは明らか。転移のリスクは高いが、この機を逃してはいけないのだ。
物資の供給を止めなければ、俺の任務は果たされたとは言えない。それだけが目的なら手段はいくらでもあったが、フォノスと、懸命にお願いをしている小さな女の子を見ていると、捕虜たちを見捨てる選択肢なんて取れなかったのだ。
最早、火中取栗とも言える状況だが、この選択が良くも悪くも状況を変えることになる。
・・
「ん……」
「…サトル、無事ね?」
「あぁ、みんなも…いるな。ただ転移しただけだ。だがこれは…」
眩しく輝く青白い光がおさまると、目の前の光景は一変していた。
所々は魔術のような痕跡が強いが、端的に言えば工場に近い。壁や床は不自然に白い材質で出来ており、丈夫そうだ。魔術回路が組み込まれたベルトコンベアのようなロールが、物資か何かを乗せて動いている。荷物は絶え間なく流れ続けてどこか別の区画へと運ばれている。この場所自体が大きな装置のようにも思える。
イミスは目を丸くしてベルトコンベアのようなものに張り付き、調べ始めた
「なにこれ!勝手に動いているよ!?やっぱりゴーレムかな…?でもウチの知っている自動化とは全く概念が違うみたい。すごいよ、なにここ」
「…イミス、警戒して。ここは敵地の中心かもしれないのよ」
「ふん、カルミアちゃんのケチ、ちょっとくらいいいでしょ!」
「…夜ご飯、抜きね」
「そんな!?」
二人の会話を聞き流しながらも、この施設について考える。
(……仕組みはごく単純だが、イミスを除いて、こんなに高度な機材を作れる者がフォマティクスに居たのが驚きだ。自動化の概念は、俺たちが一番最初だと思っていたが…。情報が漏れたのか…?そして、この場所は順当に考えて、物資を転移で各拠点に運ぶための施設と考えて間違いないだろう)
物資をひとつ、ベルトコンベアから降ろす。とても重い箱だ
(敵兵はここから各地に転移して物資と兵の移動を可能にしていた。だが、そんな膨大な魔力をどうやって供給しているんだ…?重量も相当なものだし、数は言わずもがな。超人クラスの魔力を保持しているサリーであっても、この規模の継続的な運用は難しいだろう。それに、このベルトコンベアが絶え間なく運んでいる木箱の中は何だ?食べ物にしては妙に嫌な感じがする。転移先に兵や関係者が誰もいないのもおかしい。俺たちは、何か…誘導されているのか?)
木箱を恐る恐る開ける――
「やっぱり……そうか」
箱の中は赤黒い、嫌な感じがする石が敷き詰められていた
サリーは箱の中を見てギョっとした
「ウゲ!これって、蛮族王がつけてたやつじゃなイ!?」
俺はひとつ石を手にとって、すぐに投げ捨てた。長い間持ちたくない。
「あぁ、間違いない。人を貶める、あってはならない物。ただ奴が持っていたものより、保有する魔力量は小さいみたいだけど。間違いなくあの石だ」
「じゃあ、ウチらが居るここって」
「十中八九、食料やデオスフィアを運び、各拠点の兵に供給する施設だろうね」
絶え間なく運ばれる木箱を、片っ端から壊したくなる衝動を抑える
(人を悪魔化させる石をこれ以上生産させてはいけない…だがまずは)
「まずは捕虜の安全を確保してからだ。それまでは……くそ」
(大規模な魔法でも使えば、それこそこんな施設は木端微塵にできるだろう。だが、捕虜まで死ぬことになる。それは絶対だめだ)
葛藤した思考を誘惑するように、閉まっていた一部の扉が勝手に開いた。
カルミアが思わず刀を抜こうとするが、扉はひとりでに開き、辺りは誰も居ない
「…サトル」
アイコンタクトを送るカルミアに頷き返し
「うん、間違いなく誘導されているね。おそらく、俺たちの侵入に気がついている」
ため息をついて、扉の先に向かう
「待って、絶対罠だヨ」
サリーが警告してくれるが、知っている。だが行くしかない
「分かっているよ。でも、あの女の子の弟さんを助けてあげないと。癪だけど今は敵の思うようにさせてみよう、隙は必ずできるはずだから」
ゆっくりと、だが警戒を怠らずに誘導された扉の先へ歩を進めた